041 条件は徒歩!
「シリウス叔父からの報告によると、かなり上手くいっているみたいだよ。」
ユージーンがニヤリと笑みを浮かべる。
「上手く?」
「アナ、だっけ。エルに出来たシャルに続いて2番目の友達。その子と、伴侶になったやつ。なんだかんだで昼夜問わずに閨事もしながら公爵領内への旅を続けていったそうだよ。」
「……つよっ……」
エリン達は、徒歩でロタール大公の治める領地へと足を踏み入れていた。
レオナルド第一王子は、約束を果たしたのだ。
その条件が、ダウナント地区から徒歩で移動すること。
「昼夜問わずって何それ?昼間の移動って馬車なんだろ?まさか寝台になってるとか?」
「魔法宿屋は、元々エルが特許登録したものを応用したものとして取り扱っていて、認可制なんだ。取扱は俺が担当してるが、マスタング公爵家に許可を出した記憶は無いから馬車なんだろ。」
「ハロルド。マジで規格外だな、クロノスは。」
呆れ顔ではあるが、ガイは愉しそうに言う。
「なーんでガイまでついてきたかな。ユーリはジェノヴァに追い返せたのに。」
ノアは溜め息混じりに言い、ジトっと睨む。
「上官命令だぜ、元首と少佐のダブル。いくらアンタが文句言おうが無理。まあ、ハロルドから嬢ちゃんの診察役も言われたからいーんだけど。気になる症例なのは事実だしなぁ。」
晴れた空。
砂地ではあるが、整備された街道は歩きやすい。
牧羊地帯であるらしく、牛や羊、馬達が柵を越えた先では闊歩している。
それぞれが、徒歩で移動するのに疲れないラフな格好をしていた。
稀に盗賊やチョットした魔物が出ても、それぞれが魔法や武器で応戦しており、怪我することなく旅が出来ている。
魔物といっても、狼や熊といった野生動物が凶暴になった範囲内であるが。
「ウルク・マルシェがカロス商会の勢いを削いできてる。強かだよ、エルの友達は。」
「褒めてるんだよね?」
「一応。こうやって僕がエルや兄上と一緒に旅が出来るのは、留学先の学院を経営しているアナが旅の道中記をレポートとして提出すれば卒論として認めるとしたからだからね。都合の良い展開に乗っただけだよ。襲撃頻度やら安全性、運用性等々、今後国の発展に繋がる論文を作ればいいだけだし。」
「メモ取ってるの見たことないけど?」
「そんなの、取る必要ないよ。基本的に頭の中で組み上がるじゃないか。」
サラリと言ってのけたユージーンに、エリンは口をポカンと開けた。
まさしく、クロノスの規格外。
パチパチと目を瞬いたエリンに、ユージーンは微笑う。
「僕は、エルみたいに頭の中にあるものを作り出す器用さは無いよ?あくまで数値化したものを文章にしたり、魔力を自由に扱うくらいで。僕とエルを上手く扱える兄上がいてくれるから、僕らは好きな事が出来てる。」
「あ、それは分かるかも。」
エリンが表情を変えて笑えば、ユージーンも目を細めた。
「謙遜してんだよな?」
「ガイ、そろそろ慣れろ。クロノスの中でも、目の前にいる三人が異様なだけだ。」
「「「異様?」」」
ハロルド、ユージーン、エリンの声が重なり、ガイとノアもまた笑うしかなくなった。
「大公様の威厳って、どんななんだ?」
空気を変えたのはガイだった。
「どうかなぁ。俺も公式の場では父上と一緒に挨拶を交わした程度の付き合いしかしていないから。」
「私は、お会いしたことすらありません。」
「僕もエルと一緒かな。個人的な付き合いなんて、全く無いよね。大体、クロノスは王族と姻戚関係には無い一族だから。」
「王族との婚姻が一度もないの?侯爵家の中じゃ古い家なんだろ?」
ガイの疑問に、エリンは首を傾げてユージーンを見やる。
そのユージーンは、肩を竦めてハロルドを見た。
ユージーンの視線を追うように、エリンが視線をハロルドに向ければ、ガイやノアも続く。
「王族の血は、四大公爵家と16侯爵家に少なくとも混じってはいるはずだ。我が家は何世代も前か、創成期に遡らなければ、王族の血はクロノスに入っていない。クロノスは元々、表と裏…光と影が強い一族だから、王家寄りでは無いんだ。敵対する訳でもないけどな。」
「姉上の婚約が上手くいっていたとしても、王家の人間になるだけで、クロノスに残る訳じゃないから余計か。」
「そういうこと。お姫様を嫁にしないのは、侯爵家には荷が重いというより、クロノスの影によるものを王族に筒抜けになるのを良しとしないからさ。」
「シャルは辺境伯家だし、武門に長けている家門だからか影への理解はある方だよ。」
さて。
徒歩での旅は、人々の営みを知る機会である。
野宿をすれば、当然交代で火の番をしながら警戒にあたり、星空を眺めた。
地区によって、野菜や肉、魚な種類や値段が変わる。
街道に植えられている木の種類や、間隔の違いもまた感じながらの旅だった。
ユージーンが卒業論文にする為ではあるが、これまで引きこもりが長かったエリンにとっては新鮮なものに感じられた。
ーいま、此処で生きているんだー
それは、エリン=クロノスとしての生を感じるには十分たるもの。
貴族たれ、とは相変わらず難しいが。
自分の為にハロルドやユージーンが時間を費やしているのかと思うと、やはり何処か躊躇する。
でも。
一緒に居られるのは嬉しかった。
いつかは、自分が進んでいく道を考えなければならないのだが、それでも今は、享受出来るものを素直に受け止める事ができるようになるだけで精一杯だ。
ほんの少しの変化だが。
ハロルドやノアにしてみれば、かなりの前進だった。
少しずつ、砕かれた心を埋めていく。
まだ柔らかいコンクリートが、グニャグニャに歪んだ状態で固まらないように、フォロー出来るのが最善なはずだと信じている。
だから、ハロルドはノアが嫌がるのを分かっていても、ガイを同行させた。
エリンを第一に考える者しかいない旅より、エリンが受ける影響に変化があるだろうと踏んでいる。
「シャル、元気かな。」
「学院にいると、いろんな色を見るから疲れるみたいだけど。その色が役に立つから、と頑張ってくれてる。エルが会いたいって気持ちを伝えたら、シャルは間違いなく喜ぶよ。」
兄2人とノアにしか開いていなかったエリンの心に増えた他の介在に、当人達が喜ばない訳がない。
エリンを撫でるユージーンに、ハロルドも口元を緩める。
「仲良いことは善きことか。」
「茶化すな、ばか。」
「嬢ちゃんにとっては、大事な時間だよ。それが分からなけりゃ、俺が残った意味が無い。」




