034 軸の先
エリンは、イナンナを大使館の客室へ送る。
すれ違うものは誰一人としていない。
室内に入ったイナンナは窓際の椅子に座ると、エリンを見やった。
「エリン。これからは、私のことを〝イナンナ〟と呼び捨てにして下さいね。」
「帝国の皇族に対して、ですか?」
「勿論です。ジェノヴァ共和国に献上されても、されなくても……私は女です。男の直系でなければ皇帝にはなれません。ジュードが皇帝になり、私やイシルドゥアが他国の血を受け入れれば、健康な子を成すことが出来ます。」
「それが、貴女様を呼び捨てにする理由にはなりません。」
即座に拒否の意を示され、イナンナは微笑う。
コンコンー
ノックがされた後、エリンと監視及び護衛を担う騎士が入ってくる。
交代の為、エリンは一礼してから部屋を出て行った。
(あの方がもし、バードンのような短慮な者であれば、建設的な話し合いには戻せなかったはずです。クロノス侯爵家の次代は、彼女を中心に動く。マスタング公爵家が台頭してきているとはいっても、それは彼女らの力があればこそ。商品の開発力は凄まじいかもしれませんけど、ね…)
イナンナは、クスリと笑みを浮かべた頃。
ノアは、ユーリやガイと今回の話をラファエルに伝えるべくして、通信機械の搭載されてある船に行っていた。
「どうされるおつもりですか?」
「兄さんか、ユーリか。若しくはガイでも良いかなとは思うけどね。」
「はぁ!?」
ガイが反応すると、ノアは真剣な表情のままでガイを見やった。
「家格は十分だろ。シャーマン公爵家の四男坊。それはユーリも同じだ。ベルサリオス公爵家の長男なんだから。」
「領地も無い一介の軍人でしかない俺は該当しないだろ?大将は全然有りだと思うけど。」
「私か、ラファエル様か…」
「俺はジェノヴァを出た人間だ。お嬢の犬であると決めてから8年。国に対する思いは希薄だし、なによりサルゴン帝国の皇女なんか預かるには責が重すぎる。」
ノアは通信機械の準備をする。
「今回限りだ。エドワードとして繋ぎをするのは。戦争は何の益も感じ得ない。」
「エドワード様が戻られて、ラファエル様は大層喜ばれてましたよ。勿論それは、私も同じです。」
「イナンナ皇女を受け入れるなら、兄さんか二人。それか、相当な役職にある者ぐらいか。家格が釣り合い、種子付けが出来る者がいるのならば其れが良い。」
一方で。
レオナルドとハロルドがいる部屋に、エリンが合流する。
ソファ向かいあって座っており、ハロルドが隣にくるように示唆すれば、エリンは従う。
「エリン嬢。イナンナ皇女の様子は?」
「私見ですが構いませんか?」
疑問に疑問で返すが、レオナルドは「勿論」と頷く。
エリンは、息を吐いてから言葉を口にする。
「腹に決めていた事を口に出せて満足した、という風に受け取りました。皇族の血に他国の血を取り入れて、健康な子が欲しいと。たしかに、帝国は皇族に近しい血を入れることもあり、病に倒れたり、疾患を持つ者も少なくなかったですから。」
「帝国は、遺伝子の研究も盛んだったね。戦好きな一面を見せながら、独自の発展を続けている。エリン嬢としては、彼女の提案は是とみるかい?」
「帝国の皇女が、どのような立場で共和国に行くかによるのではないでしょうか。」
「ハロルドは?」
「共和国で受け皿になるのが誰かに因るんじゃないか。元首のラファエル様か、弟のエドワード様になるが。エドワード様に関しては、ノアだから。きっとエルの側にいることを優先すると思う。」
「共和国を出奔して8年だったか?エリン嬢、よく出逢えたね。」
「ジーン兄様と一緒に下町へ行った時にですが、良い縁だったと思います。ノアは、今回のように不本意な帰国を果たした事に多少のイラつきはあったかと。」
「イナンナ皇女を受け入れるとすれば、8年も姿を見せなかったノアでは難しいだろ。今回一緒に来ているユーリの方が妥当かもしれないな。ラファエル様か、ユーリか。少なくとも、ユーリは軍人として少佐の地位にあるし、何よりラファエル様の右腕ともいえる位置にいるから。」
「元首か、少佐か。」
レオナルドは後方に控えるフィリップに視線を投げる。
「フィーは、どっちがいい?というか、私の護衛はもういいから、隣に座ってくれ。」
投げられたフィリップは、肩を竦める。
再度催促されて諦め、レオナルドの空いている隣に腰をおろす。
「それで、フィーは?」
「レオナルドが……お前がイナンナ皇女と結婚するという手もあると思うぞ。」
「私?」
レオナルドは、パチクリと目を瞬いた。
ハロルドとエリンは顔を見合わせ、レオナルドとフィリップの方を見やる。
フィリップは真顔だった。
「何も、受け入れ先がジェノヴァである必要はないんじゃねえの?それに、ソニア王女を帝国に嫁がせるのではなくて、ジェノヴァから高位の女性をイシルドゥア皇子に嫁がせるのもありだろ。」
「時々思うのだが、フィーは軍部にいるのが間違ってるよな、ルド。」
「否定しないな。」
笑って肯定したハロルドに、フィリップはガシガシと頭をかいた。
「聞かれたから答えたんだが?大体、俺はこーゆうの苦手分野なんだよ。策略立てんのは、レオナルドやハロルドの専売特許だろうが。」
「俺はそうでもないよ。ただ、そうだな。イナンナ皇女の提案を軸に考える必要がないと分かったことで、選択肢が増えたのは事実だ。落とし所を間違うわけにはいかないぞ、レオナルド。」
「……だな。」




