VSエレナⅠ
俺が敵意を持っていると悟ると、エレナ素早く周囲の騎士団に命令を出す。
「騎士団、反逆者たちを捕えなさい! 死なない程度に傷つけても構わないわ」
「冷静に考えてみろ。この女でこの国が持つと思うか? 俺を倒したら賢者の石を直せる者はいないぞ?」
俺は騎士たちを味方につけるべく言う。
「何言っているの? あなたち全員の魔力を石に食わせればかなりの量になるわ。そしたら直らなくてもしばらくは何とかすることが出来る!」
俺とエレナの両方に声をかけられて騎士たちは急に迷い始める。騎士の中にはエレナに忠義を誓っている者もいるが、元々国王やケイン王子に仕えていた者たちもいる。彼らは互いが互いを牽制し合うような形になり、動けなくなった。
それを見てエレナはちっ、と舌打ちする。
「やっぱり騎士団なんて使えないわ。いでよ、ロックゴーレム!」
そう言ってエレナが指を鳴らすと、離宮のあちこちからめきめきという建物が崩れる音がする。そしてどしんどしん、という足音とともに全身がごつごつとした岩で出来た二メートル以上の巨人がこちらへ近づいて来る。普通の人間であれば踏まれただけで即死だろう。
そして先頭を歩く一体が最初の洗礼とばかりに俺たちを粉々にするような勢いでパンチを放ってくる。
が、その一撃はマキナが素手で受け止めた。体を変異させていないのに凄い力だ。
「よし、奴らの相手は任せてくれ!」
「任せた」
すると今度はミリアが顔を覆っていた包帯をとる。
「姉上、アルスさん追放以来の一連の行動は常軌を逸しています。同じ血を引く者として見過ごせません!」
「はあ? 失踪したかと思えばそんな男のところにいたのね。反逆者の愛人に成り下がった癖に偉そうなことを。大体平民風情の生まれの癖にこの私と同じ血を引いているとは片腹痛いわ!」
嘲笑するエレナに、ミリアは表情を険しくする。
「やはり他人をそのようにしか思っていないのですね。残念です。エアロ・ブラスト・ハンドレット!」
「リバース・グラヴィティ」
エレナが唱えると、エレナが立っている部屋の奥で何らかの魔法が起動する。状況を見るに事前に部屋に用意していた魔法だろうか。
そこへミリアが放った百発の風魔法が飛び込んでいく。魔族軍団も風穴だらけにした最強の魔法だ。
が、そこで信じられないことが起こった。ミリアが放った魔法は全てエレナが魔法を使った一角に入るなりまるでリンゴが木から地面に落ちるように天井へと吸い込まれていったのである。そして天井に大穴を空け、そのまま空に飛び立っていく。
「何、これ」
それを見てミリアは呆然とする。
「アンチ・フェアリー」
さらに続けてエレナが魔法を使うと、ミリアの周囲に黒い霧のようなものが立ち込める。そして彼女の周囲にあった精霊たちの気配がみな消滅した。
「嘘……」
どうも彼女の周囲にいた精霊たちは皆エレナの魔法により追いやられてしまったらしい。
精霊さえいなくなってしまえばミリアの力はほぼ無力化されてしまう。そんな状況に追い詰められ、彼女は呆然としていた。
「ミリア。あなたは魔力はあるけど、魔法というのはどう使うのかが重要なの。あなたみたいに大した目的もない癖に膨大な魔力を持っていてもただの無駄。その点私はこの国を手に入れたいっていう溢れんばかりの欲望があるから、あなたより魔力が少なくても有効活用できるのよ」
「ふざけるな!」
俺にとってエレナの言葉は聞き捨てならなかった。こんな醜いことに魔力を使っている奴がミリアより上な訳がない。
「何を言ってるんだ! 確かに魔法というのはどう使うのかが重要だが、お前みたいな目的で使うぐらいなら、料理にでも使っている方がましだ!」
俺の言葉にエレナは顔をしかめる。
