009 クロノス家の光と影
クロノス侯爵家は、イスキオス王国を支える四大公爵家の一つ。
南のセルモーティタが統括する土地から領地アステリを与えられている、建国時代から存在する16侯爵家の1つである。
現在の当主シルヴィウス=クロノスは内政に於いては礼部におり、式典や祭祀に関わる部署に身を置く文官だ。
妻のジェニファーは、サルゴン帝国よりも更に遠いストラウツェン公国から押しかけるように輿入れしており、シルヴィウスとは留学先である学術都市ホルンピウスで出逢っている。
シルヴィウスとジェニファーは仲睦まじく、アステリ領内でも2人が歩く姿は多く見られ、6人の子供に恵まれた。
長男・ハロルド、20歳。
治部に勤めて2年目。
一人称は「俺」。
次期当主ではあるが、同級の第一王子が婚約者を作らないことを理由として逃げ回っている。
クロノス侯爵家の光を担う存在。
長女・クリスティ、17歳。
王都の学院5回生で、貴族科に席を置く。
第二王子ウィリアムの婚約者。
前世の記憶保持者である彼女の願いは「悪役令嬢になりたくない」というもの。
美容&服飾を取り扱うカロス商会の会頭。
次男・ユージーン、14歳。
王都の学院3回生で、成績は常にトップ。
一人称は「僕」。
エレンに対する執着度は兄姉弟妹を置き去りにする程であり、かなりの魔力保持者。
クロノス侯爵家の陰を担う存在。
次女・エリン、11歳。
自称『変わりものの余り者』で、領内での6歳から12歳までの初等教育を僅か1年で終わらせた前世の記録保持者。
ユージーンには魔力は及ばないが、魔法具を作成するのが趣味。
三男三女・レナード&レスリー、6歳
二卵性双生児。
可愛いは正義。
アステリ領内の初等教育中。
夫婦は大凡、6人に同じように教育を受ける選択肢を与え、同じように生きていく為の道筋を示す。
但し。
貴族の慣例ともいえる長男が家を継承する概念は捨てられず、次男がスペアとしての難しい立ち位置を教育することも忘れなかった。
基本的な教育方針もであるが、シルヴィウス自身がそうである為。
結婚は、政略よりも恋愛に重きを置く。
長女のクリスティが王命によって第二王子ウィリアムとの婚約者になった為、他の兄妹には沢山の申込が送られてきているが、シルヴィウスは悉く断りを入れている。
この為、クリスティが窮屈な思いをしないように一層の心を砕き、可愛いが正義の双子に両親が愛情を注いでいるならば。
貴族としての勢力拡大を狙わない、貴族として、家族としての概念を求められない次女というポジションを得た前世の記憶があるエリンにとって、好都合なものでしかなかったのだ。
日本人であった頃のように、公務員として公安職に就いていた時と違い。
本やゲームなど、物語でしかなかった魔法が共存する世界に生を受け、且つ、ある程度の自由が効く裕福な家庭の縛りがない立場を得ているのだから。
自由に生きて死にたい。
自分で受験して進んだ道だったから、別に後悔はしていない。
それでもエリンは、前世と変わらない次女というポジションに生を受けた今世に変化を求める。
さて。
エリンが姉クリスティの「悪役令嬢になりたくない」という願いを叶える為に録音録画機能付きの魔法具を作成した訳なのだが、エリン自らは恐らく、巷で言われていた《断罪シーン》というイベントに立ち会うことは無い。
此処で大切なのは、同じ学院に席を置いている次男のユージーンの存在だ。
シルヴィウスが現当主として、クロノス家の光を担っているように、当然陰として動いている者がいる。
それは、公然の秘密であり、また、どの家も程度は別として存在しているものであるのだが。
表の仕事とは別に、裏の顔も持つ。
法に触れないように、足元を掬われて破滅しないでいけるように。
目指すべきは、クリスティの願いを成就させ、王命である事を覆すだけの材料と、姉が身綺麗で汚れていないことの証を立て、クロノス家に不利益を講じさせないために動く。
その為だけに、自由に動ける次女が陰を担う次男と絆を深くすることは容易かった。
若干、ユージーンの性格は歪曲している事は否めないのだが、そこはエリンも気にしてはいない。
エリンの不都合になる事は、ユージーンも望んではいないものの、エリンを不都合にさせるものには徹底した攻撃性を発揮させるため、線引きが難しいものになっている。
コンコン、ガチャッー
「返答待ち無しか?」
「僕と兄上の仲でしょう?」
扉を後ろ手にして閉じたユージーンは、執務机で書類を広げているハロルドに対面する。
「今日の茶会どうでした?」
「ラディースの令嬢と仲良くなれたようだよ。」
書類を片付けたハロルドは立ち上がって執事に目配せし、ユージーンにソファへ座るよう促しながら席を立つ。
それに従ったユージーンがソファに座ると、ハロルドも向かい側のソファに腰を据えた。
「エルが気に入ったなら良かったです。」
「フィリップから妹のシャルロッテ嬢について、それとなく聞いていたからね。」
珈琲の入ったカップを2人分置いた執事は、頭を下げて退室する。
「では、兄上。」
「ん?」
「シャルロッテ嬢を僕との婚約者としてラディース辺境伯家に対して打診するよう、父上に進言してください。」
湯気の立つカップを手に取ろうとしたハロルドの動きが止まる。
「いいのか?」
ふっ、と笑みを浮かべたユージーンは、ソーサラーごと手に取り足を組み、珈琲を口に含む。
「僕は、貴方の駒ですよ。」
「エルが全てだろ?」
「それに関しては否定しません。僕が陰に徹する動力の源はエルですから。あの子が陰になることを僕は認めない。兄上だって思うところがあったから、ラディース辺境伯家の令嬢を引き合わせたんでしょう?」
2人の視線が交錯する。
「……父上に進言しておくよ。」
「頼みます。」
「ジーン。エルは、何を抱えてる?」
「分かれば苦労しません。少し距離を詰めれたかなと思えば、直ぐに離される。いつか、エルは侯爵家を出て行くでしょうが、僕はエルが戻ってこられる場所を守りたいと思います。」
残っていた珈琲を飲み干し、ユージーンはソーサラーをテーブルに置く。
「エルもだけど、ジーンだって幸せにならなきゃ意味が無いんだぞ。」
「僕は兄上の陰でしかないのだから、気になさらず。ただまぁ、陰である僕が幸せであるには光である兄上が幸せじゃなければ困ります。兄上の方が頑張って下さい。」
「ああ。ちゃんと考えるよ。」
苦笑を零したハロルドは、漸く珈琲に口をつけれたのだった。




