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王女の献身

「そうだ、寝るところはどうしよう?」


 夕飯を食べた後になって今更ながら俺は気づく。ミリアが俺の元で暮らすというのであれば当然寝床が必要になる。

 俺はまさかこんな山奥で誰かと暮らすことになるとは思っていなかったので家の広さは一人暮らし用に作ってしまった。前回はミリアの体調が悪くてそれどころではなかったが、こうして改めて一緒に過ごすとなると困ってしまう。


「いきなり押しかけてしまったのは私ですので、それはどこでも」


 ミリアの性格上、こう答えるのは分かり切ったことなので少し申し訳ない気持ちになる。とはいえ、外も暗くなってきたので今から家をもう一軒建築するのは大変だ。


「ベッドは用意するから今日は同じ部屋で我慢してくれ」


 王族であるからというよりは、これまでずっと一人で暮らしていたミリアに対して少し申し訳ないと思いつつ提案する。俺も最初は他人と同じ部屋で寝ることに抵抗があったが、工房で雑魚寝するうちに気にならなくなっていた。


「ありがとうございます。しかし“今日は”ということは今後別になるということでしょうか?」

「そうだ。明日には新しく部屋を作ってそっちに住んでもらおうと思う」

「部屋を!? 部屋ってそんなに気軽に作れるものなんですか!?」


 ミリアは目を丸くした。


「気軽にではないが……まあ一日あれば大丈夫だ。そもそもこの家だって俺が建てた訳だしな」

「確かに」


 ミリアは頷きながら室内を見回す。俺が建てたと思って見ると、普通の家でもすごく見えてくるのだろうか。そんなにまじまじ見られると恥ずかしくなってしまうのだが。


「とはいえベッドはどうするんですか?」

「見るか?」


 俺は外に出ると家の側に積んである余った木材のところまで歩く。

 家は無理でもベッドぐらいなら余っている木材でどうにかなるだろう。


「クリエイト・ベッド」


 俺が唱えるとばらばらだった木材はたちどころにベッドの形になっていく。


「そんな一瞬でベッドが作れるなんて……本当に何でも作れるんですね」

「賢者の石に比べればよっぽど簡単だぞ」


 俺は何気ない冗談のつもりで言ったのだが、ミリアは事件を思い出したのか少し沈黙してしまう。

 気まずい空気になりかけたので、俺は慌てて話題を変える。


「そ、それより運ぶのを手伝ってくれ」

「分かりました、ウィンド!」


 ミリアが叫ぶと突如ベッドが浮き上がる。俺とは違う方向性で十分すごいと思うのだが。

 ミリアは浮かせたままゆっくりと家の中に運ぶ。室内には中央にテーブルやイスがあり、端の方にベッドや棚などがあり、ベッドを置くほどの空きはない。


「どこに置きましょう?」

「悪いけど俺のベッドの隣でいいか?」

「はい」


 彼女はベッドをするすると浮かせると器用にテーブルの上を飛び越えて俺のベッドの隣に配置した。幸い布団はラザルが持ってきた荷物の中に予備が結構あったのでそれを使って寝ることにする。


