033 皇女の思惑
ガチャ、と開いた廊下に繋がる扉とは別の扉が開いて、会合に参加していた者達の視線が一斉に集まる。
「このような場には相応しくない者を連れてきたのではありませんか、イシルドゥア。」
「なっ!?貴女様が勝手にジェノヴァなんぞに侵入するからいけないのだろう!!自分がなされた事を棚にあげるとは、なんと情けない!!」
「バードン卿。それ以上、この場を荒らすのであれば皇族侮辱罪の検討をさせて頂きます。下がりなさい。」
イナンナの凛とした声とは反対に、バードンの顔は真っ赤に染まる。
「下がれ、バードン。」
低い声で放たれたそれは、イナンナと同じ翠色の髪をした男だった。
「イシルドゥア様!?」
「聞こえなかったか?サルゴン大使館まで戻り、大人しく沙汰を待て。」
「なぜ、私めが「今、この場で卿の命をイスキオスの王子に捧げても良いぞ。」……ちぃっ。」
あからさまに全員が聞こえる舌打ちをして、部屋を出て行った。
バタバタと遠のいていく足音に、イナンナはクスリと笑みを零して、手を腹の前で組むと一礼する。
「お久しぶりです、イシルドゥア。」
「相変わらず自由すぎないか、イナンナ。なぜ、このタイミングでジェノヴァに飛んだ?」
イナンナは笑みを浮かべたまま、身体をレオナルドへ向ける。
レオナルドは、イナンナを見据えた。
「発言をしても?」
「今更だとは思うが……どうぞ。」
「私やイシルドゥアよりも、皇位継承順位が上にある者の後ろ盾になって頂きたいのです。」
会議室の室内の空気がピリッとする。
「私と一緒にジェノヴァ共和国に転移した者です。ジュードは、サルゴン帝国の前皇帝モンテリオン=ネロ=サルゴンの忘れ形見です。」
「証拠は?」
「前皇帝の魔力を通した結晶の宝飾を所持しておりますし、遺伝子検査でも立証されています。イスキオス王国の後ろ盾を得て、私とイシルドゥアに分かれた派閥を解体して頂いてから、即位させたく考えております。」
イナンナは、レオナルドから目を離さなかった。
「ジュードの後ろ盾となって下さった暁には、私を駒として扱って頂き、ジェノヴァ共和国の元首に献上してもらって構いません。」
「イナンナ!?」
イシルドゥアは、ガタッと慌てて椅子から立ち上がる。
「クロノス侯爵家のエリン様を巻き込んだのは、イスキオス王国の王族たる誰かに、交渉の場へ出てきて頂きたかったからです。まさか、ご嫡男のハロルド様とジェノヴァ共和国の元首ラファエル様の弟君であるエドワード様もご一緒だとは思いませんでしたが。」
「ハロルドとエドワード公を巻き込んだのは偶然だと?」
「ハロルド様が一緒の可能性は考えましたが、エドワード様は全く考えておりません。ジェノヴァ共和国の情報は、商人を介してしか殆ど得られませんので。」
「イナンナ。どうして君はそこまで。」
呆気に取られていたイシルドゥアは、手を机についた。
疑問を呈されて、イナンナの笑みはフワリと更に深くなり、会議室の空気を攫う。
「帝国が滅びれば良いとは思いません。けれど、戦争を起こそうという皇帝は必要ありません。それは私でも、イシルドゥアでも放棄出来ない事です。私たちはモンテリオン前皇帝の直系ではありませんから。」
「それをジュードにさせようと言うのか?」
「ええ。軍部を全て解体する訳ではありません。ただ、安易に人の命を奪おうとする戦争は起こしてはならないのです。皇帝の席が空いていても、帝国は皆の力で回っています。お飾り、とまでは言いませんが、国の象徴たる血族として存在することは可能なはずです。」
そうして、イナンナは漸くエリンへと向き直る。
(ここで私?)
なぜ、今。
そんな感情だけが、エリンの心を侵蝕するが、これまでのように呼吸が乱れる事はなかった。
「私の我儘で、エリン様を巻き込んでしまった事。深くお詫び申し上げます。」
頭を深々と下げたイナンナに、驚きを隠せなかったエリンはハッとする。
「イナンナ皇女。どうか頭をあげて下さい。これ以上の謝罪は、私には過分に過ぎたるものです。今後の対応に関しては、レオナルド殿下に願いたく存じます。」
エリンがスッと頭を下げたのを感じたイナンナも漸く、ゆっくりと姿勢を正した。
イナンナの毅然とした態度に、イシルドゥアも覚悟を決めて背筋を伸ばす。
「レオナルド殿下。イナンナがラファエル元首のところへ行くのならば、私は王国との結びつきとしてソニア王女へ婚姻を申し入れたく思います。」
イナンナに続いて、思い切った提案をしたイシルドゥアに対し、レオナルドは表情に変化を出さなかった。
しかし。
斜向かいに座るノアと視線をかわし、頷いたのを肯定と取る。
「ジェノヴァ共和国の元首、並びに我がイスキオス国王に伺いを立てよう。相手の変更やバランスを取る可能性もある。それと、先程エリン嬢に謝罪はしたが、クロノス侯爵家に対しての賠償請求はさせてもらう。」
「勿論です。イナンナが提案した内容は、全てイスキオス王国に投げてしまっています。可能であればですが、このままイナンナは此方の大使館で預かって頂けませんか。」
「貴公は?」
「私は、バードンの処理をしなくてはなりません。先の件を有耶無耶にするほど、皇族てして舐められる訳にはいきません。お願いばかりで大変恐縮なのですが承諾頂けますか?」
イシルドゥアの言葉を受けて、ユージーンが一歩前に歩み出る。
「レオナルド殿下。良ければ、僕がイシルドゥア皇子の護衛に付きます。魔法学院の制服もあることですし、僕がいれば……背後に何がいるか、流石に帝国の者でも分かると思いますので。」
「分かった、許可しよう。」




