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024 逃げずに戦え



 イスキオス王国からジェノヴァ共和国に転移してから、ニ週間が経過しようとしていた。



 帝国からの来訪者に対する共和国の処分が、中々決まらなかった。



 日中の午前2時間と午後3時間、ハロルドはジェノヴァ共和国の執務や勤務体形における改善など、クロノス侯爵家で取り組んでいた日勤や三交代勤務の取り入れ、残業時間の上限や3週6休など、ジェノヴァの現体制に沿うような体制を思案している。



 ハロルドがいない代わりの時間には、ガイが訪ねてきて、取り留めのない話をしながら身体の様子を診ていく。



「うし。まー、だいぶマシか。ちゃんと飯、食えてる?ジェノヴァの味付け、合わないとかない?」



「大丈夫、です。いつも、ありがとう…ござい、ます。」



 ポンッとエリンの頭に手をやったガイは、ベッドに座ったままでいるエリンに少し笑んだ。



「ハロルド卿のこと、借りっ放しで悪いな。今は、ノアの奴もラファエルんとこに行ってるし。」



「本当…は、分かって、る。いつまでも、2人に、頼りっぱなしでは、いけないって。でも、ダメ。やめたら、また、頭に…流れて、きそうで、怖く…なる。」



 ポツポツと話した言葉に、ガイはハッとした。



(やっぱ、エリン嬢ちゃんに絡む糸の効果は思念糸(それ)で間違いないか。)



 頭にやった手を撫ぜながら、ガイは思う。



「エリン嬢ちゃん?」



「ガイ、さん。依存……し、過ぎたら、迷惑、だよね。」



 掛け布団を握りしめるエリンの手は、微かに震えていた。



「今はそういうこと、全然気にしなくて良いんじゃねえの?エリン嬢ちゃんが元気なくなる方が、ハロルド卿もノアも悲しむだろ。」



 エリンの赤茶色の瞳が、ガイの碧色の目をジッと捉える。



「エリン嬢ちゃん、治療に関しちゃ無理に急ぐ必要はねぇよ?今は食えるもんを食って、寝るだけ寝て、痩せた身体に肉つけねーと。歩けそうなら、そこから庭に出れるから。ちぃとは体力もつけとかねぇとな。」



「迷惑、じゃ…ない?」



「ん、全然迷惑じゃねーよ?エリン嬢ちゃんみたいに可愛い子を相手に出来るのラッキーだし。」



「か、わい、い?誰、が?」



 キョトンとしたエリンに、ガイは目尻を下げて口元を緩める。



「エリン嬢ちゃん。俺と今喋ってるの、嬢ちゃんしかいないよ?それじゃ、エリン嬢ちゃん。俺の誘いを受けて、中庭を歩いてみる?」



 手のひらを上にして、差し出す。



 僅かに震えたエリンが手を乗せると、ヒョイと抱き上げて開けていた掃き出し窓の側に連れていく。



 窓を開け、ガイはヒールの無い靴を窓先に置くと足元がそこに合うように降ろした。



「んじゃ、気分転換といこう。好きに歩いていいからな?なんかあっても、俺いるし。ただ外に出たついでに煙草吸わせて。」



 咥え煙草をして火をつける。



 恐る恐る歩き出したエリンを眺めながら、身体のフラつきが無いからなどのチェックを忘れずにガイは程よい距離感を開けて歩いていた。



 ほっそりとした体つきは、13歳の女児からすれば平均以下で、白すぎる肌は病的に近かったが、転移してかニ週間の間に取る食事の甲斐あって少しずつ改善されてきている。



 巷では、窃盗や痴漢などの事件もあり、其方の捜査をしなきゃいけない筈なのだが。



 元首からの勅命で、部隊の上官であるユーリまで認めている以上、エリンの行動監視兼護衛を務めざるを得ないガイは「なんで俺?」と思いつつ、仕事だと割り切ろうともしている。



(何だろうなぁ、この子。バラバラ過ぎる。)



 エリンが言った〝頭に流れてきそう〟が何に当たるのか、2人から聞くのがよいのか、当人から聞くのがよいのか。



 風が吹き抜け、エリンの視界に今まで接見してこなかったラファエルが現れた。



 マズイと思いながらも、ガイは煙草の火は消さずにいた。



「エリン=クロイツか?」



 低い声が、エリンに届く。



 ノアに似た容姿に似た声で話しかけられ、それがラファエルである事に気付くには容易かった。



「あ……と、はい。」



「ラファエル=シア=ガルディオスだ。宮廷内での暮らしに不自由はないか?」



「大丈夫、です。あ、の。申し訳、ありま、せん。ご挨拶…出来ない、まま、で。」



 声が揺れる。



 ひゅっ、と息をするのも、苦しみを感じ始める。



 指先が小刻みに震え出した。



「情けないものだな。」



 コツ、と音を立てながら、ラファエルはエリンに近付いていく。



「姉の婚約を破棄する為だけに、録音録画出来る魔法具を駆使して何人もの性行為や馬鹿どもの企みを詳らかにしたのではないか?姉の幸せと引換に、一体どれ程の犠牲者を出したんだ?」



