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025 決意新たに



 ノアが淹れたジンジャーティーは、下がりきった体温を上げるには十分だった。



 傍らに座ったノアと、身体を起こしたハロルドもまた、足を床に下ろして座り直していた。



「私は、クリス姉様が、苦手…なんだと思う。」



 エリンは、カップに残る紅茶を眺める。



「あの人は……自分の願いを叶えるために、使い得る力を総動員して、使った。私の、魔法具も。あの人に利用された。」



「エル…!」



「あの人が願ったものは、何でも叶ってた。私は、侯爵家をいずれ出ていくつもりで、生きてきた。その為に、お父様が与えてくれるものには、必死でしがみついてきた。兄様達は勿論、姉や、弟妹にも敵わないから、同じ貴族という土俵には居続けたくなくて。」



 不意に、エリンは顔を上げてハロルドを見る。



「いつも気にかけてくれて、嬉しかった。ハロルドと、ジーンがいてくれて。そこに、ノアもいてくれるようになって、私には……それで充分だった。」



 カップに残っていた紅茶を飲み干すと、エリンはサイドにあったチェストの台にカップを置く。



 エリンは「でも」と言の葉を吐き、手を握りしめる。



 小刻みにしか出なかった言葉が、ちゃんと繋がっていることに安堵しながら、呼吸を整えて言葉を続ける。



クリス姉様(あのひと)がマスタング家に嫁ぐまでに、いつもいつも、私が精査して編集した映像らのお陰だと言ってきていたの。その頃くらいから、かな。お花畑が、男たちと情事を行う姿が夢の中に出始めたの。」



 ハロルドとノアは、互いに視線を交わした。



「気付いたら、お花畑が私と入れ替わってて……私がアイツらに犯されてた。助けを呼んでも、誰も来てくれなくて、ただ、夢の中で犯され続けてた。」



 立ち上がったハロルドは、エリンの直ぐ側に座ると頭を優しく抱くようにしてギュッとする。



 おず、とエリンはハロルドの服に手を伸ばす。



 握りしめた手は震え、それでも今離さなければ、前へ進めないと言の葉を紡ぐべく、息を吸う。



『悔しいなら、抗え。』



 初めて会ったラファエルに、それは優しく見守ってくれてきたノアによく似た声に言われた言葉が、エリンの耳に蘇る。



「終わりにしたい。」



「うん。」



「ハロルド……私、あの時の人達がどうなったか、見に行きたい。」



「いいよ、一緒に行こう。」



 エリンは顔を上げて、ハロルドを見る。



「仕事を請けよう、エル。帝国からの来訪者2人を俺達が仲介して、帝国へ送り届ける。」



「転移魔法陣の?」



「その者達……つまり、イナンナ=ニンメシャル=サルゴンと、従者のジュード。今は、別の客間で監視されてるよ。此方にノアがいるからか、同じ不法侵入でも扱いが違うみたいだね。」



 ハロルドが笑いながら、ノアを見やった。



 抱きしめられた腕の力が緩み、体を離したエリンもまた、ノアを見やる。



「一応、俺が特使。最低限の人数で動くが、ユーリとガイが付くようになった。兄さん曰く〝少数精鋭″なんだと。」



 少々不機嫌な表情になったノアは、視線を僅かに外す。



「エルが大丈夫なら、イナンナ皇女らを移送する旅に同行してもらいたいんだ。女性でしか対応出来ないところもあるだろうから……行ける?」



「うん、行く。」



 間断なく頷いたエリンの目に迷いはなく、ノアはガシガシと頭を掻いた。



「そっか。じゃあ、明日の朝イチで兄さんに報告しておく。エル……本当に構わない?」



「抗えって言われたから。なんか、あの人に負けるの腹立ちそう。」



「「あの人?」」



 ハロルドとノアの声が重なる。



「ラファエル=シア=ガルディオスって、名乗ってた。」



「兄さん!?いつ言われた!!?」



 ガシッと肩を掴まれ、エリンは目を瞬かせる。



「昼過ぎくらいに、中庭で。ガイさんから、落ちてる体力つけるのに散歩してよいって言われて。歩いてたら、いた感じ?」



「あー……ハロルドは兎も角、俺も部屋から出てる時か。くそ、やられた。」



 チッ、と舌打ちしながら座り直した。



「大丈夫だから、ノア。ラファエルさんには、不自由はしていないかって言葉も、かけてもらってるから。ちゃんと、気にかけて頂いてるのも分かってる。」



「抗えって言われたんだろ?」



「ノア、さっきも言ったけど……私は大丈夫。だけど、2人には限られた時間を私に使わせて「俺が好きでそうしてるから良いんだ!」……うん。」



 言葉を遮られ、エリンは思わず微笑った。



「ハロルド、お仕事は?」



「大丈夫、父上から連絡が来てる。勿論、エリンにも。」



 優しい声色で、ハロルドは続ける。



「『此方の事は一切気にするな。ハルとエルの身体が無事で、元気なら全く問題ない。やりたい事を見つけたなら好きにしていいが、ご飯はしっかり食べて、ちゃんと睡眠も取ることを約束すること。ノアが傍にいるなら尚更、ジェノヴァは下手に事を運べない。なんならクロノスが動くと脅せ。』だそうだよ。」



「脅せ、って…」



 エリンが苦笑をこぼすも、ハロルドの表情は柔らかいままだった。



「父上の承諾も取れてる。エルは、何も気にしなくていい。交渉は、大人である俺や父上、ノアの領分だ。だよね、ノア?」



「そうね……此処での交渉は、俺がするのが妥当だよな。流石に気後れするところはあるが。」



「心配するな、ノア。今後の交渉はノア独りではさせない、俺もノアと共に交渉の席につく。これは、クロノスの総意でもあると分からせるさ。」



 力強い眼で、ハッキリとした口調で言うハロルドに、ノアは一瞬驚いたがフッと笑う。



「不安でもやりきるしかないんだけどな?」



「ああ、俺も腹を括るよ。」



「ハロルド、ノア。私も、頑張るから。だから、二人と一緒に歩かせて。」



 エリンが言うと、ハロルドとノアは顔を見合わせて頷き、エリンを見やる。



「「勿論。」」



 シンクロした2人の言葉に、目を細めて口元を緩めたエリンの頬は、赤みをさし、人としての力を取り戻していた。

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