エデン頑張る Ⅴ
冬!
雪!
以上!
もう、そうとしか言えないレベルで雪が積もってる。もう、やばいね。軽く降っただけで10㎝積もってる。実はここ雪国だった? と勘違いするレベルで雪が積もっている。この時期になると魔法による結界を構築し、それを利用する事で邸内に雪が落ちてこない様に調整する。それによって降雪で屋敷が埋もれない様にする。その上で定期的に炎の魔法を使って屋敷の周りの雪を溶かす事で安全も確保している。そうしないとこの辺境では暮らしていけないのだ。
そういう訳で備蓄しまくった秋が終わり、冬がやって来た。もうすぐ1年が終わる頃になって雪を見る毎日が始まった。
とはいえこんな状況で大人しく毎日を過ごしているかと言えば違う。冬になったから勉学は抑えられる? そんな事はない。冬になってもやる事は変わらない。
「―――さ、足元は普段よりも不安定よ」
だから冬になった所で雪に囲まれる中、クレイモアを片手で握りながらエリシアと対峙する日々に変化はないのだ。身長が少し伸びた事でまた筋力が上がった。だから武器もバスタードソードから両手剣であるクレイモアへと移行していった。これまではまだロングソードの一種として認識されるバスタードソードを運用していたが、身体のスペックに合わせて武器ももっと重量のある物に切り替えられた。
「そう、不安定な所では上半身が定まらないわ。もう理解していると思うけど、力と言うのは上半身のみで生む訳じゃないのよ」
実際、俺もバスタードソードではそろそろ軽いかなあ、なんて思っている所だった。ただクレイモアも武器としては重量級に入るのだが、これも片手で持ち上げ、振るう事が出来る程度には自分には軽く感じられた。とはいえ、一般的に用意できる重量級の両手剣はこれが上限だ。後は俺が魔法を磨いて自分で武器を生み出せるようにならないと話にならない。
なので武芸修練はもっぱら、クレイモアを片手と両手のスイッチ式で扱う事になっていた。
「貴女は天性の肉体を持っているわ。だけどそれもちゃんと力を込められるようにしなければ無駄に空回るだけだわ。という訳で行くわよー」
邸内は雪が入らない様になっているので、比較的に雪が浅い屋敷周辺の大地の上で、クレイモアを手に、同じくクレイモアを手にしたエリシアを相手にする。魔法による筋力の強化でクレイモアを片手持ちに調節したエリシアは手本の様に動いてくれる為、それを参考に自分の動きをアップデートしなくてはならない。
お手本を見せるように、エリシアが飛び込んだ。パウダースノーの大地は踏み込む事で崩れ、そして足を取られやすい。だというのに軽やかに足元の雪を蹴ってエリシアは飛び出した。クレイモアを片手に背負うように接近しながら素早く振り下ろしてくる。
ここで防御に入ると詰む、と言うのは良く理解している。防御と言う行動はその後の行動が存在して初めて成立する行動なのだ。エリシアの様に圧倒的に技量が上の相手に対する防御と言うのは防御に特化しているのか、或いはそこから巻き返す能力がなくては詰みだ。自分とエリシアの間には隔絶した経験と技量差がある。もう既に何度かやっていて経験から解るのだが、ここで防御と言う手を取るとそのまま押し込まれて封殺されるのが何時ものパターンだ。
ならどう挽回する?
