マキナⅡ
少女はしばらく俺とミリアを交互に見比べる。よく見ると彼女の視線はこちらを憎んでいるというよりは警戒しているという意識の方が強そうであった。一瞬俺が男だからかと思ったが、ミリアに対しても警戒心を解いているようには見えない。
「確かに。助けてもらったのに危害を加えようとしてしまったのは良くなった。それでは」
そう言って彼女はベッドから降りて立ち上がろうとする。
「おい、どこに行くんだ?」
「決まっている、人間の世話になる訳には……うっ」
が、まだ傷が治っていないのか彼女は再び胸の辺りを抑えてベッドにうずくまる。ということは彼女は俺たちを警戒して出ていこうとしたのだろうか。初対面なのになぜ、とも思うが先ほどと合わせて考えるとやはり俺たちが人間だから、ということなのだろう。
だとしたら彼女は一体何者なのだろうか。高位の魔族には人間の姿をとるものもいると聞く。彼女はそれなのかとも思ったが、高位の魔族であれば自分の身体が治るのを待ち、そこから不意を打って逃げ帰るなり俺の寝首を掻くなりするような気がする。もしくはお礼だけ言って素知らぬ振りをして帰っていけばよい。
「なあ、別に危害を加えるつもりはないからせめて事情を話してくれないか?」
「はい。私たちも訳も分からずに敵意をぶつけられるのはさすがに困ります」
俺たちの言葉に少女は少し考えこむ。
が、やがてぽつりと言った。
「……治してくれたことは感謝する。だが、お前たちも我が正体を知れば他の人間たちと同じようにするだろう」
彼女の言葉からは依然として人間を憎んではいるものの、俺たちに助けられたと知って敵意が薄れていく様子が感じられた。何らかの事情で人間自体に強い敵意を抱いてはいるものの、根は善人なのかもしれない。
そこで俺はふととある可能性に思い至る。
人間の姿をとりながら人間に迫害される存在。魔物と人間の間に生まれた子である。
魔物の中にはオークやゴブリンなどの繁殖欲求が盛んなものがおり、彼らは人間の女を犯すことがある。大部分はその場で死ぬか死産となってしまうのだが、ごくまれに生き延びた場合に魔物の子供が生まれてくる場合がある。
俺も会ったことはないので詳しくは知らないが、そのような存在が迫害されるということは聞いたことがある。彼女は過去に人間と何かあったのかもしれない。そう言えば彼女からは濃厚な魔物の気配を感じた。ハーフであれば辻褄が合う。
しかし、と思いつつ俺は改めて彼女を見つめる。彼女の姿は人間そっくりでとても魔物の血が入っているようには見えない。
俺はそのことを彼女に問いただすかどうかを考えたが、それでまた暴れられても困るので、今は言わないことにする。
「分かった。じゃあお前は正体を言わなくていい。俺たちは特に何かする気はないからお前も俺たちに危害を加えないでくれ」
「それでいいか?」
「……分かった」
そう言うと、彼女は緊張が解けたからか、ベッドに横になると再び眠りにつく。
それを見て俺はため息をついた。そんな俺にミリアが尋ねる。
「彼女の正体、分かったんですか?」
「ああ、推測ではあるが魔物と人間の合いの子ではないかと思う」
「! 言われてみれば」
ミリアは驚いたものの、やはり思い当たることがあるようであった。
「困った。俺としては彼女を助けてやりたいが、彼女の発言を聞く限り、人間に恨みを持っていて今回の戦いも魔族側として参加したんじゃないかと思っている」
「確かに」
戦場に倒れていた以上どちらかの軍勢に参加したのは間違いないだろうが、彼女の反応はどう見ても人間側として参加したようには見えない。そして彼女がどんなにいい人だろうと、人間に敵対するのであればこのまま帰す訳にはいかない。
「こいつを助けて、いずれ魔族軍に混ざって人間を攻撃することになるのもそれはそれで嫌だ」
俺が冒険者や兵士であれば彼女の素性を暴いて殺すのかもしれないが、俺はそこまで冷酷な決断は出来なかった。
「分かりました。でしたらどうにか彼女の警戒を解いて事情を聴きだしましょう。先ほども、私たちが助けたと知ったら私たちに敵意を向けるのを躊躇していましたし、根は悪い人ではないのかもしれません」
悩む俺に、ミリアは優しく折衷案を提示してくれる。
「そうだな。何も知らないままじゃ、治療して帰すのも出来ないしな。ありがとう」
「いえいえ、アルスさんのそういう優しいところに私も救われましたので」
そう言ってミリアは屈託なく笑う。俺はそんな彼女に勇気づけられた。
「うぅ……何かいい匂いがする」
それから二時間ほど眠った末、少女は再び目を覚ました。
その間にミリアはキッチンで料理をしており、ビーフシチューのいい匂いが少女の鼻腔をくすぐる。
「おはようございます。具合はどうですか?」
少女の覚醒に気づいたミリアが少女に声をかける。先ほどあそこまで敵意を見せたのに関わらずここまでの好意を見せられ、少女は少し戸惑った様子を見せる。
「いや……まだ少し痛むが、おかげで大分良くなった」
「そうですか。ではお腹が空いているでしょうしご飯でもいかがでしょうか? ちょうどシチューが出来たところなんですよ」
「……何が入っているか分からな、いや、作ってくれたのならいただこう」
反射的に毒を警戒したが、他人の悪意に敏感な彼女はすぐに、毒など盛らなくても俺たちが彼女を殺そうと思えばすぐに殺せたということに思い至る。それなら警戒するだけ無駄というものだろう。
そんな彼女がいるベッドに、ミリアはシチューをよそった深皿を木のトレーに載せて持っていく。そしてスプーンで一口掬うと、ふーふーと息を吹きかけて冷ます。
「ではどうぞ」
「お、おお」
まるで自分の子供を看病するようなミリアの行動に少女は困惑しつつも口を開く。ミリアはその口に優しくシチューを運ぶ。少女はそれをゆっくりと咀嚼した。
「どうでしょう?」
「うむ、まろやかなシチューに、口の中でとろけるような肉の煮込み具合……うまい、もう一口くれ」
「お口に合ったようで良かったです」
ミリアはほっと息を吐き、次の一口をスプーンで運ぶ。
「うまい、よしこれなら自分で食べる」
そう言って少女はミリアの手からひったくるようにスプーンを受け取ると、残りのシチューをがつがつと口に運ぶ。よく食欲と体調は連動するというが、今の彼女はまさにそれであった。
俺は自分が出る幕がないことに少し寂しくもなりながらも二人を見守る。




