ミリア
ラザルが食糧を持ってきてくれてから俺はその食材を使って料理の練習をしていた。相変わらず魔法で調理するとそこまでおいしくもまずくもないものしか出来上がらない。もしかしたら魔法では微妙な塩加減や火加減を調整出来ないからとも思ったが、賢者の石を作ったときはもっとシビアな条件を整えなければならなかった。
そう考えると、やはり俺がおいしい料理をきちんと作れるようになれば魔法でも作れるようになるのではないか。そう思って今日も肉と野菜を使ったスープを作ってみようと思ったのだが、やはり味の調整が難しく、微妙な出来になってしまう。
「まさか賢者の石が作れてスープが作れずに悩むなんてな」
そんなことを言いつつ、俺は食後の散歩に出る。仕事が全部なくなったせいで俺は早寝早起きの上、適度に運動をするというかなり健康的な生活を送るようになっていた。
夕暮れの森を歩いていると、不意にこちらへ向かって歩いて来る足音が聞こえる。またラザルだろうか、と思っていると木々の間から一人の少女がこちらへ歩いて来るのが見える。
夜の森を歩いたせいか、ところどころ枝や葉で破れているが、身にまとっているのは高級そうな白いフリルのついた絹のドレスである。さらに髪は月明りを浴びてきらきらと輝く美しい長い銀髪だった。
こんな山の中には不似合いな高貴な人物か、と思って顔を見るとガラス細工のようにきれいな瞳に透き通るような白い肌をした妖精のような少女だった。もし彼女が湖のほとりにぽつんと佇んでいるところを見れば本当に妖精と勘違いしたかもしれない。
もっとも今は着ている服はぼろぼろで、息も絶え絶えである。とはいえ、魔物に襲われたというよりは純粋に慣れない山道を歩いたせいのように見えた。
そんな彼女だったが、俺はどこかで彼女を見た記憶がある。懸命に記憶を引っ張り出すと、どうも王宮で見た第三王女のミリアと似ている気がしなくもない。
「いや、さすがにそんな訳ないか」
俺はすぐにそんな思いつきを否定する。まさか本物の王女がこんなところにいる訳がない。
すると彼女は俺に気づき、清流のようなきれいな声で言った。
「あの、あなたが宮廷錬金術師のアルスさんですか?」
「ああ、そうだが」
そこで俺は確信する。この声は確かにミリア王女のものだ。だとすると一体なぜこんなところに?
「あの……もしやあなたはミリア殿下ですか?」
「はい、その通りです。あなたに頼みたいことがあってはるばるやってきました」
第三王女のミリアは確か今年で十六になる人物で、人々の注目を浴びて政治にも影響力を持つエレナとは違い、あまり話題になることはない。彼女は精霊魔術を専門としており、王宮の端の方にある森の離宮に引きこもり、そこで精霊と親交を深めている、というぐらいのことしか知らなかった。
彼女があまり表に出ないのは年齢や性格もあるだろうが、母が国王の正妻ではなく身分が低いからとも言われている。
何にせよ、本人と知って俺は一気に緊張してしまう。
「とりあえずこんなところで立ち話もなんなので大したところではないですが、中へどうぞ」
「アルスさん、ここは王国の外です。そんなかしこまらなくて大丈夫ですよ」
「いや、そういう訳には」
別に国の外に出ても王族は王族だ。そういう訳にはいかない。
が、俺の言葉に彼女は思いのほか強い調子で反論する。
「いえ、こんな時間に無理矢理押しかける形になってしまった上、頼み事までするのにそんなに下手に出られると困ってしまいます」
遠目に姿を見たことはあっても実際に話すのは初めてだが、思ったより頑固な人物のようだった。それに彼女からすると腹違いとはいえ自分の姉が追放した相手にかしこまられるのは罪悪感のようなものもあるのかもしれない。
どうせこんなところまで一人で来ている以上何か訳有なのだろう、と俺は腹をくくる。
「分かった分かった、じゃあ見苦しいところだが中に入ってくれ、ミリアさん」
俺が言い直すと、彼女は納得したように頷く。
「ではお邪魔します」
ラザルからもらった物資で最低限の体裁を整えたとはいえ、俺の家は平民が一人で住むのにちょうどいいぐらいの家だ。そんな家に入って来たミリアの姿を見ると場違いな人物がいる違和感がある。俺は余っている椅子を持ってきてミリアの前に置く。ラザルが多めに家具をくれて助かった。
危うくそのまま話し始めようと思ったが、さすがに何も出さずに話を聞くのは良くない、と思い直し湯を沸かしラザルがくれた茶葉で紅茶を淹れようとする。その様子をミリアはじっと見つめていたが、ぽつりとつぶやく。
「その茶葉を使うのでしたらもう少し蒸らした方がいいですよ」
「え?」
不意に王女から不似合いな言葉が聞こえて来て戸惑ってしまう。王族など紅茶の淹れ方すら知らないのではないかと俺は勝手に思っていた。
「詳しいんだな?」
「はい、基本的に私は離宮で一人暮らしをしていましたので」
ミリアが暮らす離宮は名前こそ「離宮」と呼ばれてはいるものの、実際は「離れの建物」という程度の規模で、体のいい厄介払いではないかと陰口をたたかれることもあった。
とはいえそこでまさか使用人もなく一人で暮らしていたとは。
「私の家にはしばしば精霊たちが尋ねてくるのでよくおもてなしをしていました。ですからそういうことには自信があるのです」
「それはすごいな」
そもそも俺は精霊という存在を見たことすらない。それと会話どころか普通にもてなしているとは。
そして一人できちんと家事をしているというのは工房は散らかしっぱなし、食事は食べに行くかパンをかじるだけだった俺とは全然違う。そこだけ聞くと俺が王族で彼女が平民かのようだった。
俺は感心しつつ彼女の言う通りに茶葉を長めに蒸らす。すると、確かに俺が淹れた時よりも香りがひきたっておいしそうだった。本当だ、と俺は思わずうなってしまう。
俺は二つのカップを持ってテーブルに戻る。
「では話を聞かせてくれ」
「分かりました」
そう言って彼女は一口紅茶に口をつけると話を始めた。




