エデン頑張る Ⅳ
収穫祭という事で街へとやって来た。初めて街に訪れてからは補充の関係上何度か街へと足を運んでいるが、今日は収穫祭と言う事で普段以上に賑わいを街全体が見せていた。グランヴィル一家のオマケとしてついてきている身分としてはあまり、迷惑をかけないようにしたいなあ……なんて事を考えていたのだが、街へと到着した直後グローリアに手を掴まれた瞬間にそんな考えは吹っ飛んだ。
「行こうエデン!」
「あ、待って待って、待って旦那様と奥様が―――」
「疲れたら宿においでー。こっちはゆっくり回ってるから」
「お小遣いを使い切っちゃ駄目よー」
「あぁ、うん。そう言うと思いました」
まあ、俺の精神年齢が高いと完全に理解している夫婦はグローリアの面倒を俺に丸投げする気満々だ。実際の所、日常的な部分では俺がグローリアに付き合いっぱなしだ。鍛錬と勉強と関係のない所は割と我らべったりなのは、まあ、当然だったりするのだが。それでも俺でサポートは十分という考えだろうか? 一応武装としてはナイフを二本、装備してきている。これを街中で抜く必要は恐らく絶対に来ないが。
収穫祭である事も含めて、今日は街の警備が非常に厳戒だ。街中で鎧をまとった警備が酒に酔って暴れ出す者達がいないか、後は街を襲撃してくるようなモンスターが出て来ないのか常に目を凝らしている。だから暴漢に襲われるというパターンはまずないだろう。
「エデン、回りたい所いっぱいあるんだけどどうしよう?」
「とりあえず落ち着いて、リア。時間はいっぱいあるんだし、お小遣いだってソコソコ貰ってるんだから。収穫祭は逃げないから、とりあえずは歩いて見て回ろうよ」
「うん、そうね!」
そう言うとニコニコ笑みを浮かべたグローリアが俺の手を繋いだまま、道路を歩く。来るときはどうして可愛い洋服を着てくれないの? と、むすーっとした表情をしていたのにこうやって現地に到着した瞬間笑顔になる。やっぱりまだまだ全然子供だなあ、とその姿を見て思う。いや、これが普通なんだろうけど。俺は明らかに落ち着きが出てる影響で態度だけ見るならまあ、子供には見えないよな……。
そういう所で多分エドワードは察してるんだろうけど。
賢い大人は相手し辛いなあ―――!
ともあれ、お嬢様は大変ご不満というタートルネックのセーターにジーンズという俺のラフな格好はやや浮いているとも言えた。秋も終わりごろに来るとだいぶ寒さが風に乗ってくる。既に半袖でいる者は少なく、少し着込む様子を見せる人も出てくるレベルだ。都会と比べると開けているという事もあって風が通りやすい環境は直ぐに冷え込む。それに日本みたいなヒーターがある訳でもなく、地球みたいな温暖化で暖かくなっている訳でもない。此方の世界の秋から冬は大変冷え込むらしい。
それでも俺がセーターだけというのはドラゴンボディがこの程度の環境物ともしないからだ。ぶっちゃけ、鱗の事がなければ長袖のシャツでも良かったぐらいだ。そんな俺と比べるとお嬢様は外出用の動けるタイプのドレス姿で、今日は気合十分という様子を見せていた。遠巻きに様子を伺っている警備兵たちは恐らくグローリアがどこ出身で、誰の令嬢かを理解している為、常に誰かが視線を向けている。
それに向かって軽く頭を下げるように会釈すると、笑みと共に手を振られた。
お仕事、お疲れ様です。
「凄い盛り上がってるね」
「そうだなぁ、今までにない活気だな」
耳にかけるように横髪をかき上げながら街の様子を眺める。楽しそうに右へ、左へと視線を巡らせるグローリアの様子に注意しつつも、収穫祭を観察する。
この祭りは秋の収穫を祝う、豊穣と大地の神アステルシアを祀るものだ。なんでもこの祭りに参加するのは宗派とかは全く関係なく、誰もが祝うものらしい。現代人の感覚に当てはめると神道や仏教の人がクリスマスを祝っている感じかもしれない。ただ神々が実在する事を考え、豊穣を司る神がいるのを考えると割と宗派関係なく豊穣の神に祈りを捧げる祭りを実行するのは正しい気もする。
