045 離島に現る影の主
離島ラングホルム。
外界との接触は無く、往来する方法は2つのみ。
罪人が住まう島、といえば聞こえは悪いが、実際の所は、住めば都ともいえる島である。
岩場から一片。
ベルトコンベアのように連なるレールの上に乗ったエリンは、自動で進み出した円形のゴンドラの手すりを直ぐに持った。
ガラス張りのレールに乗ったエリン達を、ゴンドラが運んでいく。
岩場を抜け出ると、鉱山に入り、作業している者達の姿が見えてくる。
「服は質素ではあるが清潔にしてあってな。病は天敵である為、風呂も入る時間を設け、衛生管理には気をつけている。ハロルド卿は知っておると思われるが、我がイスキオス王国の犯罪者の扱い方について話をしようか。」
万引きやスリ、無銭飲食など比較的軽度な犯罪は刑務所に収容して労役を課している。
過失のある事故を起こした者は、罰金を払い、一定期間に於いてボランティアに携わるなどの労務を果たさせる。
精神的に病んだ者や、薬物に侵された者は、医療刑務所に行く。
暴行などを繰り返す粗暴犯や、殺人などの重大な犯罪を犯した者は、事件の背景に鑑みて、監獄行きとなるか、離島行きとなるかに分かれている。
死罪も存在するが、それらは極秘裏に処理されて後に事実だけが文章で記録され、公表される。
よって。
ラングホルムは、事件の背景が世間を騒がせた者や、同情の域を出ない者が集められた島。
刑期を終えたとしても、一生を島内で過ごすと決めた者には、島内に家が与えられ、町としての機能を果たす役割を務めていく。
島内で生活が帰結出来るよう、漁業・農業・鉱業に鉱業と多様な職種が用意されて選択出来るようになっている。
刑の執行を兼ねて入る為、警備隊と騎士団の中隊が配備され、大公領との勤務を一定期間で回るように仕組みを敷いており、不備がないように福利厚生を手厚くしていた。
ラングホルムの説明を受けながら見える島内の様子は、鬱蒼としたものではなく、整然としていた。
何も知らなければ、普通の島として見えてしまうほど。
「この通路は、島内の主要な場所を結んでおる。使用できるのは限られた者のみ。外からは中がどのようになっておるかは見えぬ。」
「後で外を歩く事は可能でしょうか?」
「無論、構わんよ。非番の騎士らは私服で生活しておるしな。ただ、エリン嬢においては女性であるが故、単独での外出はしないでもらいたい。まあ、これだけ騎士が揃っておれば、要らぬ心配ではあるだろうが。」
微笑うロタールに、エリンは首を傾げた。
別に、自分でも程よく対処は出来るつもりではいるが、ハロルドがいる以上、そのような事にはならないと夜の張り番で痛いほど理解している。
ゴンドラが止まり、降りた先の通路にある扉を出ると、そこは一つの部屋だった。
「お待ちしておりました、大公様。」
そこには、シルヴィウスに似た顔立ちの、ダークオレンジに近い髪色で顎ラインまであるパーマ髪をした黒服に身を包んだ男が、恭しく礼をして背筋を伸ばしていた。
「「「シリウス叔父上!?」」」
エリンらが驚くと、スッと目を細めてシリウスは口角を上げる。
「久しぶりだな。」
「叔父上、なぜ此処に。」
ハロルドが代表して訊ねる。
「皆が此方に向かうからと、兄上から連絡を受けてな。最近、面白い話題ばかり出てくるのもあって、出しゃばりにきただけさ。もっとも、ロタール大公とは旧知の仲でね。私自身も確認したいことが出来たから、ついでに遊びにきたんだ。」
シリウスは歩を進め、ユージーンを見やる。
「今しか出来ぬことが何か分かっているなら良い。2年前の膿だけでは足らぬようだから、此方の落ち度でもあるしな。」
「僕の行動理念は、兄上とエリンですよ。」
「知っているさ。だから、今こうしてラングホルムにまで出てきたんだ。あんまり、良くない話も出てきているからね…流石に看過出来なくなったよ。」
「どういう意味です?」
シリウスの視線がエリンに向けられて、エリンは視線を返すしかない。
「君は、クリスティに貶められるような噂を流布されても何ら反論しなかった。まだ、社交界に出ていないから尚更だけど。でもね、クロノスの名は伊達ではないんだ。ハロルド、ユージーンを暫し借りることになるが許可をくれるかい?」
「分かりました。」
ハロルドが頷くと、シリウスはロタールに身体を向け直した。
「済まないね、ロタール。ゆっくりしたかったんだけど、そうもいかなくなったからさ。」
「息子の絡みか?」
「大丈夫。君の息子に手を出すつもりはないよ。出すとしたら、君が継承権を放棄したいと言った時に出していたさ。」
緊張感が高まり、肌にビリビリとした空気が伝わる。
「君の息子が迎え入れた新たな嫁は、エリンの悪い噂話を打ち消してくれている。なにより、私の影を照らす光が機嫌を損ねてしまったんだ。私が何を行動理念としているか、知っているだろう?」
にやりと微笑うシリウスに、嘆息して肩を竦めながらも、ロタールは頷いた。
「さて、ユージーン。アレが一体、何を敵に回したのか、教えてあげなきゃねえ?」
ぞわり。
そんな擬音が似合う程の黒い笑みとオーラが、シリウスを纏い、ユージーンを包み込むと2人は室内から姿を消した。
「クロノスの影が動くか。エルンスト王の失策としか言えぬ結果よの。」
「大公様?」
「クロノスは、王家の血を必要とせぬ。かといって王に成り代わるつもりもない。但し、光と影が動くと決めた事に王家が口を出せば、相応の対応を取る事とする。これが、クロノスが16侯爵家のイチである所以。王家であろうと、何者も敵に回してはならぬ相手だと、幼き頃に教わったものよ。」
懐かしむ声は、妙に穏やかだった。




