015 婚約は破棄される
7月に入り、学院で行われた卒業パーティー。
イスキオスの第二王子であるウィリアム=フォス=アステーラス=イスキオスは、イザベラ=カスティーア男爵令嬢の腰を抱きながら登場した。
ウィリアム王子から卒業パーティーのエスコートをしないと宣言されていたクリスティはひとりで入場する選択肢がありはしたものの、兄であるハロルドに代わりのエスコートを頼み、パーティーに臨んでいた。
因みに、シエラ=ユースフル伯爵令嬢は父親にエスコート役を頼んでいたのだが、騎士団長の息子であるサイラスの婚約者や、宰相であるキーナ公爵の嫡男であるナダルの婚約者も親族にエスコートを頼んでいた。
ウィリアム王子は自分を好いてくれる家臣のみを周りに侍らせ、前世の記憶があるクリスティがよく知りうる《断罪シーン》を作り上げていたのだ。
会場となるホールの貴賓席には、両陛下も揃っており、来賓席には四大公爵家をはじめとして、16侯爵家の当主が揃い、卒業者らの保護者など沢山の大人達がいた。
名指しされたクリスティは、自分に非がないと正当性を主張し、エリンが作成した30分弱の馬鹿げた睦み合いと小噺にもならない幼稚な被害者の真似事にもならない映像を、数百人の皆が見えるような巨大サイズに設定した上で流した。
阿鼻叫喚、地獄絵図。
それなりに編集したとはいえ、情事に耽る様を巨大サイズで投影されたため、会場内の誰もが目を逸らすことなど不可能だった。
ウィリアムやイザベラ、セイロン以下取り巻きの子息らは、勝ち誇っていた筈のドヤ顔から反転、会場中の冷ややかな視線を一気に浴びて、青ざめている。
「婚約破棄に伴いまして、損害賠償請求の訴訟を提起致します。婚約者であった皆々様には、各々お相手から、更にまだ学生の身分ですので監督責任者である各々の家に対して。幾人もの相手と姦通行為をした方には、全員から賠償請求と、私を犯人に仕立て上げた偽証による名誉毀損もおつけしますわ。」
それはもう、凛としたものだったらしい。
遡及しての親が子を廃嫡若しくは貴族からの除籍を許さず、全責任を取れとクリスティは言い放ち、陛下が了承したため、パランクスとキーナの両公爵家当主は顔を真っ赤にして怒りにブルブル震えた。
その近くでは、シルヴィウスが心の中で北叟笑みながら、アエーラスとセルモーティタ両公爵の当主が顔色一つ変えずに静観しているのを見ていた。
貴重な子息が地に堕ちたのだ。
かくして、クリスティの《悪役令嬢になりたくない》という願いは叶えられたのである。
「無事に終わったわ。ありがとう、エル。」
ぎゅうとエリンを抱きしめたクリスティは、スッキリとした笑みを浮かべていた。
「クリス姉様、お疲れ様でした。」
「王子妃にならなくて良くなったから、王族なんて堅苦しいものにならなくて済んだし、一安心ね。」
「暫くは領地に?」
「そのつもりよ。レニーとレスの相手をしながら、商会を充実させようかなって。蜂蜜入りの紅、自領で生産出来たらボロ儲けよ?」
ふふ、と綺麗な弧を描いて、クリスティはエリンの部屋から出て行った。
「金への執着心は一人前だな。損害賠償請求しっかりしてんだから、中々だぜ?」
室内に姿を現したノアの言葉に、エリンは肩を竦める。
「お嬢、どうだった?俺の目を通して見た、クリスティ様の断罪逆転劇場は。」
「生中継出来うる魔法具が作れたら、娯楽が増えるなとは思う。構想は前々からしてるけど、やっぱり専門的知識には欠けてるのかな。」
ボスン、とベッドの端寄りに寝転がり横を向く。
側に椅子を置いたノアは座ると、伸ばされたエリンの右手を握る。
静かな空気が流れていたが、近づいてくる気配に気付き、ノアは姿を消した。
コンコン、とノックされた扉の音に返事をしながらエリンは体を起こす。
「エル、休んでたの?」
「少し横になっただけだよ。ジーン兄様、どうかされたの?なにか、急ぎの用事でも?」
ユージーンが前に立ち、エリンは立ち上がると兄の顔を見やった。
小首を傾げるエリンに対し、ユージーンは頷く。
「父上が呼んでる。兄上には既に声掛けをされているそうだ。揃って父上の執務室に来るようにと。」
「お父様が?」
「行こうか、エル。」
ユージーンが差し出した手に引かれて、エリンはシルヴィウスの執務室に入った。
いつぞやと同じ席に座らされる。
但し、今日は執事長から紅茶が出され、焼き菓子も用意されて、壁際に控えた。
「エルが作った録音録画機能付きの魔法具は、特許の取得が認められたよ。悪用した場合の法整備も成された。」
「良かったじゃないか、エル。」
ハロルドに言われ、エリンもまたホッとした表情になった。
「セルモーティタとアエーラス両公爵には謝意を頂いたよ。あと、それぞれの婚約相手となっていた令嬢達の家からもね。うちに随分と有益のある話や契約をしてくれたものだから、話しておこうと思ってね。」
「パランクスとキーナ両公爵家の方は大事なかったのですか?」
ハロルドか訊けば、シルヴィウスは苦笑した。
カップを手に取ると紅茶を飲む。
「衆人監視に晒されて、息子の痴態と能力の無さを公にされたからね。筆頭公爵を外されたキーナ公爵の方には、かなり睨まれたな。まぁ、息子の様子見を怠った結果だから自業自得だよ。」
「父上、それは笑い事じゃありませんよ。」
「パランクス公爵の方は三男だけど、キーナ公爵は嫡男ですから。兄上の立場を失うのと同義でしょう?悔しくて仕方ないでしょうね、無能で残念な息子を持って。」
ユージーンは、くつくつと笑う。
「あそこには直系の男児はアレしかいなかった筈だから。父上、僕の方で監視つけておきます?」
「いや、問題ないよ。弟が手を回してくれてる。」
「シリウス叔父が?それなら、僕が動いたら邪魔になってしまいますね。止めておきましょう。」
そう言って、ユージーンは焼き菓子の一つに手をつける。
「ジーン。ブランデンブルク辺境伯から、正式に返事を頂いたよ。シャルロッテ嬢との婚約がまとまった。顔合わせの日程は、調整出来次第知らせる。」
「ありがとうございます。」
頭を軽く下げたユージーン。
シルヴィウスの言葉と、隣に座るユージーンの礼に驚いたエリンは、2人を見合わせた。
ぽんぽんと頭を撫でられ、エリンはハロルドを見やる。
「父上。流石にエリンが驚いています。」
「そのようだな。前々から打診はしていたんだが、ブランデンブルク辺境伯にはクリスの件が落ち着いてからで良いと言っておいたんだ。」
「シャルと?」
「そう。僕が望んだ婚約なんだ。エル、お祝いしてくれる?」
「はい!」
「ありがとう。じゃあ、エル。僕と父上と一緒に、クロノス家嫡男であるハロルド兄上に相応しい奥様を見つけようね?」
エリンが元気よく返事すれば、ユージーンは満足げに笑い、シルヴィウスも声を出して笑う。
ハロルドは少し物憂げに溜め息をついた。
しかし、魔法具の最良な決着とクリスティへの采配、一連の騒動における貴族社会のパワーバランスの変化に負けないよう、心新たにするのだった。
エリンが望む自由がなんであれ、それを兄として笑って応援出来るように。