「確か神殿の方で奉納を行っているんだっけ」
「うん。毎年いっぱい穫れましたよ、ありがとうございますって気持ちを捧げてるのよ」
「へぇ」
栄養とか土の成分とかそういう事を一切考えない時代の農耕……いや、魔法と加護が実在するからマジでファンタジーな感じで済ませられるのかもしれない。
深く考える事でもないのでさっさと農耕の事は忘れる。それよりも見ていて面白いのは街の様子だ。流石収穫祭だけあって普段は無いような屋台が道路にずらりと並んでいる。美味しそうな匂いが空気に充満し、収穫祭を祝う飾り付けが街の各所で見られる。誰もが食べ物を片手にこの時間を楽しんでいるように見える。
「や、焼きリンゴ……ねね、エデン」
「焼きリンゴって結構大きいぞ? もっと小さくて二人で分けられるものにしようよ」
「食べたーい!」
「晩御飯入らなくなっても知らないぞー」
食べたいと駄々をこねる前に屋台のおじさんから焼きリンゴを購入する。季節の果物だけあって中に凄まじい蜜が詰まっている。だがそれだけではなく、中央をくりぬいてどうやらシナモンやバターを詰め込んであるらしい。流石に砂糖までは入っていないが、蜜で溢れているリンゴだ。砂糖なんてもんはそもそもいらないのかもしれない。
「ほい、木皿だ。仲良く二人で割って食べるんだぞー」
「ありがとうございます!」
「サンキュおっさん……ふんっ」
「おぉ、おぉ!?」
指に纏った魔力でさくっとリンゴを真っ二つに割った……良かった、成功した。これ、大体成功率20%ぐらいなんだよね。ともあれ、真っ二つに割れたリンゴを手づかみで2人で分け合って食べる。口の中いっぱいに溢れるリンゴの甘さとシナモンの香り、そしてバターによって彩られた圧倒的なまでのカロリー!
暴力、まさに暴力! これこそ味覚の秋! 食欲の秋!
「うーん、幸せ」
「んふふふふ」
2人で満面の笑みを浮かべながらぺろりと焼きリンゴを食べ終える。空になった木皿を屋台に返すと、手を洗う為の水の入った樽がある為、それでべとべとになった手を洗ってから次の屋台へと向かう。この体になってから甘いもんに対して目がなくなった気がする。やっぱり女の子とはスイーツを求めるものなのか? 男だった時よりも美味しく感じられる気がする。
「あ、マロングラッセ!」
「はい、駄目。それ高級品だからダメダメ」
「食べたい食べたい!」
「駄目どす」
行商人が売っているマロングラッセの値段は軽く先ほどの焼きリンゴが10個食えるだけの値段だ。地球程ハードルは高くはないが、それでも砂糖は中々の希少品だ。それを使いまくったマロングラッセなんて菓子、貴族の誕生日でもなければ手を出す事さえも出来ないだろう。日本では割と普通に食えたのにな。
「たーべーたーいー」
「だーめーどーす」
グローリアを片手で持ち上げるとそのまま俵担ぎで運ぶ。持ち上げられると借りて来た猫の如く静かになってぷらーん、と足を揺らしている。マロングラッセを販売している行商人はそれを見て商品を持ち上げて揺らして誘惑してきているのが地味に邪悪だと思う。地獄に落ちろお前、それは犯罪行為だぞ。
「おーい、そこの嬢ちゃんたち。安くて甘いお菓子あるよー」
「マジで!?」
「お菓子!?」
「ああ! あ、衛兵さん、違うんです。これは普通の商売なんです。えぇ、やましい事はなにもないんです。いえ、本当に……!」
「そうか? そうか……」
社会の厳しさを目の当たりにしつつ呼び込んできた所の屋台へと向かえば、そこで売られているのは果物の蜂蜜漬けだった。まるでキャンディみたいに固められた蜂蜜の中にカットされたフルーツが入っているのだが、これがまた光を受けて綺麗に輝いている。思わずおぉ、と声を漏らす程度には甘そうな品だった。
「葡萄2個と桃2個ください!」
「はーいよっ」
