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018 ホロ付き馬車は規格外



 ヴォクリューズドの丘。



 ラベンダーが一面に広がり、スゥスゥと寝息を立てて眠るエリンの顔色は落ち着いている。



 息を吐いたハロルドは、エリンを抱いたまま腰を地に落ち着けたままでいた。



 久々に聴いたエリンの声は掠れていたが、それでも、苦しくても手を自分に伸ばしてきたエリンの姿が妙に愛おしく感じていることに気付き、頭を振って苦笑を零した。



(これじゃジーンと一緒………んー、ジーンより悪いかもな。)



 身じろいだエリンは暖を取るようにハロルドに擦り寄る。



「外に出なかった分、体力も落ちているはず。あまり無理はさせられない。」



 先行していたノアが戻ってきた。



「すっごい良いタイミングだ。お嬢の身体に負担かけずに移動出来る……とはいっても、移動は朝になってからだと。」



「そうか。」



 エリンの身体に振動がいかないように気を付けて立ち上がり、ハロルドはノアの先導に従い、ヴォクリューズドの丘陵を下った。



 街道に続く広い場所に出た所には、ホロ付きの馬車が止まっている。



 瞬間、ハロルドは「すっごい良いタイミング」と話したノアの言葉の意味を理解した。



 ホロ付き馬車の傍らに控えていた女が立ち上がると手を振る。



「本当に2人いる!部屋の用意できてますよ…って、女の子!?そのワンピースは薄いです。服、それしかないですか?ないんですね??何着か用意します。部屋で待ってて下さい!」



 ヒョイとホロつきの中に入っていく。



「どうも妹が騒がしくてスミマセン。ええと、入ってもらったら右手の部屋を使って下さい。」



「ありがとう。」



 礼を言ったハロルドは、ノアと共に説明を受けた部屋に入る。



 部屋はノルディック調に纏められ、二段ベッドが2つと、ソファセット。



 トイレとシャワールームが備えられている。



「魔法宿屋か。」



「凄いよな。お嬢が昔、小さいテントの中に空間を広げて部屋作った技術が応用されてる。かなり細かい細工もされてるみたいだけど。」



 エリンをベッドに寝かせ、ハロルドはホロよりも高い室内の天井を見上げて両の手を腰に当てた。



(特許の収入だけで、エルの資産は下級貴族の上をいく。それだけで十分にクロノスの家を出ていける。クリスは、色んな者たちの人生を巻き込んでの資産運用をしたが。エルは違う。)



『他人の人生までは背負えない。』

『貴族としての性を背負えるだけの心を育てていく自信が無い。』

『私には兄弟姉妹みんなのように、自分の芯を持てそうにないから、だから、いつか逃げるの。』

『ダメだと判断したときには、ハル兄様の手で殺してくれると助かるな。自分じゃ死ねそうにないから、一気にトドメ刺してね。』



 どれもが、過去にエリンがハロルドに対して話していたもの。



 なぜ、自分が大切だと思う妹から殺してくれと言われなければならないのかが分からなかった。



 いつからエリンは〝自分〟が無いように生きることを決めてしまったのか。



 今は自分やノアに対して「そばにいて」と懇願する理由は何故なのか。



 当時のハロルドは勿論、今ですらもエリンの意図を読み切れないままでいる。



 コンコンー



「服を持ってきました。」



「どうぞ。」



 両手に折り畳んだ服を何着か持ってきて、それをノアに手渡した。



「それ、私の古着だけど。きちんと洗濯してあるからキレイですよ。ただ、この辺りは北風が少し冷えるのでスカートではなくパンツスタイルの方が楽かなと思います。」



「ありがとうな。」



 女が部屋を出ていくと、服をソファに置いた。



「ハロルド。俺、上行くな?」



 ノアがエリンの寝ている向かいのベッドに上がると、真下のベッドにハロルドも寝転んだ。



 意識を飛ばし、夜中にエリンが魘されて起きることは無かったのだが。



 浅い眠りであったハロルドは目を覚ました。



 身体を起こしてエリンの方へと向き直った時、頭上から言葉が降りてくる。



「お嬢が寝てるのを見て安心したんなら。ちゃんとアンタも寝なよ。明日に響くぞ。」



「問題ないさ。」



「アンタが倒れたら、お嬢が悲しむ。」



「それは、どうだろうな。なあ………ノア。侯爵家から出ていけるなら、エルは幸せか?」



「さぁな。そんなもん分かるはずがないだろ。少なくとも今は声が出るようなりそうだし、寝れてるみたいだけど。根本がわかんねぇ以上は逃げれないんでないの?逃げれるんなら、魘されたり、倒れたりなんてしないだろうに。」



「焦るな、やはり。」



「何が?」



「いや。それより、リューベックは遠方への連絡手段を持ち合わせているか?」



「共和国ん中でも田舎だから、基本的な連絡手段は辻馬車や早馬による配達だ。伝書鳩を使っている地域もあるけどな。あー、魔法具使う奴もいるけど稀過ぎるから。なんにしてもイスキオスまで飛ばせるのは無理だろうさ。」



「なあ、ノア。」



「なんだ?」



「エルが〝本当の自分〟らしく生きるのに、クロノスは鎖でしかないと思うかい?」



「それ、俺に言うかねぇ。」



 上のベッドが軋み、ハロルドはノアが身体を起こす気配を感じる。



「今のお嬢には、アンタが必要だろ。」



 ノアがベッドの柵に肘をつき、手のひらに顎を乗せると、視線を斜め下に見えるエリンと、階下にいるハロルドが両肘を膝上について手を組んでいるのが見えた。



「アンタ自身が言ったんだぜ。お嬢に『侯爵家のことは忘れていい』と。」



「……まぁね。」



 握る手に力が入るのは、自覚している証だ。



「鎖でしかないと言い切るのは尚早だろ。少なくともアンタが忘れていいと認めたから、お嬢の意識が此方側に傾いたんだろうし。そうじゃなきゃ言葉を発することもままならなかっただろうさ。」



「耳が痛くなるな。」



「俺が同じことを言っても、お嬢には響かない。そこは心配しなくていい。信用する兄貴であるアンタが言うから、価値がある………っと、喋りすぎた。俺は寝るぞ?アンタも程々にしてサッサと寝ろ。」



 肘を柵から離したノアは、ギシと軋みを立てて腕を敷いて横になる。



 瞼を閉じ、それ以上は口を開かなかった。



(飛ばされた事象については、父上とシリウス叔父が調べてくれるだろう。誰の仕業か気にはなるが、俺に調べうる術は無いし、エルの事を第一に行動したので構わないか。うん……休もう。)



 思考に区切りをつけたハロルドもまた、身体を横にして意識を闇に預けたのだった。

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