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027 帝国の皇女



 イナンナ=ニンメシャル=サルゴン。



 名前に国名を頂いている通り、サルゴン帝国の皇帝一族に名を連ねる者の一人である。



 帝国は現在、ジェノヴァ共和国との争いを長年続けていたが、軍事戦略を指揮していた皇帝が急逝したため、ここ数年は玉座が空っぽになっていた。



 疲弊し続けた中でも、帝国の力が衰える事はなく栄え、クロノス侯爵家の次男ユージーンは、帝都にある学院に留学している。



 空の玉座。



 平穏を求める議会と、軍事戦略を求める軍属との狭間で、次期皇帝が決まるまでは一切の軍事行動を積極的に行わず、防衛にのみ力を注ぐ事を取り決めることが出来うる国力を維持しているため、烏合の衆となっていないのが他国へ示されている。



 疲弊し続けた内政を良くする事は急務であり、上院と下院に分かれている議員のうち、高位貴族が占める上院の者達は軍事戦略派で、土地を略奪して増やして金利を得たく、イナンナを次期皇帝にと推す。



 かたや、戦争を吉としない下院や低位貴族は、平和を望みながらも軍部を掌握出来るようにと、イナンナではなくイシルドゥア=バラド=サルゴンを推している。



 イナンナにしても、イシルドゥアにしても、急逝した皇帝の血を色濃く引いている為、中立な立場を除く者達の争いは、イスキオスよりも醜いものだった。



「魔力を封じられたら何も出来ませんのに、随分と仰々しい面子で旅をしますのね。」



 翠色のウェーブした髪が、ふわりと揺れた。



 カルカロフで国境となる港に到着して、宿泊施設となる宿の部屋に入ったイナンナは、ポスっとベッドに腰掛ける。



 エリンは、扉に近い位置にある椅子に腰掛けた。



「警備面を考えましても、ジュードと私が同じ部屋ではいけなかったのかしら。」



「駄目でしょうね。お二人に置かれました立場的に、残念ではありますが叶わない願いかと。」



「凄いです、この魔法具。完全に私の魔力を奪い取りましたもの。ユーリ様、でしたか。ジェノヴァ共和国の軍属だというのに、変わった方だと思います。」



 エリンの服装は、動きやすいようにとノアに頼みこんで、ユーリやガイと同じ軍服を着用していた。



 エリンがそう決めれば、ハロルドは「俺も一緒にしよう」と揃えた。



 ユーリは何も言わなかったが、ガイはイスキオスの二人がなんら文句も言わず、自ら統一性を求めてジェノヴァに合わせてきただけに、咥えていたポトリと煙草を落としていたのだが。



 エリンの性格を良く知るノアに至っては「わー…よく似合ってる」と棒読みの台詞を放つのみだった。



 イナンナをエリンと二人きりにするのは得策ではないため、室内にはガイも同じく待機しており、壁一枚隔てた隣室には、ユーリとハロルドがジュードと共にいる。



(移動してイスキオス王国に距離が僅かでも近づく度に、エリン嬢ちゃんに絡む糸が伸びてくる間隔が短くなってきやがる。まだ微量の単位ではあるが、気ぃ引き締めて嬢ちゃんの警戒に当たっとかねぇとハロルド卿やノアに怒られるな……俺。)



 ガイの役目は、イナンナを見るエリンの補助よりも思念糸の遮断の方が大きい。






『エルのこと、宜しく頼む。』






 ハロルドが移送の出発前、わざわざガイの私室を訪ねて頭を下げているのだ。



(ちょっとでも逆戻りすりゃ、クロノスに消されるかもな。)



 ガイは苦笑を零しながら、エリンの座った椅子からテーブルを挟んだところにある椅子に腰を据えた。



 使用する港は、ジェノヴァの軍人達が常時警戒体制にある為、転移魔法のような強制力が働かなければ逃亡はほぼ不可能。



「明日の朝、船でダウナント地区に向かう。ちゃんと休んどけよ。」



「そうさせて頂きます。でも、こんな風に帝国ではないところを歩けて、私は幸せです。」



「幸せ?」



 ガイが聞き返した。



「帝国は、前皇帝が崩御されても光を失ってはいません。むしろ、民達は戦争が凍結されて喜んでいるとすら聞いています。このまま玉座が空っぽでも、国は回ると思うのです。イシルドゥアがどんな風に考えてるかは分からないのですが、私は、物語や城内の者達から聞く話でしか知りませんでした。」



