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014 光と陰と



 サンドイッチの皿が空っぽになりかけ、スープも3人が飲み干していくのをエリンは眺めていた。



 食べ終わる時間を計ったかのように戻ってきた執事長が部屋に入ってきて、飲み物をカップに注いでテーブルに出す。



「セルモーティタ公爵様からの回答ですが、丁度1時間後にアエーラス公爵様が急遽訪ねてくることになったそうでして。旦那様にも、屋敷の方へ至急来て頂きたいとの事でした。向かわれる為の馬車は既に用意出来ております。」



「分かった。終われば直ぐに玄関へ行く。」



 頭を下げて執事長が下がると、シルヴィウスはエリンを見やる。



「エル、此方においで。」



 突然呼ばれたエリンは驚いて目を瞬き、ユージーンが席を立って促した為、戦々恐々としながらも席を移動する。



 シルヴィウスは側にきたエリンの身体をヒョイと持ち上げ、自分の膝に乗せた。



「お父様!?」



 慌てたエリンは膝上から辞そうとするが、シルヴィウスはエリンをギューっと抱きしめる。



「済まなかったね、嫌なものを編集させて。本来ならば、このような使い方をするが為の魔法具では無いんだろう?」



 ふるり、とエリンの身体が小さく震えた。



 そう。



 録音録画機能付きの魔法具は、盗難や器物損壊等における防犯対策の一環としてのシステム構築と、楽しい事や嬉しい事などの記録として未来に残せればとの思いを込めて、数年前から試行錯誤していた魔法具だったのだ。



 今回の件で言えば。



 何の非も無いのに断罪されようとしているクリスティの正当防衛を行使する為の手段になっているため、防犯対策の延長戦であると捉える事が出来るといえば出来るのだが、作製に取り組もうと決めた時の趣旨を知っているシルヴィウスからしてみれば、エリンが納得しているとは考えられなかったのである。



 ましてや、苛めや嫌がらせの捏造する過程だけではなく、短く纏めたとはいえ、30分弱の映像で半分以上が性行為に及んでいるものだったのだ。



 だからこその声掛けではあるが、エリンは頭を振って父親を見つめた。



「今回の映像がクロノスの役に立つならば、私は何ら厭いません。ですが、お父様。どうか、正しい力の使い方が為されるように、セルモーティタ公爵様に具申なされますよう、不肖な立場でのお願いで恐縮致しますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。」



 過分なほどの遠回しになエリンの願いに、シルヴィウスは目尻を下げ、額にキスを落とす。



「エルは、私の大切な娘だよ。ハルやクリス、ジーンにレニー、レス。みーんな、大切な私とジェニファーの間に出来た、愛する子供たちなんだ。」



「お父様…」



「必ず最良の結果になるように動くよ。だから、ちゃんと料理長が作ってくれた食事は食べなさい。ハル、ジーン。これから私は出かけてくるが、今日は2人ともエルの側にいるようにね。」



「「はい。」」



 同時に返事したハロルドとユージーンに満足した表情を浮かべ、シルヴィウスはエリンを抱いたまま立ち上がると向きを変えてソファに1人エリンを座らせて頭を撫ぜると部屋を出て行く。



