追放
「大変です王女殿下! アルスの工房から人体を実験に使った証拠が出ました!」
そこへ血相を変えた兵士が室内に飛び込んでくる。この速さを見るに俺が工房を飛び出すのを見計らって踏み込ませたのだろう。まさかここまで周到に陰謀が仕組まれていたとは。
「分かっているなアルス、禁忌魔術に手を出した者は死刑だ」
そう言ってクルトが高笑いを浮かべる。まさかこいつがこういう奴だとは思わなかった。しかし一番弟子の本質すらも見抜けないとは。俺は怒りとともに自分の間抜けさにも失望する。どこまで人を見る目がないんだ。
俺は思わず護身用に握っていた爆石を握りしめる。名前の通り投げつけると爆発する石で、俺の発明品の一つだ。魔術師とはいえ俺の専門は研究であり、戦闘には自信がないがうまくいけばこの二人と刺し違えることぐらいは出来るかもしれない。
そんな俺の必死の気配を察したのか、エレナはクルトを手で制する。
「待って。こいつを追い詰めてここで暴れられてもつまらないわ。ここはこれまでの功績に免じて死罪を免じ、永久追放にしましょう」
「ま、まあエレナ様がそうおっしゃるのであれば」
「そういう訳であなたは今後二度とこの国に入ることを禁じるわ。せいぜいどこかで野たれ死なないよう頑張ることね」
「……」
エレナの言葉に俺は思い直す。こいつらは憎いが、ここで刺し違えたところでただの気が触れた奴だと思われるだけだ。
今後は国外のどこかで自分だけの工房を作ってひっそりと暮らそう。俺はただ研究環境がいいから宮廷魔術師になっただけで別に富や名声に興味がある訳ではない。
長年一緒にいた弟子に裏切られた俺はショックでこれ以上抵抗する気力も湧かなかった。
こうして俺は十歳の時から十年ほど働き続けた王宮を追い出されたのである。
その後俺はすぐに衛兵たちに連行されて馬車に載せられる。俺にはもう全く抵抗する気はなかったが、一応俺の魔法の腕を警戒してか物々しい護衛がついていた。
「しかしあなたには同情しますよ」
道中、俺の隣に座っていた兵士の隊長がしみじみと言った。さすがに兵士たちもこの急な追放劇をそのまま信じている訳ではないらしい。たまたま俺の弟子が俺より先に賢者の石を開発し、俺が禁忌魔術に手を出すなんて荒唐無稽な話だ。
俺が黙っていると隊長は勝手に言葉を続ける。
「クルトは手柄を立てた後にあなたがいるのが邪魔になったとかそんな理由でしょうが、エレナ殿下がなぜそれに加担したのか分かります?」
「確かに。冷静に考えるとエレナがわざわざクルトの味方をする理由ってないよな」
正直今となってはエレナの心中などどうでも良かったが、不思議ではある。クルトが俺より優秀な錬金術師というなら分からなくはないが、そういう訳ではない。
実はクルトと恋仲にでもなったのだろうか、と思ったが彼はそこまでイケメンという訳でもないし、基本的にはずっと工房にいたのでデートに行くこともままならないはずだ。
エレナのような国中の男を選び放題の立場にいる女があえてクルトを選ぶ理由はない。
「いや、分からない」
「昔エレナ殿下が発表して喝采を浴びた理論があったんですが、あなたはそれを否定するような研究を発表したでしょう。それ以来、殿下はずっと根に持っていたようですよ」
「そうだったのか」
俺は耳を疑った。彼の言葉を聞くとまるで俺が王女に食って掛かったように聞こえるが、俺はただ研究結果を発表し、結果的にエレナの間違いを示すことになっただけである。
だから俺はそのことを全く気にしてなかったし、向こうもそうだと思っていた。
「多分あなた以外は皆そのことを知っていると思いますよ」
「本当か!?」
「はい、まさか追放したくなるほどとは思ってませんでしたが」
そんなに有名な話だったのか。改めて俺は己の迂闊さを呪う。一番弟子の裏切りに気づかず、王女に恨まれていたことにも気づかない。
確かに冷静に考えてみればプライドが高いエレナの研究を真っ向から否定することになってしまった以上、気にしていても不思議ではない。
「そうか。そこまで気が回らなければ足元も掬われるよな」
「すみませんねえ。我々も仕事を完遂出来ないとクビが掛かっているので。ですからどうか脱走とかせず穏便に追放されてもらえませんかねえ」
「はぁ」
別に脱走しなくても国境を跨げば解放される以上、面倒なことをする気はない。こんなことになった以上、しばらくはどこか人のいない山奥で一人で静かに暮らそう。俺はより決意を固くした。