「だから転移したと?」



「はい。そうすれば、自分の目で見ることが出来るではありませんか。リューベックで頂いたトマトは甘くて美味しかったです。」



 ぱん、と顔の横で両手を合わせたイナンナは、ニコリと微笑んでいる。



「お金を払わなきゃならなかったのは申し訳なかったですが、あの言い回しでは伝わりません。ジュードが払いましたので問題はないですが、売り文句というのは考えなくてはならないですね。」



 満足したのか、イナンナは布団わ肩までしっかりかぶって目を閉じると、そのままスゥスゥと寝始めた。



 それを確認したエリンは、遮音魔法を自分とガイの周囲にだけかけ、更にイナンナが目を覚ました場合に二人が起きているように今の状態を保つようにして、空間を切り離す。



「嬢ちゃんも大概、規格外だな。」



「自分が必要かなって感じたものを使えるようにしただけ。自己中なんですよ、基本は。」



「煙草吸っても?」



「どーぞ。」



 ポケットから煙草を取り出し、火をつけて煙を吐いた。



 エリンは椅子の背を壁に添わせ、左肘をテーブルについて、ベッドで寝ているイナンナを見つめる。



 18歳のイナンナが〝幸せ〟は、皇族としての立場からすれば正しいのかを考えてしまう。



 自ら経営する領地の税金や、商会の収益、働いた分の対価となる給料などで生活をする貴族でなく、ただ存在するだけで金を手に入れ、不自由なく散財出来る皇族が合うはずもない。



「嬢ちゃんもベッドで寝ていいんだぞ?」



「いいですよ。あれの隣でなんて、安心して眠れるような神経していません。」



「寝ないつもり?」



「ウトウトはするかもですが、基本的には、椅子に座ったままでいようかなと。」



「また身体壊さない?」



「椅子に座ったまま寝るのは慣れてます。」



 仮眠室を使わず、事務所の椅子やソファで寝ていたのだから、前世の経験値に感謝だ。



 まして、着ている服は軍服。



 警察官の制服ではないものの、緊張感を保つのには最適だった。



「エリン嬢ちゃん、本当に何者?」



「イスキオス王国における四大公爵家が次席、16侯爵家諸侯のいち、クロノス侯爵家シルヴィウスが次女、です。余りものです、私は。」



「余りもの?」



 ガイは首を傾げる。



「長男、長女、次男、私、三男、三女。ちなみに、三男と三女は双子です。ね、余ってるでしょう?」



「俺、一応調べた人よ?」



 ガイが眉根に皺を寄せれば、エリンは視線だけ横に流した。



「ハロルドは、嫡男としての役目がある。ジーンは嫡男に何かあった時のスペアではあるけど、陰としての役割もある。長女は上昇志向の強い人でしたから、貴族にいるのを良しとしていたし、末の双子は可愛いが正義で、母がベタ惚れです。」



「嬢ちゃんは?」



「貴方がラファエル様に報告していた通りですよ。」



「家族の中では、ハロルド卿とユージーンにしか懐いていないってやつか?」



「ガイさん。ハロルドから年が変わらないんだから、名前は卿を付けず呼び捨てにしろって言われてたじゃないですか?」



「あー…?そうね、言われたなー。」



「卿付け、ハル兄様の前でやっちゃうと面倒起きちゃうから止めて下さいね。延々とニコニコお節介モードに突入しちゃいますので。」



「ニコニコお節介…?」



 ふふ、とエリンは笑みを零す。



「エリン嬢ちゃん。どーせだから、俺にも普通に話してくれない?」



「はい?」



 エリンが肘を外して顔を向けると、ガイと目が合う。



「ハロルドやノアに話している口調にしてよ。そうしてくれたら、俺は嬉しい。」



「へ?」



「そもそも、ノアに普通なんだぜ。元首の弟に対しての口調と同じじゃなきゃ、分が悪い。」



「そっちが本音?」



「そー!」



 ガイが白い歯を見せてニカッと笑うので、エリンも少し目尻を下げて笑ったのだった。

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