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026 中庭で、もう一度



「おはようございます、ガイさん。」



「お、おはよう。エリン嬢ちゃん……なんか、雰囲気変わった?」



 ピシリと背筋の伸びたエリンが軽く頭をさげてした挨拶に、ガイは動きを止めた。



(半日で、こんな変わる?)



 ガイには、エリンが原動力にしている一番のガソリンが『悔しいなら、抗え。』と言った自国の元首であるとは1ミリとも思えていない。



 けれど。



 これまで、どこかチグハグに感じていたエリンに対する印象を思えば、ハキハキと物を喋る目の前の姿を見て、ガイには〝こっちが本物の姿だ〟と思えて然るべき姿だった。



 ハロルドとノアは、2人揃ってラファエルの元に向かい、ユーリを交えて鋭意交渉中である。



 イナンナ=ニンメシャル=サルゴンと、ジュードの2名を移送する。



 この為の移動手段、道のり、行き着く先での申出内容等々、纏めなければならないことが沢山あるため、今日は一日かかるとエリンは聞かされていた。



 早くて、明日には出発である。



「ガイさん。」



「うん?」



「中庭を歩いていけば、今日もラファエル様にお会い出来ますか?」



 エリンからの申し出に、ガイは「あ」と口を開けて、言葉を溢した。



 予想が当たったエリンは、口角を上げる。



「会えるようで、何よりです。ハロルドとノアは、私を交渉の場には連れて行ってくれません。大人では無いので諦めろと。」



「子供でも、ないだろ?」



「ええ。少なくとも、そこらの13歳と一緒にされるのは迷惑ですね。尤も引きこもっていた事実は消えないので、信憑性には欠けるだろうけど。」



「俺も、サルゴン帝国に一緒に行く。身体の調子が悪いと少しでも感じたら、ちゃんと言えよ。」



「ハロルドが気づいてくれる。」



「自信あるね?」



「自慢の兄様だもの。」



「ノアは?」



「大切な犬。」



「え、なに?アイツってば、エリン嬢ちゃんのペット扱い?マジで?」



 ガイは驚きを隠さなかったが、エリンはふわりと笑んだ。



「初めて会った時に、そういうことになったの。私の為に、諜報活動をするからって。国内だと、どうしてもクロノス侯爵家は目立ってしまうから余計かな。」



「アイツが、エリン嬢ちゃんのペット…」



 ポカンとしたままの表情が治らなかった。



「ノアがいてくれたから出来た事が沢山あるの。それを伝えようかと思って。だから、ガイさん。ちゃんと答えてくださいね?今から〝中庭を歩いていけば、今日もラファエル様にお会い出来ますか?〟」



 真っ直ぐに向けられた赤茶色の瞳に、迷いは全くなかった。



 時計を確認したガイは、4人の話し合いが終わった頃合いだろうと判断する。



「会えるよ、嬢ちゃん。」



 エリンは中庭に出ると、ちゃんとした足取りで歩いていく。



 ガイは煙草を吸いながら、昨日と同じように距離を取り、後ろからついて歩く。



 空は雲ひとつなく晴れていて、青く澄み渡っている。



「へぇ。それが、お前のあるべき姿か。」



 聞こえてきた声にエリンが体を向ければ、ラファエルがいた。



「エリン=クロノスです。昨日は、寛大なる対応を頂きましてありがとうございました。ラファエル=シア=ガルディオス様。」



 久しぶりにする淑女の礼は、背筋が伸びたまま、視線は外さずにやり切る。



「私のことはシアで良い。エドに対しても、お前はノアと呼んでいるのだろう?」



「あれは、私の大切な犬です。繋げていた首輪は放ちましたのに、自らの意思で私の目と耳になってくれています。貴方様は一国の元首。ラファエル様、とお呼びするのが適当ではありませんか。」



「犬、だと?」



 ピク、と片眉が上がったラファエルは、エリンに距離を詰めるべく歩いていく。



「初めてイスキオスの下町で会った時、ノアは『根無草』だと申しました。ならば『根付く鉢』があっても良いわけでしょう?」



 昨日と同じように、エリンの顎を人差し指で支えて持ち上げた。



「随分な挨拶だなぁ?我が弟を、犬だの、草呼ばわりだのと。」



「ノアが自ら選んだ道です。それを兎角、ラファエル様が非難するのは納得出来ません。私とノアは、相応の関係性を保持しております。」



 ラファエルの刺すような視線を、エリンは外すことなく笑みを携えたまま見据え返していく。



「不敬、って知ってるか?」



「私をどうしようとラファエル様の自由ですが、私の身に事が起きれば、ノアとは二度と相いれませんよ。まして、この国には私だけではなく兄様もいます。イスキオス王国が16侯爵家のいち、クロノスの長男である兄ハロルドが。我々兄妹に何かあれば、決してクロノスが黙ってはいないでしょうね?」



 震えもない、真っ直ぐな声で言の葉を返せば、くつくつと笑いながら、ラファエルは手を離す。



「いい判断だ。」



 ニィッ、と微笑うラファエルはグシャグシャとエリンの頭を無造作に撫でる。



 瞬間、エリンは訝しみながらも、撫でてくる手を振り払う事はしない。



 そっちの方が不敬に当たりそうだ。



「兄から大切に思われる事は、理解できます。ノアにも、ちゃんと伝わってるはずです。」



「クロノス侯爵家の事は、そこに控えてるガイに調べさせている。お前がハロルドと次男のユージーンとやらにしか懐いていないことは分かっている。」



「ガイさんが優秀なのか、クロノスが見逃した結果なのかは?」



「後者だろうな。」



 即答したラファエルに対し、エリンは僅かに口角を上げた。



「ガイは優秀だから調査するしないの線引きはしていただろうし、問題行動は起こさなかっただろうが。流石のクロノスも、ノアの身辺を確認するだけの動きと分かれば捨て置くだろう?如何にお前の家が、闇に強かろうともな。」



 離れた場所で腕を組みながら、ガイは舌打ちして煙草の煙を吐いた。



(当時、ガイさんのことをノアが気付いていないのだとしたら。そちらの方が問題かな。その上官であるユーリさんも、おそらく。)



 イナンナとジュードを移送する面子の強さを推して測る。



「お前が役目を果たして再び会うた時には、我が国における録音録画装置の使い方を見せてやる。施行している法律と、駆使したことによるデータもな。帝国の姫なんぞに遅れをとるなよ?」



「善処します。」

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