028 船で
朝になり、エリンは薄らと目を開ける。
スゥスゥと寝息を立てるイナンナに、羨ましいという感情は浮かんでこない。
(この対面監視、どれくらいの日数持つかな。ま、意地でもやり通さなきゃ意味ないんだけど。流石に二か国語筆記は疲れる。これが出来るのは〝エリン″の脳みそが優れているお陰だろうな。)
苦笑が漏れつつも、仕事と思えば自然と背筋が伸びていく。
赤茶色の目に、光が灯る。
テーブルを挟んで共に夜を過ごしたガイは、有言実行だったエリンに驚きを隠せないでいた。
(舟は漕いでたぞ?でも、イナンナが寝返りを打ったり、身体が少しでも動いたら、目を覚まして全て時間も内容もメモしていた。これが、13歳のガキがすることか!?)
エリンの行動は前世の記憶に基づくものだが、それをガイは知る由もない。
少しして、イナンナが目を覚ます。
「お早いですね、お二人とも。」
「準備が出来次第、船の方に移動します。ただ、時間もありませんので、早々に準備願えますか?イナンナ様。」
「ええ。」
イナンナの準備が終わり、ジュード側も揃えば、港に用意されたジェノヴァの戦闘船が用意されていた。
ダウナント地区が許可するサイズの船なので、サイズはそこまで大きくない。
やはり、イナンナとジュードは部屋を分け、昼の移動時間はユーリの部隊から派遣された軍人が見張りにつくようになり、エリンは束の間の休息をとることになる。
夜になれば、再びガイと共にイナンナを監視するのだ。
「寝てんねー、嬢ちゃん。」
「時間になれば起きる。仕事はキチンとやるよ?そういう子だから、エルは。」
「だろうな。ほら、これ見て。」
ガイは、エリンがメモを取っていたノートを開いてテーブルに起いた。
ハロルドとユーリの二人はノートを見る。
「時刻と、行動内容ですね。イナンナが何をどうしたかが一目瞭然です。」
「そうだろ?イナンナが一々の言動する度にメモってた。それも、相当の速さで書いて、その字だぞ。オマケにイスキオスとジェノヴァの文字それぞれでガッツリ。どーなってんの、嬢ちゃんの頭ん中。」
ガイは、ハロルドを見やる。
「小さい頃から、殆ど図書室に篭ってたよ。ジーンと一緒にね。偶に俺も混ざったけど、兎に角、一日中読んでたかな。」
「げー…」
「ガイとはエラい違いですね。」
「ガキの頃なんざ、遊んでナンボだろ?やっぱ、エリン嬢ちゃんは普通じゃねえよ。だからといって嫌いじゃねーよ?むしろ、その方が好きなくらいだから。」
ドサッとソファに背を持たせて足を組んだガイを見て、ハロルドは笑う。
「誰もがね、そう思うんだ。ガイのように〝エリンは普通じゃない〟って。でも、その方が好きって言ってくれたのはガイが初めてだよ。」
「はぁ?だって、今の方が嬢ちゃんはイキイキしてんじゃん。」
「ハロルドは、エリン嬢を他の妹君や御令嬢達と比べなかったということですか?」
「比べるのはあったと思うけど、無理だったかな。クリスは美容や服に興味あって色々パーティーや茶会も満喫してたけど、そういう他人との付き合いにエルは興味を示さなかった。母上は、それが気に入らなくて双子の弟妹に全ての愛情を注ぎ込んだよ。俺とジーンは、そんな母上に馴染めなかった。」
「エリン嬢が性格捻れなかったのは、ハロルド卿達がいてくれたからなんですね。」
ユーリは飲み物をコップに淹れると、それぞれの前に置いた。
「エル本人は、捻れてると言ってるけどね。どんなに母上がエルを相手にしなくても、当の本人は喜んでたんだ。なんせ〝いちいち目の前に現れて嫌そうに話しかけられても鬱陶しい〟って。」
「それ、幾つの時?」
「7歳の誕生日ん時かな。丁度末の妹が熱を出しててね。誕生日の祝いなんてしなくていいでしょ、とか言い出して無くしたんだよ。」
「なに、その母親。」
ガイは苛々を隠さなかった。
「基本的にね、エルは感情を表に出さないんだ。それでも、他の弟妹が懐かない庭師の爺さんや、調理主任には好かれてた。使用人に対しても丁寧に言葉を返しちゃうから、エルが屋敷内で過ごすには全く不都合が無かったんだ。母上くらいだよ、エルを見ようとしなかったのは。」
「クリスティと双子もだろ。」
いつの間にか室内にいたノアが混じる。
「ハロルドとユージーンが相手していたし、クロノス侯爵も相手してたから、エルは笑ってたんだ。」
「うん。俺やジーンがいない時は、基本的にノアが付いていてくれたからね。感謝してるんだよ?きっと、ジーンも。」
「どうだかな。」
ノアは壁に背を持たせた。
「航路は順調。哨戒も特異事項は無しだ。このまま明日の夕方にはダウナント地区が管理する港に着くとの事だ。ハロルド、到着したらイスキオスの大使館と接触をはかりたい。」
「お、了解。ノアの身分、エドワード様で話したんで問題ないな?」
「……ん。」
少し間を空けて頷いたものだから、ハロルドは苦笑を溢す。
「軍服に驚くのは確実ですね。」
「大丈夫ですよ、少佐。ダウナント地区の大使館を仕切るのは、アエーラス公爵家の傍流であるアレハンドロ侯爵家の当主ディエゴです。二年前の騒動に於いて、我がクロノスに不利となる益は及ぼさないと血の契約を交わしていますから。」
「本当、敵に回したくありませんね。」
「俺としては、少佐とガイを敵に回したくはありませんよ?」
「私など、相手になりませんよ。」
「ご謙遜を。」
緩やかに笑みを浮かべれば、ユーリも口角を上げた。
「うっわー…、似た者同士。」
「ガイ。思ってても言ったらダメだ、それ。ハロルドもユーリも、それに関しちゃ面倒臭い。仮面被らせたら何処までも薄っぺらい会話するんだから。」
「「ノア(様)?」」
「ほらな。」
そう言ってノアが肩を竦めれば、ガイは吹き出して笑ってしまう。
「ん…」
簡易ベッドで寝ていたエリンが起きる。
「あーあ、ガイのせいで起きちゃった。気持ちよさそうに寝てたのに。」
「嘘ぉ。俺のせい!?」
ゴソゴソと動いたエリンは、ハロルドの座るソファの後ろに歩いて手を置く。
「ガイ、ハロルドを〝卿付け〟で呼んだ?」
「呼んでないって。昨日の夜、エリン嬢ちゃんと話した時だけ!」
「へえ、つけたんだ。」
「げ!?」
「少佐。ガイを借りていきますね?夕方になれば戻りますので。」
「ええ、どうぞ。」
「いや…!ちょっと、嬢ちゃん!!」
ハロルドはニコニコとした笑みを貼り付けたままで、人差し指をクルッと回すと、ガイをヒョイと持ち上げて部屋を出て行く。
「ニコニコお節介モード突入しちゃった。」
「夕方までに終わんの?」
呆れながら言うノアに、エリンは「多分」としか答えられないのだった。




