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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
2章 青年期学費金策編
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ワータイガー Ⅶ

 それから、寝る支度を整えたらベッドに転がった。エドワードとした話が頭の中を反復している。それと今日の出来事が頭の中をゴロゴロと転がっていてどうしようもない。眠った所でどうせ見るのは悪夢だ。本当に、どうしたらいいんだろうか。


 光は消した。


 窓から月光が差し込む。


 静かな夜、屋敷の人たちも既に自分の寝室へと向かった―――俺ももう寝る時間だ。だけど新しい悪夢を見るのが怖くて、眠る事が出来ない。だからばっちり目が冴えていた。パジャマ姿、腹がちょっと捲れて腹部の鱗が見える様な恰好で頭に片手を当てて天井を見上げている。何もしていない。ただベッドに寝転がっているだけで、何も出来ずにいる。自分の心のいい加減さとメンドクササには辟易としている。だけど……そう簡単に培われた価値観を変える事は出来ない。


 なら、もう止めちゃうのか? そう言われると黙ってしまう。


 エドワードは止めた方が良いと言ってくれた。優しく、諭してくれるように。きっと本当に、家宝を売ることに躊躇はないのだろうし、俺が頑張る必要のない事なのだろうとは思う。だったら俺が努力する事に意味はないのか?


 いや、そんな事はない。俺が言い出したことなんだ。だったら最後までやらなきゃただの迷惑でしかない。俺が言い出したことを俺が完結させようとしないで、一体どうしろって話なんだ。ここで止めると投げ出してしまえば結局は捨て犬共と一緒だ。無理だから、適性がないから。それを言い訳にして目を背けているだけだ。


 結局はこの長い人生の中で、何度も向き合わなきゃいけない事なんだろう。俺は、捨て犬なんかにならない。ちゃんと向き合う、自分の痛みと苦しみに。これが一生の付き合いだとしたら……俺はこれからも一生、この世界の価値観に痛みと苦しみを覚えながら生きて行くしかないのだろう。


 あぁ、痛みよ、我が痛みよ。我が愛しき隣人痛みよ。どうしてお前はそうも残酷なのだろうか。この程度の出来事、本当にありふれた悲劇でもないのに……ただのどうしようもない現実で、どこでもある様な事でしかないのに。何故お前はそうも苦しみで満ちているのだろうか。


 単純に世界がそうできているからか? 或いは世界そのものが人にやさしさを伝えられるステージではないからだろうか。どちらにしろ、これは不可避なのだ。俺が今逃げたところで何時かまた、違う形で味わう事になる苦痛なのだ。


 エドワードはそれから目を背けて生きれば良いと言った。


 だけど、俺はそう思わない。苦しみながら達成する必要があると思った。だからずっと葛藤しているのかもしれない。ワータイガーの死に、その死に納得できずに。何かが出来た筈はない。アレが間違いなく最善だった。他に道なんてものは存在しない。アイツは死ぬ運命だったし、そう遠くないうちに処理される筈だった。その役回りが早めに俺に回ってきただけという話だ。


 これはそれで終わる。それだけの話だ。


 痛みと苦しみだけを俺に教えて。


 結論するならそれだけの話になる。


 ―――かちゃり。


 そこまで思考した所で扉の開く音がした。視線を部屋の入口へと向けると、枕を持ったパジャマ姿のリアが見えた。何か言おうと口を開くと、しーっと口に指をあてた。そのまま音を殺すように近付くと枕を俺の横に置いて、そのままベッドに乗っかってきた。お互い、向き合うように横になって視線を合わせると、リアがにひひひ、と笑った。


「お泊りに来ちゃった」


「リア……全く」


 こつん、と額を合わせるように近づく。それにリアが応えるように手を―――指を絡めるように握ってきた。


「実はね、今日ちょっとエデンの顔色が悪かったから寝るのに苦労してないかなあ……なんて思っちゃって。私も今日は全然エデンといられなかったし一緒に眠ろうと思ったの」


「ありがとう、リア」


「良いよ」


 額を合わせ、視線を合わせ、互いに小さく笑みを零しながら枕を並べて眠る為に身を整える。俺は角が枕に刺さらないようにちょっとだけ気を付ける必要があるが……まあ、ここら辺は生活している上で気を付け方を学んだ奴だ。首の動きと頭の置き方にちょっとしたコツがあるんだ。リアが添い寝する為に忍び込んできたのも初めてではない。最初は少女が直ぐ横で眠る事にドギマギしていた事もあった。だけど今ではその人肌が恋しい。


