001 余りものの変わり者
イスキオス王国の南に位置するアステリは、四大公爵家の1つであるセルモーティタ家が統括する領内である。
広大な土地は農地も十分にあり、水源にも恵まれているため、領内は活気に満ち溢れていた。
アステリ領を治めるのは、侯爵家に位置しているクロノス家である。
現当主のシルヴィウスは難なく領地経営をしつつ、中央政権に於いては内政に従事していた。
健全たる経営をし、領民との関係も良好で評判も悪くなく、人が安全たる土地柄として認められており、物資だけでなく人の行き交いも程よくある状態だ。
シルヴィウス=クロノスは、妻ジェニファーをこよなく愛し、子供を6人授かっている。
個性溢れる6人の子供は、それぞれ皆が仲良しという訳ではなかったが、傍目から見れば問題があるようには見えていない。
それは表面化しないように制御されている。
カチャカチャと工具を使って組み立てる1人の少女。
「出来たかな?」
机上には、ボックス型の箱。
カチッとボタンを押せば、空気中に映像が浮かび上がり、農作業する民と、その周りで楽しそうに遊び回る子供らの声が部屋に響き渡る。
浮かんだ光景に、エリンは微笑む。
「録音録画バッチリ。いやー、間に合った、間に合った。」
軽く伸びをして、この部屋の主であるエレン=クロノスは映像を消すと立ち上がり、鏡の前に立つ。
エリン=クロノス、11歳。
クロノス家の4番目に生まれた、自称『余りものの変わり者』である。
人付き合いは苦手で、生を受けて11年。
貴族然とした態度や口調に慣れないのは愛嬌、なんてものは通じない世界だ。
(未だに見慣れないってな。)
赤みがかったオレンジ色の髪。
かつては黒髪だったもの。
髪は一括りにして肩甲骨までの長さがあり、赤茶色の瞳を薄ら細めて息を吐いた。
適応障害と言われても仕方がないくらいなのは、エリンも自覚している。
再び作業机に備え付けられた椅子に腰を下ろした。
「行きたく無いってのにねぇ。」
エリンが行きたく無いのは、昨日に届いた王都からの招待状にあった『王妃主催の花見茶会』。
王族が兎角尊重される、イスキオス王国。
不参加を申し入れたいと思えど、既に父親であるシルヴィウスが出席の返答をしている。
当日の朝に体調不良になりたいと願うくらい、不参加でありたいのだが。
ピラピラと王家の封蝋が為された封筒を床に落として、完成したばかりの録音録画機能付きの魔石を複製して色んな物に付随していく。
細々とした作業は楽しい時間である。
コンコンー
「はーい、開いてまーす。」
ガチャと開いた扉に目もくれず、エリンは作業を続けていた。
自分の部屋を訪ねてくる人物は限られている。
「エル。せめて、部屋に誰が入ってきたかぐらい確認したらどうだ?」
嘆息した声の主は、エリンからすれば長兄にあたるハロルドだ。
13歳から18歳までの6年に渡る王都での教育課程を終えた長男は、治部に勤めて2年目になり、今回の花見茶会エスコート役のために一時帰宅していた。
エリンの部屋を訪れる数少ない人物だ。
なにより。
コミュニケーション能力を育てるつもりのないエリンにずっと寄り添っており、特に強要もしないのでエリンも邪険にすることは無かったのである。
「……兄様なのは分かってるから。あと少しで作業終わるんだ。そっちのテーブルに紅茶入れるから、飲んでてくれる?」
そういうと、エリンは左手で使用していたネジ回しを回転させるとテーブルに向けて一振りする。
真鍮のティーポットから、白磁器のカップに温かい紅茶が注がれる。
「才能の無駄遣いだな?」
「堕落した人生を送るためなら、生活魔法は必修科目だと心得る。」
「堕落したい子は、努力なんてしないよ。」
嘆息しながらも穏やかな表情を浮かべたハロルドはティーポットと、カップが置かれたテーブル側の椅子に腰を下ろした。
作業を続ける妹を見て、時間を過ごす。
この緩やかに流れる時間をハロルドは好んでいたし、エリン自身もまた、特段に絡んでくるわけではないハロルドがもたらす空気感を嫌いではなかった。
(集中力は相変わらず。)
会話をするわけでもなく、カチャカチャと金属音が鳴るだけの空間。
ハロルドは、ふわりと香る紅茶の匂いを掠め、静かに頬を緩めると紅茶を口に含んだのだった。