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翌朝

翌朝

「……大丈夫ですか?」


 そんな声とともに俺の意識が覚醒へと向かう。そう言えば昨夜は石の処理を行ってそのままテーブルで寝込んでしまっていた……と思ったところで違和感に気づく。俺は座ったまま寝込んでしまっていたはずなのに、なぜか横になっている。体の下にはきちんと布団があり、頭の下には柔らかい感触がある。


「あ、ああ」


 俺が目を開けると、その上には心配そうなミリアの顔があった。それを見て俺は彼女に膝枕されていることに気づく。慌てて飛び起きようとしたが、ゆっくりと手で制されてしまった。

 そして逆に、ミリアの方が申し訳なさそうな表情をする。


「しばらくは横になっていてください。その、すみません、昨晩は急に倒れてしまって」

「そんなことはない。むしろあの石の呪いにかかってよくここまで歩いてこられたな」

「精霊の力を借りてやっとのことで歩いてきたという感じです。しかし呪いはやはり石が原因だったのですね」


 あの呪いを受けてここまで来られたということはミリアの力もなかなかのものだということだろう。

 そう言い終えたミリアは少し悲しそうな表情になる。姉に渡された石のせいで呪われたのだから悲しむのもやむをえないだろう。問題は誰がどこまでそれを意図していたのかということだ。


「まあな。もっとも、あの石を渡したコールとかいう小役人がどこまで事情を理解していたかは謎だが」

「はい。しかしアルスさんは呪いは大丈夫でしょうか? そして私がベッドを奪う形になってしまって申し訳ありません」


 ミリアは俺が眠っていたのを呪いのせいではないかと思っているらしい。それにしても彼女は王族の生まれなのに腰の低い人物だ。もしかすると人間よりも精霊とばかり交流しているせいかもしれない。魔法の才能は王族に遺伝するが、精霊と交流する時は王族の地位は役に立たない。


「いや、俺はただ魔力を使い過ぎて疲れただけだ。今のところ呪いにはかかっていない」

「ということはもしや、無傷であの石を封じ込めることに成功したということでしょうか!?」


 ミリアの表情が驚きに染まる。

 そうか、ミリアからすれば俺が代わりに石の呪いにかかったように見えて心配をかけてしまったのだろう。


「まあそうなるな。もっとも、一時的に力を封じただけでそのうち魔法は解けるだろうが」

「いえ、私では石がどういうものか解析することすら出来なかったので」


 そう言ってミリアは肩を落とす。

 精霊魔術に自信があったミリアからするとショックなのだろう。


「それは仕方ない。というのも、あの石は元々闇の力で出来た石を無理やり精霊魔術でコーティングして造られたものだ」

「それなら私にもそうと分かるはずですが」

「これは推測だが、恐らく精霊魔術も闇の魔力にあてられて変質してしまったのではないかと思う。それなら魔力が漏れ出ていたことの理由にもなる」

「なるほど、そういうこともあるのですね」


 通常、魔力はそう簡単に変質するものではないがあの石の力は通常の論理で推し量れるものではなかった。本当に王家の宝物庫からミリアの呪うために引っ張り出してきたものなのかもしれない。


「もっとも、俺も力づくでどうにかしただけで詳しい原理が分かっただけではないが」

「いえ、それでも十分尊敬します。私はこれまで精霊魔術においては国で負ける者はいないと思っていましたし、今も自信を失った訳ではありませんが、それだけを極めても実用出来なければ意味がないのですね」


 そう言ってミリアは俺のことを尊敬の眼差しで見つめる。確かに錬金術師は魔術の実用という点では右に出る者はいない。しかし膝枕されている関係上、間近から見つめられると少し気恥ずかしい。


「あと、私が倒れた後看病していただいたようでそれもありがとうございます」

「お、おお」

「それと……服のことも」


 そう言って彼女は少し表情を赤くして俯く。彼女の言葉で俺も昨夜服を着替えさせたことを思い出してしまい、俺も恥ずかしくなる。


「あ、あれはあくまで看病しただけだ。全く特別なことじゃない」

「いえ、助けていただいたのはこちらなので気にしないでください」


 そう言ってミリアは邪気のない表情で笑う。とりあえずそう言ってもらえたのであれば俺としては言うことはない。


 (それに、アルスさんになら嫌じゃなかったですし)


 さらにミリアが小声で何か言ったような気がしたが、うまく聞き取れなかった。


「ところでこの後はどうする?」

「そうですね、やはり一度王都には戻ろうと思います。この石も、返さないといけないですし」


 返して大丈夫なのか、と一瞬俺は心配になったが元々王宮にあって大丈夫だった以上、元の保管方法に戻した方が安全なのかもしれない。


「そうか、色々な意味で気を付けてくれ」

「はい、ありがとうございました。今は何も持ち合わせがありませんが、戻ったら必ずお礼しますので待っていてください」

「そうか? だが、俺と関わっていることが分かると色々問題になるし、無理しない方がいいんじゃないか?」

「それは大丈夫です。私がしたいようにするだけなので」


 彼女は何か吹っ切れたように言った。何をどうするつもりなのかは分からないが、やりたいようにやってくれるなら俺があれこれ言うものでもないだろう。それに彼女は結構頑固な性格であることも分かっていた。


 この時俺は、彼女の言うお礼を「金か何かいい物を送ってくれるのだろう」ぐらいに軽く考えていたので軽く頷いてしまう。


「それなら大したものはないが何か持っていくか?」

「いえ、路銀は十分にあるので足りないものがあれば途中で買います。大荷物も持てませんので」


 言われてみればそれはそうだ。金さえあれば馬車に乗って安全な宿に泊まって帰ることが出来る。俺は少しだけ寂しさを覚えたが彼女を見送ることにした。

 こうして彼女は来たときと同じように小さい荷物一つ持って家を出ていったのだった。


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