一番無駄がないのが攻撃を重ねる事か、回避する事だ。カウンター狙いで回避するか、それとも相手の攻撃を潰す感覚で攻撃を被せるか。それが正解だ……と、思う。だが今の状況、回避が万全にできるとは思えない。なら正面から迎撃するのが一番だろう。というかそれしか選択肢がない。そう、選択肢がないのだ。
戦いとは仕掛ける側の方が選択肢が多いのだ。守備側に入る時点で不利だ。
「っ」
踏み込んで迎撃する為にクレイモアを片手で振るう。正面から来るクレイモアに対して自分のクレイモアをぶつけて弾く。
が、踏み込みの強さに違いがあるのが一瞬で解る。筋力は100回が100回、比べれば俺が勝つだろう。だがクレイモアの弾き合いで腕が大きく弾かれるのは此方の方だ。同時に押し込まれるように足が後ろへと半歩下がり、エリシアのクレイモアの戻しの動作が小さい。素早く切り返す動きは一瞬で刃を首元へと運んだ。
「これで解ったと思うけど、足元が不安定だと力の練りが違うわ。戦いにおいてどれだけ自分の姿勢や体勢を安定させられるかが力の発揮に影響するわ」
頷く。滑りやすい足場だとまるで力が入らなかった。当たり前の話だが、重量級の武器を持っていると更に実感できる事だ。足元のグリップが利かないのが原因で武器を弾かれた時に、クレイモアに体の動きを持っていかれたのだ。こればかりは筋力が超人とかはまるで関係ない感触だった気がする。足元が滑ればその分体を支えられない。
これまでは雪や砂等のない環境で鍛錬しただけに、雪の上で剣を振るう感触はこれまでとは全然違った。
「これは一見足場選びに失敗した時点で詰みに見える事だけど……実際の所、装備1つや技術によって簡単に覆せる劣勢なのよ? ほら、私も普通のブーツでしょ?」
そう言ってエリシアが履いているブーツを見せてくれるが、スパイク付きだという訳でもない。
「良い? 生き残る上では装備にお金をかける事、そしてどんな環境でもパフォーマンスを落とさない技術が必要なの。だけどその上で重要なのは基礎能力よ」
「基礎、技術、経験、装備。エリシア様の言う戦闘する上で必要なものですよね」
「えぇ、そうよ。この場合エデンちゃんが足りないのは全部になるわ」
「全部」
まあ、全部だよなあ、と言うのは解る。基礎は今磨いている最中だけど鍛錬に終わりはないから永劫積み上げ続ける事になるだろう。技術はそんなもの今は皆無の状態だ。10年20年と続けて漸く身に着いたのを実感できるもんだ。経験なんてものは勿論存在しないし、装備だって今は市販のクレイモア一本だ。
「でも基礎能力における半分、身体能力はエデンちゃんはもうそれだけでクリアできてるのよ。それだけを見ると本当に資質的には恵まれているの。それに装備だって硬い体があるから防具は必要としないし、武器だって結晶武器を形成できるようになれば問題が解決するわ」
「アレはエドワード様がオタク特有の早口で言ってる事ですから」
「夫のオタク特有の早口は良く理解しているわ。だけど彼は出来る事しか口にしないわ。少なくとも似たようなケースを知っているのでしょうね。彼、昔は天想図書館の禁書庫に出入りしてたし」
天想図書館とはエスデル中央にある世界最高最大の図書館の事だ。その禁書庫となると相当権限のある人間ではないと入る事さえできないだろう―――なんでそんな人間が田舎のスローライフなんてもんを満喫してるんだろう? 普通人生ずっと忙しいもんだろそういう立場の人って。いや、まあ、そのおかげで助かったんですけど。
「さ、雪の上での戦い方を今日は徹底して叩き込むわよー。雪上戦闘なんて冬の間にしかできないしねー。覚えるまで何百回でも繰り返すわよー」
「今年の冬の間に覚えられれば良いんですけどね……」
「多分無理よ」
「ですよね」
うわーん、と泣き出しそうなのを我慢する。いや、嘘だ。実際の所は滅茶苦茶楽しい。もう既に前世の俺以上に体を動かす事が出来るのだ。これが楽しくないわけないだろ。しかも両手剣を片手でぶんぶん振り回す事が出来るのって明らかに男のロマンじゃん? 男の子ならこういうシチュエーションや戦闘技術、絶対に習得する事を一度は夢見た筈だ。魔法に関しては少々残念な部分もあるが、それは時間をかけて改善しよう。
ともあれ、再びエリシアが距離を開けて相対してくれるので、今度は此方から踏み込む事にする。その為にまず基本的な構えを取る。エリシア曰く、俺は天性のフィジカルギフテッド、身体能力の怪物だ。だから流派や構えというものは本来必要としない。俺にとっての構えや型は補助輪である、というのがその道のプロであるエリシア奥様のお言葉だ。
最初は基本的な動きを覚えるのに使う。
だけど慣れてきたら発展させるのに邪魔だから外す。
武芸や流派というのは、より少ない力で大きな成果を出す為の技術だ。普通の筋力で鎧を叩き割れる奴が鎧貫の技術を必要とするか? 当然、必要とはしないだろう。習得したところで普通に叩き割れば良いのだから。そういう意味で突き抜けた身体能力を持つ人物が細かい技術を持つ事に意味はない。逆にそれを運用する事に囚われて全体の動きが死んでしまう他、身体能力を活かせなくなる事が多い。その為、今俺が構えを取るのはまだまだ体のスペックをフルに活用できていないという事実があって、補助輪無しではまともな剣の戦いが出来ないという事の証でもある。
だから左半身を前に。
切っ先を前に向け、水平に構える。足はやや開けておく。踏み込みやすいように前足に体重を乗せ、飛び出しやすい形を取る。だけど構えて解った。これ、足が滑って踏み込みの力がまともに乗らない奴だよなあ、と。
ならどうすべきなんだろうか?
