003 長女と次女
4月上旬。
「ねぇ、エル。やっぱり、もう少しフリルとかリボンとか着いてるドレスにしない?」
薄い黄緑色のIラインドレスは、刺繍で花を模してはいるものの、飾りは殆どついていない。
16歳になる長女クリスティは、エリンとは異なり黄色がかったオレンジ色の髪を艶やかになるように手入れを確りとしており、腰までの長さがあるものの乱れは何一つとして見られない。
「クリス姉様が言うようなドレスが似合うのは、レスでしょう。私は不得手です。」
三女の方がお似合いだと言い切る妹に、クリスティは嘆息する。
「もぅ、、、そんなに卑屈にならなくても良いと思うのに。こんなに細身の綺麗なブレスレットを作れる貴女が似合わないわけないじゃない。」
そう言ったクリスティの左手首には、エリンがタウンハウスに到着した際にエリンがプレゼントした録音録画機能搭載のブレスレットがキラリと控えめに主張する。
全ては、ある事象を避けるためだけに用意した物。
『私、悪役令嬢にはなりたくないの。』
『このままだと婚約破棄を言い渡されて、私は何もしていないのに家を出されてしまうわ。』
『嫌よ、断罪イベントなんて。』
そう言い放ったクリスティの言葉にポカンとした記憶だけは残っている。
使うか否かは本人次代。
エリンはただ、使用判断を当人に任せただけだが、品物を提供した事実は消えない。
この時は理解しているつもりだった。
「私のことは構いません。クリス姉様は王子妃教育の準備があるでしょう?其方を優先しなくては。」
「なかなか上手くいかないものよ。エルがくれた物、きちんと活用させてもらうとするわ。使う日は、そう遠くない気がするぬよね。」
苦笑を零した姉が、どこか憂いているように見えたエレンは、瞳を真っ直ぐ見つめ返す。
「ご入用の物があれば、直ぐに連絡して下さい。それと、単独で行動なさらず、最低2人以上で行動されて下さい。行動記録は書かれていると思いますので、無理はなさらずに。」
「どちらが姉か分からないわね。」
ふふっ、と笑みを零したクリスティは嬉しそうに目尻を下げる。
「姉はクリス姉様ですよ。クリス姉様の憂いを祓えるならば、そのお手伝いは正攻法でもって対応しますから。ちゃんと相談して下さいね?」
「ええ。ありがとう、エル。」
「いいえ。クリス姉様の要望に応えられない不出来な妹の我儘です。」
「エル。そろそろ、王城に行くぞ。」
正装したハロルドに声を掛けられたエレンは、クリスティに軽めの礼をしてから踵を返してホールを後にする。
「貴女が不出来なら、私を守るための道具など作らないでしょう?」
左手首にしたブレスレットを右手で触り、閉じられたホールを真っ直ぐ見据えたクリスティは呼吸を静かに整える。
「もっとも私みたいに外見を気にしない子だから、どこまで本気で守ろうとしてくれたかなんて分からないけど。大体、家族の描写なんてあったかしら。」
それまでエリンに向けていた眼差しから打って変わり、攻撃的な光を宿す。
自分の身が置かれている状況を、クリスティは打破するべくしてチリチリとした感覚を肌に感じていた。
「動画の証拠なんて一番良いじゃない?最悪なシナリオから脱出さえすれば、きっと事態も好転するはずよね。そうじゃなきゃ今やってる王子妃教育だって無駄骨にしかならないもの。」
姉が思うところと、妹が思うところが噛み合わないことを知るのは妹のみ。
エリンが願う本来の使い方ではないのだから。
そんなことはつゆと知らず、クリスティは口角を上げて玄関ホールから毅然と立ち去っていった。