四天王ガウゼル
そんな中、軍勢の一角に一か所だけ、ドーム状の魔力の防壁で守られているところがあった。その魔力は俺やミリアと比べても遜色ないものだ。おそらくこの防壁を張っているのが軍勢のボスだろう。
そう考えた俺はエアロ・ブラストが吹き荒れる上空から近づくと、挨拶代わりに昨日までに用意していた「アンチマジック・ボム」と名付けたマジックアイテムを投げ込む。これはその名の通り魔力を打ち消す術式を込めて作った爆弾だ。
エアロ・ブラストの嵐で俺の接近に気づかなかったのだろう、爆弾はドームに着弾し、派手な爆発音を立てて爆発した。その瞬間、これまで防がれていたエアロ・ブラストが一気にドームの中に降り注ぎ、中の魔族を襲う。ドームの存在に安心していた下級魔族たちはなすすべもなく吹き飛ばされていく。
が、そんな嵐の中から悠々と翼をはためかせながら飛翔してくる人影があった。見た目は人間だが、黒々とした翼を生やしており、エアロ・ブラストの嵐を浴びても特にダメージを受けている様子はない。
「我が名は魔王軍四天王の一人、叡智のガウゼル。お前が単身我らに挑んだ愚かな人間か」
ガウゼルと名乗った男は黒いシルクハットを被り、漆黒のマントで体を包んでいる。他の魔族と違い体格は翼を除けば大したことはない。ということは魔法をメインにして戦うタイプだろうか。
「そうだ。俺は別に使命感を持って魔族討伐に来た訳じゃないから、尻尾を巻いて帰るというのであれば見逃してやるぞ」
「何だと? 我らを愚弄するのか。そもそもお前は何者だ!?」
急に名前を訊かれて俺は一瞬悩んだ。
とはいえ、ここで名乗ったうえでこいつを倒して魔族に変な恨みを抱かれても困る。
「お前程度に名乗る名などないな。俺は魔王以外に名乗るつもりはない」
「貴様、舐めやがって! ステルスバインド!」
俺の言葉に激昂したガウゼルが魔法を唱える。俺はただ名前をごまかしただけなのだが、挑発だと受け取られてしまったらしい。
ガウゼルが唱えた魔法は空気中の魔力を操り相手を拘束するという魔法だ。通常魔法というのは自分の体内にある魔力を使って発動するものであるため、空気中の魔力を使用するこの魔法は非常に難度が高い。
だがどれだけ難度が高かろうが、俺相手に魔法勝負を挑んだ時点で相手の勝ちはない。
「逆詠唱・ステルスバインド」
俺はあえて相手の土俵に乗ってやることにして、魔法で応じる。
逆詠唱というのは相手が発動した魔法の術式と全く逆の術式を展開することで魔法の発動を相殺するという呪文である。
ガウゼルが放ったステルスバインドは発動する直前、たちどころに消滅した。
「何だと!? 我が魔法を一瞬で見切るとは」
ガウゼルは愕然とする。逆詠唱は魔法の性質上、相手の魔法を完全に把握していなければ使えない。しかし俺は別にガウゼルの魔法を一瞬で見切ったのではなく、ただ古今東西の魔法に精通していただけだ。
とはいえ、せっかく勘違いしてくれたので乗らない手はない。
俺はガウゼルにあえて挑発的な言葉を投げつける。
「お前程度の魔法を見切るなど、一秒で十分だ」
「おのれ……ファイアスピア・サウザンド」
ガウゼルは炎属性の初級魔法であるファイアスピアを同時に千本撃ちかけてきた。逆詠唱は複雑な呪文であるため、魔法を大量に起動されると使えない。
しかし初級魔法であればどれだけ数があろうと大したことはない。
「アンチマジック・ボム」
俺は先ほども使った魔道具を目の前で爆発する。爆発に巻き込まれた炎の槍は全てかき消されていった。
逆にアンチマジック・ボムは範囲が広い代わりに高度な魔法を打ち消すことは出来ないことがあるので、使いようである。
「おのれ貴様……!」
自慢の魔法を二回とも打ち消されたことに腹を立てたのか、そう叫ぶや否やガウゼルは今度はローブの中から剣を抜く。俺は剣技には全く自信がないので、実は普通に剣で斬りかかられるのが一番困ったりする。
もっとも、それを補うためにわざわざ魔道具を作って来た訳であるが。
「アンチマテリアル・ボム」
俺は突っ込んでくるガウゼルに別の爆弾を投げつける。こちらは先ほどの逆で魔法ではなくどんな物質でも粉砕する火力を持った爆弾だ。それを見たガウゼルは慌てて防御魔法を詠唱しようとする。
だが、そうなればこちらのものだ。
「パーフェクト・シールド」
「逆詠唱、パーフェクト・シールド」
相手が超級防御魔法で防ごうとするが、すかさず俺はそれを逆詠唱で打ち消す。パーフェクト・シールドはあらゆる物理攻撃を防ぐ魔法であるが、発動しなければ意味がない。
次の瞬間、ガウゼルの鼻先に飛んでいったアンチマテリアル・ボムが爆発する。
「ぐわあああああああああああああああああああ!」
ガウゼルはどうにか剣で爆発を防ごうとしたが、彼の魔剣(おそらくそれなりに強い)は無残に破壊され、さらにガウゼル自身も爆発に巻き込まれて重傷を負い、その場に倒れる。
「覚悟!」
そこで俺は切り札に用意していた魔導剣を抜く。これは持ち主の魔力を物理的な威力に変換するという魔術師用の剣だ。並みの人間が使っても大したことはないが、魔力がある俺が使えば一般人並みの肉体しかない俺でもすさまじい威力となる。
「人間の剣技になど負けるか!」
避けきれぬと悟ったガウゼルは右手を突き出すと、突然右手に硬質の鱗が生えてくる。こいつは普段は人型をとっているものの、実は何かの魔物なのだろうか。そして鱗で俺の一撃を受け止めようとした。
「馬鹿め! 一か八か避ければ生きていたかもしれなかったものを!」
が、どれだけ固い魔物の鱗でも俺の魔力を吸って威力が跳ね上がった魔導剣はまるで野菜でも斬るように切り裂いていく。剣の勢いは止まらず、そのままガウゼルの胸を貫く。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああっ!」
心臓を切り裂かれたガウゼルは耳をつんざくような断末魔の叫びをあげてその場に倒れた。
ガウゼルが倒れたのを見て他の魔物たちは先を争って逃亡に移った。元々ミリアの魔法で一方的に苦戦していた魔物たちである。最強戦力であったガウゼルが倒れると勝ち目がないと考えても無理はない。
エアロ・ブラストの嵐が収まり生きていた魔物たちが逃げていくと、そこには体中に風穴が空いた魔物たちの死体が大量に転がっている。敵とはいえ、凄惨な光景に少し身震いしてしまう。




