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襲撃

 こうして一週間ほどの旅(?)の後、馬車は国境を跨いだ。

 馬車が止まったのは王国の西方にそびえたつ山中であり、見晴らしのいいところからは魔族領となっている荒野が見渡せる。荒れ地には下級魔族であるゴブリンがところどころにうろうろしており、食べ物もきれいな水もなさそうだ。荒野に置き去りにされなかったのはせめてもの優しさだろう。


「では」


 隊長は申し訳なさそうに頭を下げるとその一言を残して去っていった。

 残された俺は周囲を見渡して溜め息をつく。周囲には鬱蒼と木が茂り、食べられそうな木の実や小動物がいるのは見える。


 とはいえ俺は王宮での暮らしに慣れてしまっており、サバイバルの技術などない。


「とりあえず工房兼家を作るか」


 住む場所がなければ雨をしのぐことも出来ない。俺は森を出て、木々がない開けたところに出る。西には荒野が広がり、東には王国が広がっていて見晴らしも良い。

 逃亡阻止のため、基本的に俺の持ち物は全て没収されていたが、途中の宿で見つけた鉄のスプーンを数本、密かに俺はポケットに入れて持ってきていた。スリのようなことをしてしまったのは心が痛むが永久追放になっている以上今更その程度の余罪が何だ、という気持ちもあった。


「クリエイト・アックス」


 スプーンを目の前に置いて呪文を唱えると、鉄くずはみるみるうちに剣の形になる。本当はもっといい剣が欲しいが、今はこれしか素材がないから仕方ない。


「エンチャント、エンハンス・シャープネス、エンパワード」


 そして俺は知っている限りの強化魔法を斧に付与する。ただの斧でもこれだけ強化すればその辺の木ぐらいは斬れるだろうか。俺は強化された斧をその辺の木に振り降ろす。

 すると大した力を入れた訳でもないのに、まるで包丁で野菜を斬るようにすぱすぱと木が斬れて倒れていく。


「意外と木って大したことないんだな」


 そんなことを言いつつある程度の木を切ると、俺は斬った木を空き地に集める。正直木を斬るよりも斬った木を運ぶ方が重くてしんどかった。そして木材を前に俺は魔法を使う。


「クリエイト・ハウス」


 錬金術師は本人が構造を熟知していて素材が揃っていれば魔法でその組み立てを行うことが出来る。それは斧でも家でも難易度の違いでしかない。

 俺の魔法で目の前の木材は瞬く間に組み上がり、一軒の家になっていく。


「次は食べ物か……クリエイト・トラップ」


 俺が唱えると斧の形になっていた鉄が次は野生動物を捕まえる罠の形に変化する。もう少したくさんの金属があればもっと色々なものが作り出せるのだが、今は我慢だ。


 俺は動物が脚を踏み入れると仕掛けが反応して脚を挟む古典的な罠を森の中に仕掛け、草で隠す。

 そして動物がかかるのを待つ間、家を建てる際に余った木材を使ってテーブルやいすを組み立てていた。最初はがらんとしていた家の中も家具が配置されると一応それらしくなる。


 それから俺は罠のところに向かう。

 するとそこには脚をとられた兎がかかっていた。

 俺は罠と兎を回収すると家の中に持ち帰り、今度は包丁を錬成して兎を解体し、剣を鍋に作り変える。そして近くの川から水を汲んで兎肉と水を鍋に入れる。


「クリエイト・スープ」


 論理的にはこれでおいしいシチューが出来るはずだったが、どういう訳か料理だけは魔法で作るとあまり上手くいかなかった。今も目の前ではおいしくもまずくもないスープが出来上がっている。


「色々あったが、とりあえず直近の目標はもう少し金属の道具を作れるようにすることと、料理の練習だな」


 仕事がなくなった以上、余った時間で料理に凝ってみるのもいいかもしれない。また生活を便利にするためにはやはりもう少し金属が欲しい。鉄さえあれば後は魔法で道具に加工できるのだが。改めて錬金術の工房を作ろうにも最低限の金属や魔道具は欲しい。


 色々足りないものはあるが、何にせよ今後に目標が出来るのはいいことだ。追放のショックも手を動かしていればその間は忘れられる。それに、ここであれば王族や貴族とのわずらわしい人付き合いもしなくていい。




 そんな風に思っていた時だった。突然、遠くからごごご、と地鳴りのような低い音が聞こえてきた。


 すでに日は暮れていたが、俺は家を出て音のする方を見る。音は山の中ではなく、かなり下の方から響いていたので俺は見晴らしのいいところへ向かう。


 すると眼下に広がる荒野をたくさんの魔族の群れが王国の方へ走っていくのが見える。中にはトロールやジャイアントと呼ばれる体格が大きい種族も混ざっており、そのせいで地鳴りが伝わってきたのだろう。


 辺境の事情は知らないが、よくあることなのだろうか。

 魔族の進軍先には対魔族最前線として構築されたザンド砦がある。数メートルの高さがある堅牢な石の城壁に囲まれており、中には多数の兵士も詰めている。今は篝火を燃やし、向かってくる魔族に盛んに矢を放っている。


 それを見て俺は体が緊張するのを感じた。ずっと王宮に勤めていた俺は遠目とはいえ魔族を見るのは初めてだ。暗がりの中ではあったが、砦に近づくにつれて篝火に照らされて彼らの狂暴な表情が浮き上がってくる。


 砦の石壁の上には弓を構えた兵士たちが立ち並び、近づいていく魔族は矢に当たりバタバタと倒れていく。しかし倒れるのはゴブリンと呼ばれる小型の魔物ばかりで、棍棒を振り回すトロールや地響きを立てて進んでいく三メートル以上もありそうなジャイアントたちは矢を腕で払いのけながら進んでいく。


 人間であれば一本当たるだけで大けがするはずの矢も、魔族の巨体に対しては頼りないものにしか見えなかった。


「大丈夫なのか?」


 俺はごくりと唾をのみ込む。

 が、そんな俺の懸念を形にするように魔族たちは城壁に迫ると、特に体の大きいトロールが棍棒で城壁を強打する。トロールはまるで子供がおもちゃの棒切れを振り回すように軽々と棍棒を振り回すが、そのたびにズシンズシン、という低い音は離れた山の中にまで響き渡ってくる。その箇所を見ると亀裂が入っていた。


 さらにジャイアントたちは一メートルほどもありそうな巨大な岩を拾い上げると砦の中に投げつける。岩が飛んでいったところから悲鳴と建物が崩れていく音が聞こえた。


「これはまずい」


 俺はエレナやクルトには恨みがあるし、王国には恨みがある。

 しかし魔族たちが城壁を越えた先にあるのは防御力などほとんどない小さな村ばかりだ。そこに住む村人たちは何の罪もないが、魔族がやってこればなすすべもなく蹂躙されるしかない。そう考えると俺の身体は自然と動いていた。


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