 正面、リアが視線を合わせてくる。


「あのね、エデン」


「おう」


「私ね、奨学金制度を利用しようと思ったの」


「……勉強嫌いのリアが?」


 その言葉にリアは苦笑を零した。だけど事実なのだ、リアは勉強が嫌いで苦手だ。それこそスチュワートの授業は寝てしまうレベルで勉強に対する適性がないと言って良いだろう。それがいきなり奨学金制度を目指すと言っているのだから驚いてしまう。


「というかそんなものあったのか?」


「うん。ロゼと調べててね、国立エスデル学園……私が入学を予定している処にも奨学金制度とその枠が毎年10枠だけあるみたいなんだよね。学園の理念として優秀な者、勤勉な者、入学を志すものでその能力があった場合はたとえ金がなくとも入学出来るように……って制度らしいんだけどね」


 果たして、その制度に正直どれだけの意味があるかは怪しいと思うが。勉強ってのは当然だが金がかかる。教科書1つとってもかなり値が張るだろう。それを元に勉強するとなるとそれなりのコストがかかるし、平民で奨学金を手にするレベルで勉強用の資料を集められるとは思えない。中小貴族で頭は良いけど金のない所が入学する為の救済手段の様に思える。


「リアには無理だろう」


「うん、最初はそう思った。ロゼと一緒に見つけた時はあ、無理だな……って思ったの」


 でもね、とリアは言う。開いている手で此方へと手を伸ばすと、頬に触れてくる。


「今日、エデンを見て解ったんだ―――お金を稼ぐのって凄い難しく、辛いんだって」


「それは……」


「きっと私達は限られた手段からなるべく稼げる方法を探してるんだと思うんだ。お父様とお母さまならきっともっとスマートな方法を見つけるかもしれない。だけど私達ってそういう手段が解らなくて、選べる範囲から選ぶしかないでしょ? でもきっとそれって私が思ってた以上に過酷で大変なんだな……ってのが解ったの」


 俺にも、最終手段として龍の遺産を売る事を考えた。だがこれは、実質的に不可能だ。まずその大金を用意するだけの人間がこの辺境には領主しか存在しない。だからエドワードは家宝を領主に売却する予定なのだ。そして俺が龍の遺産を売ろうとすれば、必然的にその出所を聞かれるだろう。そして領主であればその経歴を遡る事だって可能だ。冒険者の遺品として処理しようとしても、それをギルドが調査するだろう。


 つまり、アレを売る事は出来ない。金には出来ないのだ。


 だから俺も、何らかの労働でしか金を稼ぐ事が出来ない。だが短期的に、集中的に金銭を得られる方法は本当に限られる。子供の身というのは社会的信用が存在しないから、まずはこいつは信用できる、仕事を任せられると思わせる必要があるのだ。だけどそれが俺達にはない。だから前提となる条件を満たせない。その中で俺が思いつけるのはこの強さを担保としたヤクザな職業、


 冒険者だ。


 冒険者は能力さえあれば稼げるシステムだ。名声と信頼を稼ぐ事だって出来る。


 ―――そのせいで今、苦しんでいるが。


「だからね、エデンを見て思ったの。私は恵まれているな、って。きっと頼めばエデンは凄い頑張ってくれると思う。けどね、私はそれが不公平だと思うの。どうしてエデンが苦しんでいるとか、どうしてエデンが辛そうとか……そういうの、きっと私は聞かない方が良いと思うの」


 だから、とリアは更に身を寄せて、頬をすり合わせるように密着する。


「私も、試してみるよ。自分がどこまでやれるのか。エデンが頑張っちゃう分、私もたくさん頑張るから」


 だから、


「―――エデンは、自分がやりたいままにやってね」


「俺の、やりたいままに?」


「うん。頑張って、とは絶対に言わないよ。きっと言ったら貴女は限界を超えて頑張れちゃうから。だから貴女が貴女のまま、出来る範囲で出来る事をやろう。私も自分の出来る事に挑戦するから……これで、私達対等かな?」


 リアの言葉に小さく笑い声を零す―――まだ小さく、幼いと思っていたが……知らない間に育っていたらしい。それが正解かどうかだなんて俺には解らないが、止めた方がいいって言われるよりは遥かに楽で、力が抜けそうだった。だから俺もリアを抱きしめ返すように腕を腰に回して目を瞑った。


