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冬の童話祭 2019~2022

空を見上げて

 ゴミさらいの少年がひとり、町を歩いています。

 小さなほうきとちり取り、溝をさらうスコップを手に、目の細かい大きな籠を背負って歩いています。


 もうずいぶん前から、少年はゴミさらいの仕事をしています。

 あちらの町、こちらの町へと流れてゆき、黙々と彼は仕事を続けているのです。



 今日も町は音と色に満ち満ちていて、怖ろしいくらいです。

 ちょっと前まではのんびりとしていたこの小さな町も、最近は大都会と変わらないくらい、せかせかしています。

 いいえ。

 『町』とは呼べないような小さな集落でも、このところ急激に変わってきているようです。

 そういう場所は、のんびりというよりも単にひと気がなくて活気がない、という雰囲気になっているのです。


 人がたくさんいてもちょっとしかいなくても、ゴミはたまってゆくもの。

 少年の仕事は、増えることはあっても減ることはありません。



 行き交う人々はせかせかと前だけを見て歩いています。

 自分の行く方向、行くべき方向だけを見て歩いている人は、まるで、進む方向だけ見える目隠しをつけられた競争馬のようでした。

 


 ゴミさらいの少年は黙々と、道に落ちているくしゃくしゃに丸められたり踏みつぶされたりしたゴミを拾い、溝の泥やおりをさらっています。

 目隠しされた馬のような人々の中で、少年の存在に気付く人は一体、何人いるのでしょうか?


(……いや。いてもいなくてもかまわない)


 少年は即座にそう思い直し、無意識のうちに首を小さく横に振りました。


 灰色の作業服の胸ポケットから小さな灯りを取り出し、溝を照らしてすくいそびれた泥やおりがないか確認していたゴミさらいの少年の横すれすれを、角を曲がって現れた大人が数人、せかせかと通り過ぎてゆきます。

 もう少し通路側にいたら、少年は彼らとぶつかったかもしれません。

 ぶつかっていたとしても……あの人たちが少年に気付き、謝ってくれたかどうかわかりません。

 あの大人たちの目に、彼の姿はまったくとらえられていないようでしたから。


 少年は思わず、ため息をひとつ、つきました。

 何だか自分の身体が透き通って空気に溶けてしまったような、心細い気持ちになったのです。


(弱音を吐くな!そもそもそういう人の為に、僕はこの仕事をしているんじゃないか!)


 なえそうになる心をはげまし、ゴミさらいの少年は背筋をまっすぐ伸ばしました。



 尊敬する前任者から頼まれた、これは大切なお仕事。

 ただし100人の内1人くらいはやってくれて良かったと思ってくれる、かもしれない……という程度の、報われにくくて厳しいお仕事。


 そんなこと、この仕事に就く前からさんざん聞かされました。

 だからこそ自分がやってみせると、燃えたつような思いで仕事道具と作業服を、彼はあの日、あの方から受け取ったのです。

 もうずいぶん遠い昔のような気がします。



 すっかり日が暮れた頃。

 少年は、町を見下ろせる小高い丘の上にいました。

 疲れた顔で、少年は背負っていた大きな籠を下ろしました。

 そして作業服のもう一つの胸ポケットに折りたたまれて入っている、分厚くて大きな袋を取り出します。

 籠の中にため込まれている、今日拾ったゴミと、さらった泥やおりを、少年は次々とその袋へ詰め込みます。

 不思議なことに、背負った籠の何倍分もありそうな大きなゴミの袋が、いくつもいくつも出来上がりました。


 丘の頂上がゴミの詰まった袋でいっぱいになった頃、少年は、灰色の作業服を脱ぎました。

 その途端、彼の背中に真白の翼が開き、頭上に光輪が現れたのです!


「君たちはもう、ゴミでも泥でもおりでもない」


 響きのいい声が、袋に詰められて黒々と押し黙っているモノへ話しかけました。

 大人のような落ち着きをひそめた、子供にしか出せない透き通った声。

 天から遣わされた者にしか出せない声です。


「君たちはこれから天へ帰り、星くずとなって輝く。運が良ければ、誰かの望みを叶えてあげられるかもしれない。……おめでとう。君たちは、悪いものでもいらないものでも、よけいなものでもない。君たちしか知らない苦しみが、きっと誰かの心をあたたかくするのだから」


 ことほぎの言葉と一緒に、少年――いえ。

 天使は、溝を照らしていたあの小さな灯り――神さまからお預かりした、おひさまのかけらで次々と袋に火をつけました。

 おひさまの熱と光をもらった袋はうれしそうに、青黒い宵の空へと輝きながら飛んでゆきます。


「おめでとう!最初で最後の空の旅を楽しんで!」



 その宵。

 とある小さな町の空に、いくつかの流れ星がありました。


 それに気付いた人はほとんどいませんでしたが、ひとり、ふたり、さんにんほどは。

 足を止めて空を見上げ、刹那せつなの輝きに心を奪われました。

 せかせかと前へ進むことばかり考えていた寒い心を、ほんの一瞬とはいえ、流れる星の輝きはあたためたのです。



 丘の上に立ち、ゴミさらいのお役目を受けている天使は町を見下ろしています。

 見え過ぎてしまう天使の眼に、流れ星に気付いた人の顔が映ります。

 ほんのりゆるんだ彼らのほほを見、初めて天使はほほ笑みました。


「……空を見上げて」


 天の御使いとしてでなく、彼自身の気持ちが唇からこぼれ落ちました。


「たまでいいから空を見上げて、行き先と足許ばかり見ていないで。世界は、君たち……君が思っているよりも、広くてきれいなんだよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の2行がとても美しいです。 夜空を見上げたくなりました。
2022/01/19 18:21 退会済み
管理
[良い点] 「冬童話2022」から拝読させていただきました。 せわしなさに心をなくしている時は残念ながらありますね。 優しい天使が自らも悩みながら言ってくれたこと言葉を噛みしめたいです。
[良い点] 社会の病を感じるお話でした。 目標だけを見ていると、それ以外を見失ってしまいますね。
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