 しかしいざ横になると、すぐ横にミリアのような美少女が寝ているということをどうも意識してしまう。そのせいか、疲れているのにしばしの間目が冴えて寝付けなかった。

が、ミリアの方は疲れていたのかすぐにすうすうと寝息を立て始めたので、やがて俺も眠りに落ちていった。




 夢を見た。


 夢の中で俺は追放される前のように工房で何かの研究をしていた。そこにはクルトや他の弟子たちもいて、俺たちは和気あいあいと何かの話で盛り上がっている。


 夢の中の登場人物としての自分と視点としての自分が完全に分離してしまう現象だろう、夢の中の俺と夢を見ている俺は全くの別人物だった。


「おい、そいつは裏切り者だ! 気づいてくれ!」


 俺の意識は必死で呼びかけるが、夢の中にいる俺は俺の呼び声に全く気付かない。


「実は今日、師匠に報告があるんですよ」


 唐突にクルトがそんなことを言う。俺は嫌な予感がしたが、夢の中の俺は無邪気に「何だ急に?」などと訊き返している。


 するとクルトは笑顔で言い放った。


「僕たち、実は師匠のことは大嫌いなんです。錬金術の能力があるから我慢してついてきていただけで。でもそれも今日で終わりです」


 そう言ってクルトはナイフを取り出す。それに合わせて他の弟子たちも口々に「実は俺も」「もううんざりだ」などと言いながらナイフを取り出す。


 他の弟子たちは俺のことをそんな風には思っていなかったはずだし、そもそもナイフというのが何の脈絡もない。これは夢特有の出鱈目な妄想だ。

 そうと分かっているのに、俺は震えが止まらなかった。

 夢の中の俺も驚いたのか何も出来なくなり、クルトがナイフを振り上げるのをぼーっと見つめている。


「さよなら、師匠」


 そう言ってクルトがナイフを振り降ろす。

 その瞬間、俺の意識は恐るべき吸引力で俺の身体に吸い寄せられる。そして俺の体と同化した。そんな俺の目の前に残虐な笑みを浮かべたクルトのナイフが迫る。



「うわあああああああああああああああああああああああああ!」



 俺は叫び声を上げながら飛び起きた。

 全身にびっしょりと汗をかき、俺は荒い息をしている。よほどの大声を上げてしまったのだろう、隣で寝ていたミリアも驚きの目でこちらを見ていた。

 それを見て俺は少し罰が悪くなる。


「声を出してしまっていたか? 起こして悪かったな」

「……いえ。悪夢、よく見るんですか?」

「いや、追放されたときの道中はよく見たがこっちに着いてからは初めてかもしれない。もう忘れたと思ったんだが」


 まだ鼓動はばくばくと音を立てていたが、出来るだけ気にしていない風を装って言う。

 俺の言葉にミリアは少し考えこむ。そして遠慮がちに言った。


「もしかしたら私のせいかもしれません」

「どういうことだ?」

「これは推測ですが、おそらくアルスさんは例の事件で身近な人に裏切られることがトラウマになってしまったんです。一人でいるときは何もないのですが、私が傍で寝てしまったばかりにそれが再発してしまったのではないかと」


 ミリアが少し暗い顔で言う。もしかしたら自分のせいかもしれないことを気にしてしまっているのかもしれない。


 俺は、違う、と言いたかったが確かにミリアの推測は理にかなっている。実際追放の道中で護衛の兵士と同室で寝た時も何度か悪夢を見た。あれだけのことがあった以上無意識に他人への恐怖が残っていて、眠っている最中という自分が最も無力な時にそれが噴き出すのかもしれない。


「き、きっと偶然だ」


 もしそれが本当ならミリアは出ていく、と言うかもしれない。

 別にミリアが本心から出ていきたいと言うのであれば構わないが、俺に遠慮して出ていくのは嫌だった。

 だが、ミリアの口から出た言葉は俺の予想を上回るものだった。


「そうかもしれませんが、そうじゃないかもしれません。あの、もしアルスさんが望むのであれば私は精霊契約を結んでも構わないです」

「精霊契約って確か、精霊術師が精霊と結ぶやつだよな」


 精霊に対して術師の魔力を分け与える代わりに精霊は術師の意のままに動くようになる、そんな術だった気がする。要するにそれを結ぶことで俺はミリアを無意識下であろうとも警戒しなくても済むことになるという提案だ。


 確かに精霊契約を結べば俺の隣でミリアが寝ていてもうなされることはなくなるだろう。

 とはいえさすがにはいそうですかと頷けるものではない。


「でもミリアは人間だろう?」

「はい。しかし私に精霊としての性質を付与することは出来ます」


 突拍子もない言葉ではあるがミリアは至極真面目だ。剣に炎属性の性質を付与、するというようなものの延長なのだろうか。

 ミリアほどの精霊魔術の使い手ならそれも出来るのかもしれない。


「そうすれば私の力で精霊契約を結ぶことは出来るはずです。そしたらアルスさんのトラウマも治まるはずです」


 確かに今の悪夢がミリアの推測通りであるなら、それは理にかなった対処法だ。

 しかし精霊契約を結べば俺とミリアの関係は対等なものではなくなる。


「でもいいのか、ミリアは」

「はい、アルスさんは命の恩人ですので。それに、仮に恩を全部返し終わったとしても一緒にいたいと思える方です」


 ミリアは静かに、しかしはっきりとそう言ってくれた。

 そこまではっきりと言われては俺の心も決まってしまう。


「分かった。それなら精霊契約はやめておく」

「どうしてですか? 私に対する遠慮ですか? でしたら、」


 ミリアが反論しようとするが、俺はそれを遮って言う。


「いや、違う。もちろん遠慮はあるが、ミリアがそこまで言ってくれているなら俺もそういう術とかは使わずに、自分でトラウマや他人への恐怖を克服したいんだ」


 俺はしっかりとミリアを見つめ返して言う。するとミリアは俺の答えに微笑んで言った。


「分かりました。そこまでの決意でしたらこれ以上は言いません。自力で過去を克服できるよう応援しています」

「ああ。ただ、もしまた今日みたいにうなされて起こしてしまうことになったらすまない」


 こうして俺は再び目をつぶった。


 しばらくの間はまた悪夢を見るのではないかとなかなか寝付けなかったが、やがて夜も遅くなると自然と意識が遠のいていった。


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