046 影がふたつ揃えば
イスキオス王国は、王族がいて、四大公爵家が支える。
侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家と続く貴族の系統は入れ替わりが起きるとすれば、その家が何らかの不祥事や不始末を犯すか、跡取りをどうしても作れないで断絶するかでしかない。
近年。
つまり、2年前のクリスティ婚約破棄事件に関連して起きたキーナ一族の家名断絶は、久しぶりに起きた出来事だった。
ましてや、四大公爵家の一つ。
王族に対する不信感が起きて内紛が起きても仕方ないケースに発展しないとも限らないのだが。
争いを好まないようにする術さえあれば、身分社会も享受されるものとなる。
貧富の差、身分の差。
職業が変われば、住む地域が変われば、自然と起きうる物の格差たちに、文句を言うか、暴力に及ぶのか、それを天命として受け入れるか否かは、人の心次第である。
クロノス侯爵家の影は、闇になりそうな者達が集まる異質な組織。
影の首領は、代々クロノス侯爵家の当主…つまり光と対を成す存在の為に、本家の人間に限らず、一族の誰かが担うが、影が分家の場合には本家に養子縁組の形を取り、より強固な関係を築く。
現当主シルヴィウスとシリウスは、兄と弟の関係であり、その関係性はハロルドとユージーンとものであるため、ユージーンが求める光と影の関係性は自然とシルヴィウスとシリウスのような絆になっていった。
唯一そこに加わったのが、エリンだ。
ユージーンが描く光と影の関係性に、シリウスが危惧したのもまた、エリンだった。
『僕は、ハロルドとエリンの2人が幸せであるなら影を全うする。少しでも2人が辛い思いをするのなら、その時は血縁だろうが王族だろうが関係ない。僕はそれらを排除する。』
シリウスは、ユージーンから初めてそれを聞いた時に危うさを感じた。
けれど、それは杞憂にしか過ぎなかった。
原動力を失えば、影として得た力を最大限に使用してイスキオスの国すらもグチャグチャにするだろうと予測した。
シルヴィウスに危惧したことをシリウスは知らせたが、それはすぐ様一蹴された。
『あの子は、私達に隠し事をしたまま生きている。ユージーンが守りたいと思っているならば、それは見守ってやってくれないか。』
その言葉に、シリウスは珍しく理由を訊いた。
光が原動力の影にとっては稀な事だが、兄を想う男として知りたいと直に思ったから訊いたのだが、シルヴィウスは弟の疑問に目尻を下げて静かに微笑ったのだ。
『兄さん?』
思わず首を傾げるシリウスに、シルヴィウスは更に笑みを深くした。
『シリウス。私はね、子供たちに接することに隔たりを付けたつもりはないんだ。ハロルドとユージーンには、光陰としての使命たるやを教えてはきたけれど。他は平等に大事と思って育ててきたつもりでいたんだよ。』
椅子から立ち上がり、窓の外を見やる。
そこには、曾てジェニファーがレスリーとレナードとアフタヌーンティーを嗜み、テーブルを広げている姿があった。
楽しそうに笑う双子と母親。
しかし、そこに決して交わることのない子供達がいることをシルヴィウスは理解していた。
今はもう、領地に引き上げており、3人の姿はない。
『ハロルドとユージーンが、エリンを選んだ。それは私達がとやかく言うことではない。エリンの傍に寄り添えるのは、家族では2人しかいないだろうから。親としての責任は果たさないとね。いつか、私も仲間に入れてくれるかな。』
『どういう……?』
『エリンは、私やシリウスが思う以上に大人だよ。ハロルドやユージーンだけじゃない。料理長や庭師がエリンを慕っていることは把握しているか?』
『勿論さ。僕、カズホがエリンを厨房に入れて一緒に料理してるのを見て驚いたもの。僕や兄上が入ったら怒り狂ってたのに。』
『エリンは、自分が話せると思った者としか話そうとしない感がある。あの子は……自分に向けられた敵意を感じ取れば一気に線を引く。それが母親でも姉であったとしても。そうかといって、自ら味方を増やそうとするわけでもない。』
『危惧するだけ無駄だと?』
『それを許すと、ユージーンに塵ひとつ残らずに片付けられる。シリウスも……私も。』
『まさか。』
『私の系譜は、あの子らの代で終わる可能性も否定出来ない。その時は、シリウスの子らに侯爵家を引き継いでもらう。子らの教育、怠らないでくれ。』
シルヴィウスの真剣な表情が、頭から離れない。
全ては、エリンを排除すれば済む問題かもしれないというのに。
影たるシリウスの光であるシルヴィウスが、エリンを〝殺さない〟道を選んだ以上、シリウスは従わなければならない。
納得しうるだけの材料が、シルヴィウスの言葉だけでは足りないのだ。
16侯爵家のイチで在り続けているクロノスが、どれ程の影響力を持ち得るかを理解しているシルヴィウスの口から発せられる言葉ではないのだから。
〝私の系譜は、あの子らの代で終わる可能性も否定出来ない。〟
だからこそ、シリウスはユージーンの真意を知りたかったし、シルヴィウスからも更に話を聞きたいと感じているのだが。
今は、その時期ではない。
目の前に立つユージーンが、手渡した資料を読み終えて、冷ややかな笑みを浮かべながら青白い炎で資料を灰塵と化した。
「クリスティ=マスタングの始末は、命を閉ざさすでいくんですか?」
「うん、ケリはつけたいけどね。影の仕業だとエリンが知った場合のリスクは避けるべきだろう?」
「僕なら人の形すら残しませんよ。」
「なあ、ユージーン。君は、クリスティに対する感情とエリンに対する感情で随分と開きがあるよね。それは何故だい?」
「エルは、僕の魔力に充てられても逃げることをしなかったんですよ。むしろ耐性をつけたいと言ってくれた。僕が触れた頬から流す魔力で、エルは心地よく眠ってくれる。それに、エルは子供じゃない。クリスティのような貴族令嬢としての気概ではない何か別の力を持っているんです。僕は、それを守りたい。」
「別の力?」
シリウスは訊き返した。
「僕は、エルが心穏やかに過ごせるなら、ハロルドが当主にならなくても良いと思っています。その時は、僕も影を引き継がないつもりでいますので、シリウス叔父上は邪魔しないでくださいね。父上の系譜からシリウス叔父上の系譜に代わっても、クロノスが安泰でいられるよう努めますよ。」
ユージーンの言葉に、シリウスの目は瞬いた。
ラングホルムに来る前に、シルヴィウスの口から出た言葉と重なったのだ。
シリウスの表情に、ユージーンは微笑う。
「僕は、エルが誰を選んでも良いし、選ばなくても良いんです。ただ、僕を選ぶ選択肢は消しました。僕は、エルが笑って暮らせる道を作りたい。次の系譜に繋ぐために影を続けることは厭わないから、僕が納得するだけの材料を持ってきてください。」
ユージーンの魔力が溢れ、部屋の温度が下がる。
「エルのあり得ない話を流したクリスティ=マスタングの処分を軽くするのなら……ね?」