「流石に父上の部屋じゃ、のんびり出来ないか。」



「ハロルドのベッドが一番広い。僕が食事類は運ぶから、さっさとエルを拉致ってって。」



「拉致って……」



 兄上ではなく、ハロルドと名前を呼ばれて。



 久々に砕けた話し方になったユージーンに笑みを零したハロルドは、ワゴンに食器を映し出した様子を見やりながらもエルの側に行く。



「久しぶりに3人でお風呂に入ろうか。うん、決めた。準備させてくるから、ジーンも急いでおいで。香りはジーンの好きなやつにしよう。」



「スープは温め直してもらうから、調理場に行ってくる。ハロルド、お酒いる?僕はいらないけど、エル用に果物かなんかもつけてもらうように話してくる。」



「お酒は、ジーンとエルと遊ぶから要らないよ。果物を頼むっていうんなら、俺はリンゴのコンポートが食べたいかな。」



 笑い合った兄弟は、シルヴィウスの執務室を出ていく。



「お願いです、兄様。私は自分で歩けますから、下ろしてください!」



「だーめ。エルも聞いたろ?今夜はジーンも言葉遣いを崩したんだから、エルも崩そうね?」



「兄様!」



「駄目なものは、だーめ。エルが俺に甘えてくれないなら、明日の仕事はズル休みしちゃうから。」



 楽しそうに白い歯を見せて笑うハロルドに、先程の口調を崩したユージーンの表情が重なる。



 あー、うー、と唸り声を出してエリンが言っていれば、更にハロルドは声をあげて笑い、私室に到着して室内に入った。



 扉を開いた側付きに3人で入るからと風呂の準備を申し付け、ソファにエリンを抱いたまま座る。



「兄様、お願いですから下ろしてください。お仕事もズル休みしてはいけません!」



「言葉遣いが気に入らないから嫌。」



 子供みたいなことを言わないで欲しいという言葉を、エリンはゴクンと飲み込んだ。



「持ってきたよ……って、何。ハロルド、エルを独り占めする気なの?」



「うん?」



 ワゴンをテーブルの傍らに置いたユージーンは、料理の乗った皿を並べてハロルド達の隣に座る。



「ほら、せっかくジーンが言葉遣いを昔みたくしてくれたから。エルにも丁寧口調を止めてもらおうと思って。止めなかったら、エルを抱っこしたまま仕事に行く訳にいかないから休んじゃおうかと。」



「そうなの?じゃあ、僕も学院休むよ。はい、サンドイッチ。エル、あーんして。」



「ジーン兄様まで!?」



「「言葉遣いを崩さないエルが悪い。」」



 ピッタリと言の葉が重なり、エリンも降参するしかなくなった。



「分かった!普通に喋るから!」



「エルは晩御飯食べてないんだから、食事が先。ハロルド、離しちゃ駄目だよ。はい、あーん。」



「食べたら解放してくれる?」



「んー、どうしようか。ジーン、どっちがいい?」



「3人の距離が近いから、解放せずに、このままの方が愉しいでしょ。ハロルドだって、エルを抱いたままでいる方が色々愉しめるよ?せっかく父上が3人でいろって言ったんだしさ。」



「うん、そうだね。」



「いやいや。普通に喋るから、ちゃんと自分でサンドイッチ食べるから。ね?ね?」



「「駄目。」」



 どれだけ粘っても一向にエリンの願いは叶わず、淡々と給餌は続けられた。



 風呂も3人で泡をブクブクさせて遊び回り。



 遊び足りずに、3人で録音録画機能を回して魔法で光の蝶を飛ばしてみたりした。



 夜も更けて、ベッドに入った3人は。



 エリンを真ん中にして背中側にハロルドが抱き枕の如く身体をピタリとくっつけて左腕をエリンのお腹に回し、正面からはユージーンが顔に息のかかる距離にピタリとくっついて右手をエリンの首筋に触れさせていた。



「いつ振りだろうな、こうやって俺たち3人で一緒に寝るの。」



「5年と9ヶ月12日振り。」



「ジーン……相変わらずだなぁ。」



「僕は、ハロルドもエルも守りたいから。この関係が続けていけるなら、僕の手が黒く染まっていても全然後悔しない。」



「俺も、ジーンとエルが笑っていられるように頑張るよ。レニーとレスは、クリスに任せよう。」



「姉様の願い、叶うかなぁ。」



 ポツリと漏れたエリンの呟きに、兄2人は視線を交錯させた。


 ユージーンは、右手の親指の腹でエリンの頬を撫で始め、ハロルドはそっと後ろ髪にキスをして、お腹に回した手で撫ぜていく。



 ジワりと身体の体温が上がり始めたエリンの瞼がゆっくりと落ちていく。



 やがて、室内にはスゥスゥと寝息がしてきて、エリンの意識が深層に落ちたことの証明になる。



「ねぇ、ハロルド。」



「ん?」



「エルは、いつまで僕ら2人と一緒にいてくれるかな。僕がシャルロッテ嬢と結婚しても、エルは僕と一緒に笑ってくれると思う?」



「大丈夫だよ、ジーン。俺が2人を繋ぐから。だから、ジーン。俺と一緒に歩んでくれ。」



「うん、兄さん。ありがとう……」



 ユージーンも寝息を立て始める。


 影になる覚悟を決めてくれた弟が、いつの間にか距離を置いた話し方になって淋しくないといえば嘘でしかないハロルドにとって、今日ほど嬉しい事はない。



 ハロルドは、くすりと静かに笑みを溢す。



「8年5ヶ月25日振りだぞ、ジーン。いつでも、俺の名を呼べ。俺も、こうして2人と居るのが好きで…守りたいんだからな。」

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