数秒考えて答えは出ない。だが試行錯誤はすべきなのだろう。
なら普段、滑りやすい所ではどう動いているか、という所から考える。歩幅を小さくして、体のバランスを取りながら小刻みに動くよな……でもこれは、戦闘向けではない。小刻みなステップって無駄な動きだし絶対に疲れる。
ならバランスだ。滑らない様にバランスを取る―――いや、違う。滑ってもいいようなバランスのとり方をする。
「良しッ!」
解ったぞ! 見えた! これがこの世の真理だ!! 俺は今全能の領域にある!
うお―――!!
自分の体のバランスを意識し、踏み込みと同時に滑っても良いように重心移動を意識する。だが構えたクレイモアの動きによってバランスが一瞬で崩れ、顔面から雪の中へとダイブする。そのまま数秒間、雪の中に埋まったまま動きを止めた。
「……滑りやすい所で武器を振るうのって難しいですね」
「そうねぇ。私も訓練生時代は良く同じような姿を見せていたわね」
ずぼっ、と音を立てながらエリシアが俺を雪の中から引き抜いた。ぱっぱと体についた雪を落としながらエリシアに感謝しつつ、首を傾げる。足元は別に氷が張っている訳じゃないのだ。まだ雪だけなのだ。だけど踏み込めばクッションの様に足が沈み、そして強く踏み込めば圧縮された雪が固まって滑りやすくなる。これほどまでに雪中が面倒な環境だとは思いもしなかった。
「難しい……」
「そうね。だけどバランス感覚が良く鍛えられるから良いのよ。足元、体のバランス、武器の重量。その全てを意識して体を動かす事を覚える訓練、とでも言うのかしら。後はもう海沿いの砂浜でしか似たような訓練は出来ないのよ」
「成程ー」
でも考えてみれば武器を振るう速度、振った場所、体の形、動きで重量のある位置は変わってくるのだ。武器を振るった時に力を使って気張るとそれだけ体力と時間を持っていかれる。自分の動きとエリシアの動きを比べると、明らかに無駄と労力の少なさが違う。最適化……というのではなく、正しい動きを知っているという感じだ。これが俺の覚えるべき技術という奴なのだろう。
横斬り、縦斬り、突き、袈裟斬り。モーションはシンプルだが全部細かく見て行くと全然違うんだ。
やっぱり剣の道は奥が深い。
「良し、もう一度お願いします!」
「うんうん、城の若い子達にもこの姿勢を見せてあげたいわねー」
そんなに若手にはやる気がないの……? いや、まあ、別にいいけどさ……。
「……ん?」
「どうしたのエデンちゃん」
「……?」
なんかぴくぴくと自分の直感に引っかかる感覚があった。辺りを見渡しながら感じた違和感を求めてきょろきょろと周囲を確認する。何か、違和感を感じていたのだが、言葉にできる様な感覚ではなく、首を傾げてしまう。
「エデンちゃん?」
「あ、ごめんなさい。何か、違和感があるというか……」
うーん、と唸りながら腕組んで考える。言語化が難しい。言ってしまえばこれは不快感だ。何かが土足で自分の部屋に上がってきているような感覚だ。あぁ、そっか。そう考えると違和感が解った。これ、
「誰かが縄張りに入ってきている時の不快感だ」
「侵入者? この時期に、ね」
そう言ってエリシアは街の方へと続く、今は雪に包まれた道へと視線を向けた。同じように街の方へと視線を向ければ、道を辿るように雪の中、歩いてくる人影が見えた。
どことなく、その姿に嫌な予感を俺は覚えた。