「そういうきれいごと、大嫌い。才能がある癖に特に何の野心もないなんて。あなたぐらいの力があればこの国を手に入れることも不可能ではないのにそれを使わないのはありえないわ」
「そんなの俺の自由だろ。大体、欲深いことを都合よく正当化しようとするな」
「そうかしら? 実際、野望なき力ほど無意味なものはないと思うけれど。まあそこまで言うならあなたに力の使い方というのを教えてあげる。もしかしたらあなたは私よりも魔力が高いから戦ったら勝てるとか思ったかもしれないけど、力が強い方が勝つなら人間は魔族に滅ぼされているのよ。結局、戦いは勝利への執念が強い方が勝つの」
そう言ってエレナはエレナが指を鳴らす。嫌な予感がするが、試しに攻撃魔法を放ってみてもミリアの魔法同様全て上空に向かってしまう。
そこへ一人の騎士が一人の男の喉元に刃を向けて歩いて来る。それを見た瞬間アイシャの表情が変わる。
「殿下!?」
「アイシャ、その男を後ろから刺しなさい。そうすれば王子だけは解放してあげる。そうしなかったら、分かってるわね?」
「嘘……」
エレナの脅しを受けてアイシャが絶句する。
そして震える眼で俺とエレナとケインに眼を泳がせた。
「やめてください!」
そんなアイシャを背後からミリアが羽交い絞めにする。
「な、何をするの!?」
「そんなこと、してもしなくてもこの女が約束を守る訳がありません! アルスさん、今のうちに対策を考えてください。今の私には魔法は使えませんが、これくらいのことであれば出来ます。魔法のことであればアルスさんが負けるはずがありません」
ミリアの声を受けて俺は我に返る。
思わずエレナの言葉にいちいち食って掛かってしまっていたが、その場で思考しなければあらかじめ準備を整えているエレナが余計に有利になってしまう。
あれは魔法の名前からしておそらく周辺の重力を反転しているのだろう。
「ならば、これでどうだ」
俺は攻略の糸口を思いつく。
「要するにその力が及ぶ範囲で重力がおかしなことになっているんだろう?」
「そう、この中では重力が反転しているから全ての攻撃は空に飛んでいくわ」
「違うな。わざわざ『リバース・グラヴィティ』と唱えて誤魔化しているが、重力が反転している訳ではない。なぜならミリアの攻撃は重力よりも遥かに強い力で放たれているからだ。元々普通に使っても魔法が地面に落ちていくことはない。だからその力はただ重力が反転している訳ではない」
「……相変わらず細かいことに気づくのね」
そう言ってエレナは顔をしかめる。
そう言えば最初にエレナの論文の間違いを指摘したところも細かい矛盾点が糸口なったような気がする。
「でもそれが何になるって言うの?」
「それを教えてやる義理はない。アンチ・グラヴィティ・ボール」
俺は重力に逆らう性質を持った物質の塊を生成し、エレナに投げつける。そしてその物質はエレナの近くまで向かうと、ボン、という爆発音とともに砕け散った。
やはり単純に重力が反転しているという訳ではないらしい。砕け散ったということは色々な方向に力がかかったということだろう。
「少しずつお前の魔法の仕組みが分かって来た」
「随分余裕なのね。ならばこちらから行かせてもらおうかしら」
そう言ってエレナは手元に置かれていた杖を手に取る。おそらく彼女の錬金術の力で作った魔法攻撃用のものだろう。
とはいえ、錬金術であれば俺が負けることはない。
「ファイアースピア!」
「アンチマジックボム!」
エレナの杖から放たれた魔法はまっすぐにこちらに向かって飛んでくる。が、俺の手から放たれた爆弾とぶつかると、小さい爆発音とともに消滅した。
ゴーレムや重力異常は結構頑張ったのだろうが、攻撃魔法の杖は俺に言わせればちゃちなものだった。やはり錬金術の力量という点で俺はこいつには負けない。




