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お礼

「疲れた……」


 大きな魔法を立て続けに二発も使ったことで俺の体は疲弊しきっていた。作ったばかりの家には固いベッドしかなかったが、元々工房で座ったまま寝るような生活をしていたこともあり、あっという間に眠りに落ちてしまった。



 翌日、俺は家の外から聞こえてくるごろごろという物音で目を覚ました。一瞬魔族が報復に来たのか、と思ったがそれにしては家が攻撃されている様子はない。俺は眠い目をこすりながら外に出る。


 すると、そこには昨日の若者が兵士数人とともに二台の荷車を曳いてやってきていた。荷車の上には布がかけられているが、結構重いものが乗っている様子がある。


「おはよう?」


 俺は少し戸惑いながら挨拶する。

 すると、昨日の若者が先頭に出て俺に敬礼した。


「おはようございますアルスさん。改めまして、僕はラザルと申します。昨夜はアルスさんのおかげで砦を死守出来たので改めてお礼に参りました」

「そ、そうか。まあそこまでかしこまらなくてもいいんだがな」

「いえ、助けていただいた以上そういう訳にはいきません。ただ一つ申し訳ないのはこちらの砦も昨日の戦いで甚大な被害を被ったため、満足なお礼をすることが出来ないということです」

「それはそうだろうな」


 城壁は直すことが出来ても、戦死した兵士たちを生き返らせることは出来ない。傷ついた兵士も多いだろうし、さらに大量の矢を消費し、カタパルトもいくつか破壊されていた。今後の備えなども考えると余裕はないだろう。


「あれ? にしてもこんな家こんな山奥にありましたっけ?」


 ラザルは俺が一日で建てた家を見て驚く。


「まあ木はいっぱいあるからどうにでもなる」

「そんなことも出来るのですか。錬金術師というのはすごいですね」


 ラザルは家を見ながらひとしきり感心してみせる。


「こほん、そういう訳で直接戦いには影響しないものということで、食糧を多めにお持ち致しました」

「おお、それは助かる」


 砦には数百の兵がいるので俺一人の食糧程度は誤差なのだろう。

 いちいち罠を作って狩をし、動物を捌くのは面倒だったので俺は素直に喜ぶ。こんな山奥で暮らしている以上、下手に金貨をもらうよりもよほど嬉しかった。

 ラザルが荷車の布を取り除くと、その下には干し肉や小麦、野菜などが山のように積まれていた。俺一人で食べるのであれば一体何日、いや何か月分になるだろうか。


「喜んでいただけて良かったです」

「自分で狩をするのは俺には荷が重いからな。じゃあこっちに頼む」


 俺はとりあえず家の空いている部屋に食糧を降ろしてもらう。

 その間、せっかくなのでラザルに砦の事情を聞いてみることにする。


「そう言えば昨夜は随分苦戦していたみたいだが、魔族はいつもあんななのか?」

「いえ、あそこまで強大な敵が出てくるのはなかなかないことです。とはいえ王都ではちょうど賢者の石が完成すると聞きました。そしたらもうあのような襲撃はないでしょう。もしかしたら魔族もそのことを聞きつけて今のうちに全力で攻撃しておこうと思ったのかもしれませんね」

「そ、そうかもな」


 無垢な笑いを浮かべるラザルを見て俺は複雑な気持ちになる。

 クルトは一番弟子ではあるが、俺に比べると錬金術の知識は劣る。賢者の石は一応完成したとはいえ、新発明である以上予測不能なことが起きないとは言い切れない。彼に無事に使いこなすことが出来るだろうか。


「どうしました?」


 ラザルが俺の様子に首をかしげる。

 隠しているのも居心地が悪いが、かといって正直に話したとしてどうなるというものでもない。彼はいい人そうなので俺が石を作ったと言えば信じてくれるかもしれないが、もしそれを信じてそのことを他の人に言いふらせばクルトやエレナに何かされるかもしれない。


「そう言えば国境を超えられないと言っていましたね」


 俺が沈黙しているとラザルは話題を変えた。


「ああ、色々あって俺は禁忌魔術に手を出したことにされたんだ」

「そうですか。でしたら今回のご活躍をもって将軍に相談し、赦免が出るように嘆願します」


 ラザルはとんでもないことを言い出す。確かに魔族防衛を一手に担う将軍であれば発言権はあるかもしれないが、今はあまり大事になって欲しくないという気持ちもあった。もし迂闊なことをして将軍が解任でもされれば、この辺りの守りは大変なことになるだろう。

 それに、冤罪で追放されている以上どのような正論でもエレナとクルトの心を変えることは出来ないに違いない。


「いや、それはやめてくれ。俺に下手に関わると面倒なことになる」

「そんな!」


 ラザルは悲痛な表情になる。お世話になった人に恩返しすることも出来ずに歯がゆく思っているのだろう。それを見て俺は頭をかく。そこまで言ってくれているのであれば、このまま好意を断り続けるだけになるよりも何か別のことを頼んだ方がよさそうだ。


「分かった、それなら定期的に食糧や物資を差し入れてくれると助かる」

「物資とはどのようなものでしょうか?」

「正直何でもいい。ここには何もないから古くなった家具とか食器でもかなり嬉しい」


 とりあえず物があれば後は錬金術で何かに作り変えることは出来る。俺の言葉にラザルは表情を輝かせる。


「分かりました。結構古い砦なので探せば色々あると思います」

「助かる」




 そして数日後、ラザルは荷車に古くなった家具や食器などを満載して持ってきてくれた。特に嬉しかったのは布団や毛布、服などだ。毛布などは作ろうと思っても山で狩れる小動物の毛だけでは限界があるから非常に助かる。


 元々工房でテーブルに突っ伏して寝たり床に毛布だけして雑魚寝したりしていたのでそこまで困ることはないが、ちゃんとした寝具で寝られるならそれはありがたい。


「いやあ助かる、ここにきた初日はどうなるかと思ったが、案外快適にやっていけそうだ」

「何と言うか、すごい錬金術師の方なのに意外と庶民的なんですね」


 俺が毛布に目を輝かせるとラザルは目を丸くした。確かに宮廷錬金術師と言えばもっと豪奢な生活をしていて一般の兵士が使うような毛布のお古をもらって喜ぶとは思わなかったのだろう。


「自室のベッドは高級品だったが、大体工房で突っ伏して寝てたからな。ちゃんと横になって寝れるだけむしろ生活は向上していると言っても過言ではない」

「れ、錬金術師というのも大変なんですね」

「それはそうだが、直接命を危険に晒して戦っている分兵士の方が大変だろ」


 昨日の戦いを見た俺は心からそう思った。

 俺の言葉にラザルは少し恐縮する。


「そう言っていただけるとありがたいです」

「何にせよこれで快適に暮らせる。ありがとな」

「分かりました。では今後もし何か入用のものがあれば砦脇に生えている木に手紙を結び付けておいてもらえれば、毎日確認いたしますので」


 そう言ってラザルは帰っていった。


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