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022 原因は《悪役令嬢》



「ハロルド卿。エリン嬢ちゃんなんだけど、かなり心に傷を負ってない?」



 ガイから発せられた言葉に、ハロルドは目を細めるが気にすることなく、ガイは続けるべく口を開く。



「相当の負荷が掛かってる。だから、言葉の詰まりと呼吸の取り方に狂いが生じてる。今はハロルド卿に身を預けちゃいるが、エリン嬢ちゃんは元々そういう事は苦手なタイプでない?心音は正常だが、目にはブレが出てる。恐らくの域を出ないけど、ハロルドさんとノアがいるから保てているんだろうと思う。本来なら外に出るのは嫌いでしょうがない筈だ。」



「何故そう思う?」



 ハロルドは先を促した。



「腕の圧迫痕を治療する時に反発が見られたのが一つだな。まぁ、治療に関しちゃノアの後押しもあってさせてもらえたんだろうけどな。それとは別になるが、エリン嬢ちゃんに結構しつこく絡む糸が見えたから遮断しといた。割と本気で強いのが絡んでたぜ?」



「ガイ、どういう事だ。」



 ノアの声が低く唸るように聞こえる。



「神経毒ってんのかな。直接、脳に干渉するようなタイプのやつ。あの系統の色した糸、久々に見たわ。なんの因果あんのよ?」



「お前しか見えてないもん言われてもな…」



 ノアが息を吐けば、ガイも頭を掻きつつ、手のひらをエリンへと向けると人差し指で方向を指し示していく。



「手首や足首。関節や首まで、割とぐっるぐるに絡んでたぜ?遮断出来うる限りはしたけど、既にうすーく絡みつつあるから、俺の目に入り次第速攻でブチ切ってる。ちぃっとくらい効果ありゃ良いが。」



「行為者を追えるか!?」



 ガシッと肩を掴むが、ガイは首を横に振る。



「知ってんだろ?そんな高度な調査能力なんて持ち合わせちゃいないって。」



「脳に作用するというのは、具体的には?」



 ハロルドがノアの行動を制止すると、ノアは舌打ちして肩から手を離す。



「そうだなぁ……例えば寝ている間に夢を見るだろ。エリン嬢ちゃんが苦しむ内容の夢を見せるとかが一番分かりやすいか?心を蝕むような夢で以って、精神を縛り付けてくんだよ。眠れなくなって、吐いたりとか色々。」



 ハロルドとノアの表情が曇る。



「要は心当たりあるわけね。」



 ガイの言葉にハロルドは頷き、ノアは目を伏せる。



「期間、どれくらい?」



「2年余りだ。」



「あー……長いな。その期間中ずっと蝕まれたんだとして、グチャグチャになったように疲弊してんなら、休養がいる。遮断を続けた上で治療に専念するとしても、不定期な感覚で眠気に襲われっかもな。」



「君は、医者の資格が?」



「ウチの部隊で治癒使えんのが俺だけなんでね。医者ってよりは、経験則からの予想。あと、思念の糸が見えるのは母親の出自が関係してるだけとしか。これに関しちゃ、いま共和国で対応出来んの俺くらい。」



 思わぬ収穫に、ハロルドの手に力が入る。



「首都に着いたら、すぐにエリン嬢ちゃんが休める部屋を用意する。ハロルド卿は勿論、同じ部屋で構わないな?」



「ご助力、感謝する。」



 頭を下げたハロルドに、ガイはフルフルと手を横に振った。



「いいって。廃人になってもおかしくないケースなのに、その状態を保ててる。ちゃんと見てくれて人がいる環境は、エリン嬢ちゃんにとって最良策だったんでしょ。」



「ヴォクリューズドの丘に咲くラベンダー、持ち帰りたいが可能かい?」



「株分けしたやつなら、首都でも入手可能だ。手配しとくわ。」



「ありがとうございます。」



 今度は丁寧に言葉を返し、頭を下げた。



「ご丁寧にどーも。ただ、ハロルド卿。エリン嬢ちゃんの様子がおかしくなった時期に何があったかは考えてくれる?嫌っていうほど考えただろうけどさ。」



「了解した。」



 ガイの言葉に、ハロルドは頷いた。



「ガイ、ありがとな。」



 不意にノアから礼を言われ、頭を下げられる。



 慣れない空気感に、ガシガシと頭を掻いたガイは煙草を取り出そうとしてやめた。



 カタン、とカルカロフが揺れて到着を知らされると、ガイは先に降りた。



「部屋の準備が出来たら呼びに戻ってくるんで。それまでは、そこの部屋で待機しててくれます?ノアの方は…」



「いーよ、兄さんに会ってくる。ハロルド、なんかされたら思い切り暴れていいから。察知出来たら、俺もすぐに行く。」



「エルの事を教えてくれたのに?まあ、大体ノアの故郷で問題を起こすつもりはないよ。負担をかけて悪いが、しっかりと交渉してきてくれ。」



「任せな。」



 ひらひらと手を振ってノアが歩いていくのを見やると、ハロルドはエリンの身体を抱きかかえた。



 ガイに案内された部屋は簡単な応接セットしかなく、広めのソファに腰掛ける。



 眠ったままのエリンが、少し身じろいで丁度いい具合を探り、そのままハロルドに身体を預けて睡眠を貪る。



『神経毒ってんのかな。直接、脳に干渉するようなタイプのやつ。』



 ガイか見立てがグルグルと巡る。



(シリウス叔父は呪詛ではないと見立てた。それなら、まさか、エリン自身が自分を追い詰めてる?)



 外に対しての拒絶反応が出たのは、クリスティの婚約破棄を終えてから。



 正確には。



 クリスティがルートヴィヒ=マスタング公爵からの求婚を受けてからではなかったかと行き着く。



『エルが証拠を有効的にしてくれたから、馬鹿な王子との婚約を破棄できたわ。』

『今日ね、マスタング公爵様から結婚して欲しいって言われたのよ!私のことが好きなんですって。』

『マスタング公爵様がね、名前で呼んでくれって仰ってくれたのよ。ルートヴィヒ様ってお呼びしたらキスをしてくれたわ。馬鹿とは出来なかった甘いキスよ!』

『ルートヴィヒ様がエルに会いたいって仰ってるのよ。エルが纏めてくれた映像のお陰で結婚に至れたからって。』

『エル、どうして部屋から出てきてくれないの?半年後にはルートヴィヒ様との結婚式で、私は明日から公爵家で暮らすのに。エルの用意してくれた物のお陰で、私は幸せなのよ?お見送りもしてくれないの?』



 ピタリと思考が止まる。



(もし、クリスが自分に話してきていたことをエルにも同じように話していたとしたら?)



 嫌な考えに行き着いたハロルドは、眉間に皺を寄せて、ソッと手の甲をエリンの頬に添えた。



 エリンの心を縛り付けたのは、他の誰でもない家族だ。



「エル……気付いてやれなくて、ごめんな?」



 ハロルドの呟きに、エリンからの返事は当然返ってこない。



「一緒にいるからな、エル。ゆっくり、治していこう。だから、エル。俺がエルの傍にいる事を許してくれ。」

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