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011 不甲斐ない自覚



 6月下旬の、とある朝。



「サリー。今日は終日作業しているから、もう下がっていいからね。」



「ですが、エリン様…」



 肩をビクリと震わせたサリーは、肯定の返事をしそびれる。



「昨日伝えれば良かったんだけど。侍女としてだけでなく、最近ずっと仕事してくれていたでしょう?休みが出来たと思って、ゆっくりしてて。」



「畏まりました。それでは、失礼致します。」



 深く頭を下げて礼をしたサリーが部屋を出て行くと、エリンは嘆息してノアの名を呼ぶ。



 室内に現れたノアが扉の鍵を閉めている間に、エリンは防音魔法を施した。



 施錠していた棚から、作業机に次々と機材を準備していく。



 エリンの側に歩み寄ったノアは、後ろからエリンをスッポリと抱きしめた。



「本当に休めると思ってる?」



「無理でしょうね。すぐにジーン兄様の側付きが連れてっちゃった。」



 前に回された腕に、手を当てる。



 緩められた腕の中でクルりと身体を回し、エリンは驚いた表情をするノアを見上げた。



「知ってたのか。」



「ジーン兄様は、次代のクロノス侯爵家の影を担う人だもの。ノアと違って、平民出身の孤児であるサリーが抗えるなんて思えない。私の……専属なのに。私には彼女を庇うるだけの力は無いもの。」



「お嬢。」



 エリンの頬を涙が伝う。



 ノアは片膝を折り、エリンの視線を下げさせて臣下としての立ち位置を取る。



 眉頭を寄せ、ノアは頬を伝ったものを拭う。



「彼女は暗部として戦える術を持っているけれど、何処かで嫌ってる部分があったから。」



「それを攻撃材料にされた、か?」



「ジーン兄様は、家の為を思えばこその方法を最善策として選ばれる。結果として、私では取り仕切りきれなかった部分をジーン兄様に背負わせてしまった。」



「ユージーンのやり方には反対しないと?」



「扱い方を失敗した私が、サリーの扱い方に対してジーン兄様に意見を言えるとは思えない。もし、意見を言わせてもらえたとしても、過ぎてしまった時は戻せないもの。」



 ノアの首にある輪に手を当て、カチリと留めていた物を開錠して取り外す。



 カランと音を立てたそれは、床へと落ちた。



「ノアは、私の側にいてくれる?」



「勿論。俺は、お嬢の犬だ。ユージーンなんかに遅れはとらねぇよ。」



「本当?」



 エリンの声が震える。



(自信なんざ無ぇってのは撤回しねぇとな。俺の生き甲斐を奪われるなんて勘弁だわ。)



 小刻みに震えた指が、ノアの頬に触れ、身体の冷たさが伝わり、それを温めるかのようにノアは己が手を上から重ねた。



 冷えた指に、ノアの体温が交わる。



「いつだって、お嬢の側にいるよ。命じられた仕事も絶対に完遂するし、今日は終日お嬢と一緒だ。時が近いんだろう?」



「うん。」



「それなら、とっとと始めちまおうか。」



 身体の震えが治まり、エリンの目に光が戻る。



 安心したノアは口角を上げて微笑み、取っていたエリンの手にキスをする。



 くるりと身を翻したエリンは、髪をクルリと一纏めにして、機材の準備を再開させると、モニターを起動させた。



 ノアは椅子を用意すると、ヒョイとエリンの身体を持ち上げる。



 椅子に座った自分の脚の間にエリンを座らせて、モニターを正面に引き寄せてしまう。



 一連の行動に、エリンは苦笑する。



「子供じゃないのに。」



「正式なデビュタントを迎えていないお嬢は、十分子供だよ。少しは犬に甘えてみな?」



「ん……今日は一日私に付き合って。」



「仰せのままに。」



 前世での経験則を踏まえてはいるものの、これから流れるだろう映像の類を考えると躊躇してしまいそうになる。



 けれど。


 

 自由に生きる為ならば。



 侯爵家の一員として生きる糧を頂いている責任をキチンと果たそう。



 深呼吸したエリンは、瞼を閉じて気持ちを落ち着かせてから目を開け、データの入ったファイルを開くべくマウスを操作するのだった。

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