迷う事無く2種類2個ずつ受け取ったらそれを一つずつ口の中へと放り込んで行く。此方は先ほどの焼きリンゴと比べるとまさしく甘さの暴力という感じがする。ひたすら甘く、とろけるような蜂蜜の甘味が口の中いっぱいに広がり、徐々に蜂蜜のキャンディが溶けてくると中で待っているのはいまだにみずみずしい果物だ。それを噛むと果汁が溢れだしてきてまた口内の味が変わってくるのだ。
その瞬間、俺はグローリアと並んで半分蕩ける様な顔を浮かべて幸せを堪能していた。
「はぁ、やっぱり甘いもんを食べると幸せだなあ……」
「そうだねー……きゃっ」
はあ、と溜息を吐きながら甘味を食べた事の感慨に浸っていると、グローリアが急によろけた。おっと、危ない、と倒れる前に素早く手を差し込んでその体を支えると、
「おい、そんな所に突っ立ってると邪魔だぞ」
「あぁ?」
半ギレになりながら振り返れば数名の子供がそこにいた。その表情はどことなくやってやったぞ、という感じの表情を浮かべている。表情を見ている限り、どうやら故意にグローリアにぶつかってきたらしい。衛兵の方をチラ見すると、介入するかどうか悩んでる節が見られる。まあ、子供同士だと手を出しづらいのは解る。
「えっと、ごめんなさい? 邪魔だったかな」
「そうだよ、邪魔だよ」
一切悪びれる事無くリーダー格少年はそう言い、にやにやしながらだけどさあ、と言う。
「お前さ、貴族なんだろ? 申し訳ないって思うならさそこの蜂蜜飴奢ってくれよ」
「あー」
制限されたお小遣いの中でどうやって収穫祭を楽しもうかと思ったらこんな結論に行きついたのか……。完全に悪ガキの素質ありじゃん。
個人的には割と微笑ましく見えるものだが、やっている事は犯罪に近い。見守っていた警備もやれやれと言いながら近づいてくるのが見えるが、それを片手を出して制す。リーダー格を筆頭とした数人の少年に正面からグローリアが詰め寄られている。グローリア本人は物凄い居心地悪そうだが、
「だ、駄目よ。このお小遣いはお父様とお母様に貰った大事なものなの」
「はー、そんな事を言わずに少しぐらい奢ってくれよ。どうせお金余ってるんだろ?」
「駄目。これは大事なお金だから」
うん、ちゃんと言い返せたな。言葉に迷いはないし、レスポンスも早かった。箱入りだとは思っていたが、別に対人能力がないという訳じゃない。ウチのお嬢様はちゃんとやれるじゃんか。
じゃあもうええな!
グローリアに詰め寄る少年に近づくと無言でその姿を掴む。
「あ、お前」
「ふん!」
「あああ!?」
その姿を上に投げる。そのまま跳躍、少年をキャッチしながら―――、
「アルゼンチン・バックブリーカー……!」
アルゼンチン・バックブリーカー、通称人間マフラーをダメージが入らない程度の手加減で実行する。着地の衝撃と背骨へとの衝撃が少年に貫通し、少年の口から悲鳴が響く。一瞬で技を完遂させた所で少年を地面に転がして解放し、首に手を当ててこきこきと鳴らす。
「今日から、俺がお前らのボスだ。オーケー?」
「うっす、姉御!」
「今日から俺ら全員姉御の舎弟っす!」
迷う事無くリーダーの少年から此方に鞍替えするキッズ共見て腕を組み良し、と頷く。
今日からこの俺がキッズの支配者だ―――!
「はーっはっはっは! リアをどうにかしたいのであればまずは俺を超えなければなあ……?」
「エデン、テンション高いね」
魂がね、男の子なの。やっぱりこういうシチュエーションや展開はテンション上がるというのはどうしようもなく仕方のない事だ。とはいえ、この少年たちも折角の収穫祭なのだ。何も楽しめずに終わってしまうのも可哀そうだろう。こうなったら単価が安いけど大きなお菓子か食べ物を買って、それを分割するのが一番角が立たないかなあ……なんて考えていると、ちょんちょんと肩を叩かれた。視線を叩かれた肩の方へと向ければ、ちょっとだけ困った様子の警備兵がいて、
「一応、お説教ね。解るけど」
申し訳なさそうな姿を見て、道路に転がる少年の姿を見て、
「うす……」
見事なオチが付きましたとさ。