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間章 王都の惨劇Ⅰ

「大変です、クルト様、また石が、石が!」

「何だと? 先ほど魔力を供給したばかりではないか!」


 報告に現れた兵士に向かってクルトは悲痛な叫びをあげる。

王国中を守る結界を張る賢者の石はその効果に見合うだけの魔力を要求した。先ほど自身が持つほぼ全部の魔力を供給したクルトだったが、それでも石には足りなかったようだ。


「ですが、石の周囲にいた人は魔力を吸われております!」

「それならさっさと避難させろ! 俺は行くところがある!」


 そう叫んだクルトは急ぎ王宮の宝物庫に向かう。その中には魔力を固めた魔石、それもかなり大きいものがたくさんあったはずだ。それらを石に捧げればしばらくの間は時間を稼げるはずだ。その間にどうにか有効な対策を考えなければ。


 宝物庫に辿り着いたクルトはバタン、と音を立ててドアを開ける。


 そして目の前に広がっている風景を見てクルトは目を疑った。


 宝物庫には王国が代々集めてきた稀少魔道具や特大の魔石など様々なものが納められている。しかし今はそれらのものは全て黒ずんで魔力を失ってしまっていた。

 そこはさながら輝きを失った廃品置き場のようであった。


「な、何ということだ……」


 その場に座り込んだクルトの体からも少しずつ魔力が座れていく。

 宝物庫と賢者の石はそこそこ距離が離れているはずだったが、それでもお構いなしらしい。


「う、うあああああああああ!」


 それを見てクルトはその場にうずくまって頭を抱えた。魔力が関係しない物品だけは無事だが、数多くの稀少な魔法の品がだめになってしまった。普通の者なら一つ壊しただけで死罪になりかねない貴重なものばかりである。特に王国建国の祖が使ったといわれる魔法の武器や、王国が大規模な干ばつに襲われた際に雨を降らせたとされる水晶といった名だたる魔道具も軒並みダメになってしまっている。


 このようなことになってしまってはもう全てが手遅れではないか。

 これでは死罪どころでは済まない。一族郎党皆殺しになっても文句を言うことが出来ない重罪だ。


 そこへばたばたという足音とともに数人の兵士が歩いて来る。

 クルトは虚ろな目でそちらを向くと、先頭の兵士が居丈高に告げた。


「クルト、エレナ殿下がお呼びだ」


 ふとクルトは自分の名が呼び捨てにされていることに違和感を覚えたが、今はそれどころではない。

 魔術に明るいエレナ殿下であればこの状況を切り抜ける知恵を出してくれるかもしれない、そんな希望を抱きながらクルトはよろよろと兵士に囲まれてエレナの部屋に向かう。


 エレナの部屋は元々王宮の中心部にあったが、安全を考慮して昔ミリアが住んでいた離宮を改修し、そこに移っていた。かつては離宮などと蔑まれたが、今では賢者の石から遠ければ遠いほど安全である。

 離宮に入るとエレナはいつになく険しい表情で待っていた。


「クルト。最初にこの陰謀を考えた時、あなたは賢者の石は必ずどうにかすると言ったわね」

「い、言いましたが、あと少し、あと少しでどうにか出来るのです」


 エレナの声はクルトが聞いたことがないくらいぴりぴりしており、クルトは何も考えがなかったが適当なことを口にする。

 が、それを聞いてエレナは盛大に溜め息をつく。


「はあぁ。全く、この前の時も同じことを言っていて、それから何か進展があった?」

「……」


 進展というよりはむしろ事態が悪化しているのだが、クルトは口をつぐむ。

 それを見てエレナは全てを悟った。


「あなた、いえ、お前の企てに乗ったせいで国は傾きそうになっている訳だけどそのことは分かってる?」

「は、はい」


 クルトは頷くがエレナの視線はいつになく鋭い。


「いや、分かってないわ。分かっていたらあと少し、などというぼけた発言は出ないはずだもの」


 エレナがぴしゃりと言い放つ。

 それはその通りであるが、クルトもエレナに対して、あなたも乗り気だったじゃないですかと思ったものの、とはいえさすがにそれは口に出来ない。


「もういいわ。石は周囲の魔力を吸い尽くすけど、逆に言えば周囲から魔力を吸っている間は一応起動しているとも言える。つまり、石の周りに魔力があるものをたくさん置いておけばよいのよ」

「ですが宝物庫はすでに……」


 クルトは遠慮がちに言う。

 が、エリサは冷たい眼でクルトを見た。


「でしょうね。それに魔道具では一度魔力を吸われたら終わりよ。でも幸い人間の魔力は寝たら回復する。つまり魔力が高い人間をたくさん配置しておけばどうにかなるわ」

「さすがエレナ殿下、名案でございます!」


 エレナの案にクルトは全力で同意する。

 が、エレナはぴくりと眉を動かした。


「何を他人事のように言っているの? そこに配置する魔力供物の一陣にあなたも入るのよ」

「そ、そんな!」

「もしお前が何か名案を思い付いていればこんなことにはならなかったけど、無能に用はないわ」


 エレナが言い終わらぬうちにすでに周囲の兵士は彼に槍を突き付けている。抵抗しようにも魔力はすっからかんになっていた。

 それでもクルトは藁にもすがる思いで泣き叫ぶ。


「待ってください、それに私でしたら何か名案を思い付くかもしれません!」

「うるさい! もうそれは聞き飽きたわ! ただの魔術師に過ぎないお前と違って、こっちはこの国の王族なの! 国が滅びたら何の価値もない人間になるのよ!」


 そう言ってエレナはすさまじい剣幕でクルトを怒鳴りつける。


「あなたには何も期待しないし、こうなった以上はアルスも呼び戻す。今回の件も悪いのは全部あなただったということにするわ」

「そ、そんな!」

「うるさい、黙って縛られろ! 悔しかったら魔力を吸われながら名案を考えることね!」


 エレナは不快そうに吐き捨てた。

 クルトを囲む兵士たちは縄を取り出すと彼の体を拘束し始める。


「た、助けてくれ!」


 叫ぶものの非力なクルトはすぐに縛り上げられ、さるぐつわまでされてしまう。そんな彼を兵士たちは有無を言わせずに連行していく。

 向かった先は王宮の中心部、賢者の石の近くだった。近づくにつれて空っぽの魔力を搾り取られていくようでクルトは気分が悪くなる。周囲の兵士たちも同じようで、皆顔色が悪くなっていく。


「ここだ!」


 やがて兵士は近くの一室で足を止め、扉を開く。すると中にはクルトと同じように縄で縛られた貴族の子女が閉じ込められていた。皆魔力が高いと言われる者ばかりで、クルトが知っている者も多い。当然皆顔色が悪く、中には意識を失っている者までいる。

 クルトも中に入るなり全身の魔力を吸われて吐き気と頭痛に襲われ、その場にうずくまる。


「と言う訳だ、出たければせいぜい石をどうにかする方法を考えるんだな」


 そう言って兵士はばたんとドアを閉じた。助けてくれ、叫ぼうとしたクルトだったが、まともな声を出すことすら出来ず、その場に倒れるのだった。


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