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王女の恩返しⅡ

「さて、せっかくおいしそうなトマトが育ったことですし、これで料理しましょうか」

「頼む。自分でやるといまいちうまくいかないんだ」

「お任せください。とはいえ、まずは何があるか把握するところからですね」


 そう言ってミリアはトマトをいくつか収穫すると、俺の家に入っていき、まるで自分のキッチンのように食材を物色し始める。その様はいきいきとしていて、王女というよりは料理人の娘だったんじゃないかと思えてくるほどだ。


 しかし普通は姿を見ることすらも難しいと言われる精霊を軽々と使役し、魔法を使わせる力はただものではない。オルメイア王家の血を引く者は優れた魔法の才能を発揮することが多いと言われる。俺も魔法には自信があるが、それは生まれ持った魔力というよりは知識や技術で魔力の使い方を効率化したに過ぎない。


 そう考えるとやはりミリアは誰よりも王族らしく、そんなミリアが楽しそうに料理をしている姿はやはりアンバランスだった。


「出来ました」


 そんなことをしばらく考えていると、すぐにミリアが皿に盛りつけた料理を持ってきてくれる。見た目はトマトと鶏肉を調味料であえたものに香草をまぶしたものに見える。何か特別なことをしたようにも見えないし、こんなものがおいしいのか、と一瞬思ってしまう。


「意外とシンプルなんだな」

「トマトと言えばスープや煮物にしてもいいのですが、せっかくおいしいトマトが採れたので出来るだけ素材の味を生かしてみました」


 何にせよ食べてみれば分かる、と思った俺はトマトをひときれ口に入れる。さっぱりとした味付けであったが、なぜか普通に食べるよりも酸味が抑えられて甘味が引き出されている。しかも香草がまぶしてあるせいか、さっぱりしていて口の中をさっと駆け抜けていくような爽やかさがある。そしてトマトも精霊の力を使って育てられたからか、噛むと口の中全体に甘味が広がる。


「これは……うまいな」


 気が付くと、俺は次々とトマトを口に運んでいた。元々野菜が大して好きな訳でもないし、どちらかというと肉やパンの方が好きだったが、それでもフォークを動かす手が止まらなかった。気が付くと、皿の上の料理は全てなくなっており、テーブルの脇でミリアがにこにこと満足そうな笑みを浮かべている。


「いやあ、うまかった。短時間だったのにまさかここまで変わるとはな」

「そう言っていただけて嬉しいです。どうしましょう、このまま夕食の用意もしましょうか?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」


 とはいえ、今育てたばかりのトマト以外は大した食材はない。ラザルが持ってきてくれたものも、パンや干し肉、根菜など日持ちのするものが多い。限られた食材でどのようなものを作ってくれるのか、という興味が俺にはあった。


「それなら俺は水を汲んでくる」


 ミリアにだけ働かせて自分が何もしないのも居心地が悪いと思い、俺は近くの川に水を汲みにいった。


 水汲みから戻ってしばらくすると、キッチンからいいにおいが漂ってくる。そしてミリアが熱々の鍋からよそったシチューとパンを持ってきてくれた。


 確かにポテトなどの根菜を食べるのであればシチューのように煮込んで食べるのがいいと思うのだが、それは俺も考えて前につまずいたことがある。ラザルが持ってきてくれたものの中には日持ちしないせいかミルクは入っていなかったのだ。


「そのシチュー、どうやって作ったんだ? 俺も前に作ろうとしてミルクがなくて諦めたんだ」

「これはミルクではなくチーズを使ったシチューなんです。なのでアルスさんが食べ慣れているものよりも少し濃厚な味わいだと思いますよ」

「なるほど」


 俺はミリアがテーブルにつくと、息を吹きかけながらシチューを口に入れる。確かに今まで俺が食べたことのあるシチューよりも味が濃いような気がした。


「すごいな、チーズでもシチューは作れるのか」


 続いて中に転がっている野菜や肉を口に入れていく。

 俺が自分でスープを作ったときよりもちょうどよく火が通っており、噛むとちょうどいい柔らかさになっている。俺がやるとどうしても固いままか、煮崩れているかのどちらかだったというのに。


「すごいな、味付けといい、火加減といいよくここまでうまく出来るな」

「それこそ錬金術と同じように知識と技術ですよ」

「そうか? 俺は何度やってもうまくいかないんだが」

「それは知識が足りないからじゃないですか? 例えば、全部の具材を一緒に入れて煮ていません?」

「え、違うのか?」


 確かにこれまでそんなことは考えたこともなかった。


「はい、食材によって火の通りやすさは全然違いますから。もっとも、その辺はどんな切り方をするかとか火加減によっても変わりますけどね」

「なるほど」


 言われてみればその通りだ。勉強するときも最初は本を読むのと同じように、料理も最初にある程度の知識は必要なのだろう。


「それから、そのパンですがシチューに浸して食べてみてください」


 このパンも俺が最近毎日食べている何の変哲もないパンだ。何ならすでに少し飽きているぐらいだ。俺はパンをちぎってシチューに浸し、口に入れる。


 すると、シチューで柔らかくなったパンが濃厚な味わいと合わさって口の中でとろけるような食感になる。


「すごい……このパンがまさかここまでおいしいと思う日が来るなんて」

「いつも食べているものでも食べ方一つで結構変わるものですよ」


 そう言ってミリアも自分の分をおいしそうに食べている。また、残った分を空の器に取り分けていた。あれは精霊用だろうか。

 俺は心底彼女が来てくれたことに感謝するのだった。

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