 ドクンッー



「いや……やめ、て……」



 ガチガチと震え始め、立てなくなったエリンが膝をつき、地面に座り込んだ。



「嬢ちゃん!」



「ガイ、お前は黙って見ていろ。」



 駆け寄ろうとしたガイを制止させたラファエルは、更に言葉を続けるべくしてエリンに向かって歩いていく。



「作り出したのは、間違いなくお前自身だ。証拠能力が高いのが実証されたから、抑止力として充分成り立っている。後悔して、お前の時を止めて、自ら苦しんで何の意味がある?」



 片膝をついたラファエルは、エリンの顎をクイと持ち上げる。



「エド……いや、ノアにしても、お前の兄であるハロルド卿にしてもだ。お前が停滞するせいで、アイツらは自分の時間が持てない。才ある者らが、お前を甘やかして何の意味がある?有限である貴重な時間を、無駄に浪費しているお前に使わされる連中の気持ちを理解する気があるか?」



 エリンの目からは涙が零れ落ち、息が荒くなっていく。



「悔しいなら抗え。逃げずに、俺の言葉を受け入れろ。ガイは優秀な奴でな。早く正規の任務に戻したいんだ。サッサと悩みに打ち勝って、ジェノヴァの役に立ってみろ。そうしたら、我が国で立ち止まったお前を認めてやる。」



 顎から手を離したラファエルは、立ち上がってその場を後にする。



 ガタガタと震えるエリンを、ガイは抱き上げて部屋に早々と引き上げた。



 靴を脱がせ、ベッドに座らせる。



「ごめんな、嬢ちゃん。大丈夫、さっきあれが言ったことは気にしなくていいから。なんかあったかいのでも飲む?」



 エリンは首を横に振った。



「あの、人が言う、ことも……わか、る。」



「嬢ちゃん。本当に13歳?」



「……た、ぶん……」



 精神的にも、肉体的にも。



 公安職に就いていた頃に比べ、随分と弱くなったと思えるが、否定も肯定も出来なかった。



 ガイは「はぁー。」と深い息を吐く。



「よし、エリン嬢ちゃん。いっぱい、俺と話そう。話したら休もう。ハロルドさんとノアが戻ってきたら、二人にいっぱい甘えな?」






『エル、貴女ってほんとに凄いわ。イザベラがウィリアムとヤり合ってる映像、延々と見たんでしょ?サイラスやナダル、セイロンの分まで。エルには閨事の教育なんていらないわね。良い材料揃ってるんだもの。』

『エルがイザベラの情事を暴く為に魔法具を駆使してくれたお陰で、公爵様からプロポーズされたわ。ふふ、小説みたいね?』

『ねえ、エル。マスタング公爵家から、沢山の贈り物が届いたのよ!レスに似合う可愛らしい物もあって、嬉しそうに選んでるわ。エルも一緒に見ない?なんたって、エルが纏めてくれた馬鹿映像のお陰だもの、戦利品よ!』

『マスタングの家名ではなくて、名前で呼んでくれですって。ルートヴィヒ様に愛されて幸せだわ。あんなアバズレとは違うのよ。貴女の魔法具様々ね。あー、でも。私みたいな逆転劇は出来ないか。お父様に必要ないだろうって、ブレスレット取られてしまったから。』

『ねえ、何で部屋から出てこないの?エルがイザベラの馬鹿な姿を収めてくれたから、私は幸せだというのに。ルートヴィヒ様にもお会いしてくれないなんて、エルは私の妹ではなくて?』

『ほんっと最後まで情けないわね。みんな私の結婚を祝福してくれてるのに。色々学ぶ為に、マスタング公爵家に行くのも見送ってはくれないのね。全ては、録音録画機能の魔法具を作ったエルがくれた幸せなのに。ルートヴィヒ様は、私を綺麗と仰ってくれるけれど。今の貴女みたいに醜女のような姿で、結婚式には来て欲しくないわ。』

『貴女なんて、魔法具しか作ることでしか存在価値ないくせに。早く次に私の役に立つモノ作りなさいよ。お金は幾らあっても困らないのだから。』






 ガバッと身を起こしたエリンは、息を吐いて膝を立てて顔を俯かせて置いた。



 久しぶりに見た、姉クリスティからの自慢話に近いネチネチした話は、エリンの嫌いな女性特有のそれだった。



 身震いして、腕を摩る。



 窓の外は既に陽が落ちて闇の色に染まっている。



 身体の体温が一気に落ちたのか、吐く息が白いように見えた。



「エル?」



 隣で寝ていたハロルドは、魘されていたエリンが心配で目を覚まし、顔を覗き込むように頭に手を置く。



「なんか、温かい飲み物淹れてくる。」



 ノアは湯を沸かしたり、カップを用意したりと動きだす。



『悔しいなら抗え。』



 ラファエルに言われた言葉がエリンの頭に響き、それまでグルグルと巡っていたクリスティの姿がパラパラと崩れていった。

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