「おやすみ、リア」


「おやすみ、エデン」


 身を寄せ合ったまま目を閉じる。寝苦しさはない。寝つきはきっと、心地の良いものになるだろう。彼女の好意とその甘えに俺は感謝して眠りにつく。


 だがもし、ここに一つだけ残念なものがあるとすればそれは、


 ―――悪夢は絶対に見る事だろう。






「エデン―――」


 その様子を見ていた。ずっと眺めていた。心を焦がす情動を必死に抑え込みながらずっと見ていた。健やかであれ、平和であれ、そう願いを込めて眺め続けている女神がいた。女神ソフィーヤはただ、雲上の庭園で夜風に晒されながら自分の心を占める少女の姿を見て、その平穏を祈り続けていた。それだけが彼女が彼女自身に許したことだった。超越存在―――神々は文字通りその存在が次元が違う。故に成そうとする事は成せる。


 それが神だ。


 故に成し遂げてしまった。


 その果てにこの世が存在している。それ故にソフィーヤは多重にルールを敷き、それで自らを縛る事を決意した。そしてそれを破る事もなく守り続けている。だからソフィーヤの地上への干渉は極々僅かなものとなっている。たとえ地上で彼女の信仰が捻じ曲げられようとも、将来的に人が直面するであろう破滅が進行しつつあろうとも、それを理解していてもソフィーヤは口にする事はない。それが龍が滅びた時にソフィーヤが悟った己の過ちであり、反省であり、そして贖罪であった。


「エデン……私の可愛いエデン……どうか、どうか健やかに……お願い、平穏に生きて―――」


「―――相変わらず無駄な事を祈るのねソフィーヤ」


 ソフィーヤの庭園に、新たな姿が現れる。光を纏って庭園に侵入するのはソフィーヤ同様、神威を纏った存在。それが人の前に姿を現せば、その存在感のみで人の魂が圧死する様な、そういう領域にある神性存在。ソフィーヤと同格である神格。それがソフィーヤの言葉を否定するように登場した。しかし、ソフィーヤ自身放っている言葉は無駄であると理解している。先の事程度、既に見えている。だから祈るだけ―――神が祈るというのも、またおかしな話ではあるが。


「アルマサティア。無駄ではありましょう。ですが無意味ではありません」


「そうね、無意味ではないわ。それでも無駄よ。祈るなら貴女自身がその子を救えば良いのに」


 祈るように目を閉じて、両手を合わせていた手を降ろした。振り返り、光の神威へと視線を向けた。光の中で揺れる黄金の髪はまるでその精神性を表すものであり、人ならざる美しさを内包している。人にその輝きを模すのは不可能だろう。人がその美しさを真似るのは不可能だろう。その輝きは内側から溢れ出すもの、例え姿を完全に真似した所で天地程の差が出る、神々の神秘とはそういうものであり、人の身では永劫届かないものでもある。


 故に、咎人はどうしようもなくその輝きに焦がれる。


「私は、自ら動く事はもうありません」


「ルールで己を縛った愚かな神……そう言われているわよ」


「それで良いのです。信仰の時代は遠い未来には終わるでしょう。私の零落と終わりが皆と比べ多少早い程度の話です―――黄昏時は何時か絶対にやってくる。それは不可避であると誰もが理解している筈」


「そう? 回避しようと動く連中もいるわよ?」


「ですが私には関係ありません。私は愚かな女神ですから。ルールの範囲で求められれば応えますが―――それだけです」


「そう、龍の子の為に他を全て捨てる、と」


「言葉遊びですか」


「そうかもしれないわね」


 二柱はしばらく無言で睨み合うが、それも長く続かず、ソフィーヤは背をアルマサティアへと向けた。それをつまらなそうにアルマサティアは見届けた。


「貴女……本当に零落するわよ。地上の動きが解っているのでしょう?」


「把握しています。ですが、それだけです。私が迎えるべき破滅です」


「そう……なら私はもう何も言わないわ」


 言葉を残すと光の神が消え、再び静寂が庭園に戻る。消え去った虚空へと向かって小さくソフィーヤが感謝の言葉を告げる―――それも直ぐに風の音に掻き消される。


 祈りを捧げるように再び、下界へとソフィーヤが視線を戻す。


「エデン……ごめんなさい、私は貴女に償いたい。だけど……それは私が私を許せる範囲を超えていますから……」


 だから女神は祈り続ける。平穏と無事を、心のままに生きられる生を。


 それが絶対叶うはずがないと解っているのに。


 それでもソフィーヤは祈った。


 神たる身で祈る先もなく―――。

 このお話はダクファンなので基本的に命は安いし、世の中はいっぱい苦しみで満ちています。ですがエデンちゃんはフィジカル面が物凄く強いのでどれだけ苦しんで、考えて答えが出なくても死ぬ事なく前に進めます。やったね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 百合……っ!? [一言] 駄女神臭プンプンすると思ったら、めちゃくちゃ訳ありだった。
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