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042 いつか、きっと

「健康になったもんだなぁ。」



 ポツリ、と呟いたエリンは星が煌めく空を見上げた。


 整備されているとはいえ、街道を照らす街灯の数は少ないため、無数の星たちが月と共にキラキラと瞬いている。


 本日、野宿。


 ユージーンが簡易テントを空間収納で持ち運んでいるので、寝る場所には事欠かない。


 エリンが見張るのは、一番年齢が低いのもあって20時から22時までとハロルドが決めていた。


 成長期なんだから睡眠時間を削るのは、兄として容認しなかったし、誰も反対意見など出さず、むしろ見張ること自体に苦言をなすほどだった。


 なので。



「はい、コーヒー。」



「ありがとう。」



 エリンは、ノアからカップを受け取る。


 22時から2時までと、2時から6時までの4時間ずつの見張りに分けており、早番の見張り役が大体エリンと一緒に外で警戒している。


 意味があるのか?という疑問は、とうに捨てた。


 警戒の魔法を敷くことや、ある程度の索敵や結界が可能になる魔法具が作れないかなと思いながら、渡されたコーヒーを飲む。



「健康になったなぁ、てのはエルの話?」



「うん。」



 ノアはエリンの隣に腰を下ろした。


 パチパチと小さく爆ぜる炎に、エリンは枯れ枝をヒョイと放り込む。



「元々…精神は強くないんだ。」



 前世を含めて、強くないのを自覚している。


 だからこそ、自分の心が自由でいられるようにしなければという思いがあった。


 それでも、今世に於いて負けたものがある。


「バランスを保つために、色々考えてはいたんだけどね。悉く裏目に出た感じがする。」



「ハロルドやユージーンは、別に問題ないんだろ?エルにとっちゃ、味方じゃないか。」



「私が我を通そうとするたびに、ひび割れてく感じがしてたのは気付いてた。家族がね、うまく回らない。でも、なんとか回るようにしてくれてたのに気付いたから。」



「イナンナ皇女の存在、デカくなりそうだな。」



「アナ…ね。」



「エルとしては、それが最善策?」



「クリス姉様が流布した噂話を消すには、劇薬にも近いかもしれないとは思うけど。でも、ずっと味方してくれていたハリー兄様やジーン兄様を思えば、簡単に終わるとは思えない。」



「巷では、逆転劇をモチーフにした劇や小説が流行ってたからな。」



 ノアが苦笑すれば、エリンも同じだった。



「アナは、自分の置かれた立場を盤石にするだけの力を持ち合わせてる。そうでなければ、マスタング公爵領に着くまでの道中で只管子作りを営むなんて真似、出来るはずがないもの。」



「エルは?」



「ん?」



「結婚したいとかある?」



「……彼氏すらいないよ……?」



「考えたことは?」



 ノアに言われて、エリンは少し考え込んだ。


 13歳として答えるべきなのか、前世の年数そのままに答えるべきなのかが分からない。


 ただ。


 嘘は言えそうになかった。



「今は、考えたくない。」



 たくさんの感情が混じり合ったエリンの声色と表情に、ぴくりとノアは指を動かす。



「でも…」



 蠢く感情を纏めるには、1つだけ。



「ハロルドやユージーン、ノア。それに、ガイさんの大切な時間を費やしている今を無駄にするような生き方はしちゃいけないんだと思う。」



「俺は、たとえ答えが見つからなくても、お嬢の側から離れないからな。」



「エドワードに未練は?」



「あったら、お嬢に出逢ってから一緒に行こうなんて思わないさ。俺は、お嬢の犬だぜ?」



「ふふ……久しぶりだ。」



「ん?」



 ふわりと微笑うエリンに、ノアは首を傾げた。



「ノアに〝お嬢〟って言われたの。」



「そりゃあ、エルって呼べと言われたからな。ご希望には添えるさ。でも、ガイが〝嬢ちゃん〟て呼んでるのを聞いてると、なんとなく呼びたくなったんだよ。」



「ガイさん、軍人としての仕事はしなくて良いのかな。」



「兄さんから、俺の動向把握に関する命令は出てるだろうさ。お嬢は気にしなくていい。」



「ユーリさんがついてくるよりは合理的か。ノアって、ガイさんとの関係性はユーリさんより悪くないもんね?むしろ良い方でしょ?」



 エリンの指摘に、ノアは目を瞬いた。


 話してはいないのに、自然と空気を読んでいるあたり、やはり舐めてかかるには難しい。


 だからこそ、エリンの側にいるのは止められないのだ。



「お嬢、なんで分かんの?」



「なんとなく。」



「本当に?」



「本当。なんとなーく、そう感じるだけ。ラファエル様とは似ても似つかない。ガイさん、あんまり空気感変わらないんだけど、ユーリさんがラファエル様に接していたみたいなのと…ガイさんはノアに近い感じがする。」



 ノアが、指でポリポリと頰をかく。


 伏せ目がちなノアとは対照的に、エリンは楽しくて笑ったままだった。


 けれど。


 エリンの表情に、すっと影が差す。



「みんなの時間を費やしている分の対価を考えると怖くなる。とくにハリー兄様は、次期侯爵家の当主たる仕事もあるだろうから。」



「アイツは、そういうの気にしないだろ。名前だって呼び捨て認めてるんだし。」



「時々、自惚れそうになるよ。ハリー兄様の一番は私なんじゃないかって。ジーン兄様もそうだったけど、シャルという婚約者を見つけた。」



「兄貴だろ?」



「ノア。」



 赤茶色の瞳が、薄っすらと黒く変わっていく。


 同時に、オレンジ色の髪が根元から順番に黒く変わっていく。


 驚きの変化に、ノアは思わず腰を浮かせた。


 髪色が黒く完全に変わりきる前に、元の髪色と目に戻る。



「お嬢……それ、何!?」



「私の前世。」



「……………………は?…………………ぜん?」



 かなり間を置いたノアは、言葉を出せない。



「いつか、ちゃんと話す。ノアと、ハロルドと、ユージーンには必ず。」



「ん、分かった。」



「あとは、ガイさんもかな。お父様は、伝えなきゃいけないだろうなって…思ってる。」



「それで全部?」



「うん。私の中で、最大に最弱たる根っこの部分を話すから。あー………でも。」



「でも?」



「ラファエル様には、話すかも。」



「兄さん?」



「あの人は、自分のことを〝シア〟と呼べと言ってきた。ノアがそうしてくれと言ったように。」



「あの人が、そんなこと…」



「次に会った時。私、あの人と対等に渡り合うために必要なことなら、話さなきゃいけない。それだけは、分かる気がする。」



 コーヒーを飲み干し、カップを両の手で握りしめる。


 必要なことだと、エリンは理解して。


 全てが偶然ではなく、必然なものとして存在するのだとしても。


 自分が選んで進んだ道だと、信じたい。



「ノア。最後まで、付き合ってね。」



「勿論だ。君は、俺の『根付く鉢』でいてくれるんだろ、エル。」

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