終わりの始まり
「とうとう出来た……」
俺は手の中の紫色に光る宝石を見て感慨に震えた。拳大の石は錬金術の秘奥を全て結集して造られた叡智の輝きを発してきらきらと輝いている。
「やりましたね! これでもうこの国は魔物の脅威に悩むことはありません!」
傍らで頷くのは俺の一番弟子のクルトだ。その様子にはやはり感動がにじみ出ているように見える。
俺はオルメイア魔法王国の宮廷錬金術師アルス。弱冠十三歳という歴代最年少にして宮廷錬金術師に任命された俺は様々な期待や嫉妬を受けながら研究を行ってきた。特にこの一年、俺は生活のほぼすべてをこの“賢者の石”の開発に捧げてきた。
“賢者の石”というのは膨大な魔力を含んだ魔道具で、王国全土に魔物避けの結界を張り巡らせるという世紀の発明品だ。俺の持てる知識を全て使い、王国の力で最高の素材と研究設備を整え、それでも何回も失敗を繰り返しながらようやく完成させた珠玉のものだ。
ここオルメイア魔法王国は西に魔王と呼ばれる強大な力を持つ魔族が暮らす土地と接しており、長らく魔族と戦い続けてきた。戦っている兵士が傷ついただけでなく侵略された村では畑を踏み荒らされ、男は殺され女は連れ去られた。
だが、それももう終わりだ。この石が実用化されればこれから魔族はこの国に入ってくることは出来なくなるだろう。
「やった、俺はついにやったんだ……」
そう叫ぶと急に全身が眠気に包まれる。思い返してみれば石が完成に近づいてからは興奮のあまり睡眠どころではなかった。だからここ数日俺は一睡もしていない。が、完成による達成感と安堵によりその緊張の糸が一気に解けたのだろう。一度心ゆくまで眠って、その後王宮に石を献上しにいこう。
そう思った次の瞬間、俺の意識は途絶えていた。
「ふわぁ~、よく寝た」
夢も見ずに熟睡した俺はゆっくりと目を覚ます。
昨日石が完成したのは夕方ごろだった気がするが、すでに日も高く昇っている。俺は疲れと安堵と達成感で半日以上も眠り続けていたらしい。しかも工房でテーブルに突っ伏してしまったため、身体が痛い。そして寝すぎてしまったためにしばらく意識が鈍い。
俺は朝食を食べて服を着替えると石を持って報告に行こうとする。が、そこでふと石がなくなっていることに気づく。
「あれ、どこ置いたかな。おーい、クルト」
完成した喜びと疲労により昨日の記憶は定かではない。どこか変なところに置いたまま眠ってしまったのかと思いつつ資料や素材が乱雑に散らかっている自室を探し、クルトを呼ぶ。が、石は見つからないしクルトもやってこない。
何か変だな、と思うがこの時は単純に部屋が汚いせいだと思っていた。俺は一度研究に熱中すると他のことに手がつかなくなる性格なので、工房内には実験道具や資料、それから食事の残りなどが散らかっている。
少し探しても石は見つからず、やがて俺はトイレに行くために工房を出る。
本来工房の外に俺や弟子たちの部屋はあるのだが、最近は工房から一歩も出なかったので工房が実質的な家のようになっていた。
工房から一歩出ると、ふと外で弟子たちが何気ない会話をしているのが聞こえてくる。彼らは俺の弟子の中でも比較的歴が浅く、賢者の石の研究には携わっていない者たちだ。
「いやあ、まさかクルトさんが賢者の石を発明するとは思わなかったな」
「確かに。俺は絶対アルス師匠が先だと思っていたが」
「世の中何があるか分からんな」
俺は弟子たちが何を話しているのか理解出来なかった。
しかし、意味は分からなくとも全身を嫌な予感が駆け巡る。
「おい、どういうことだ!?」
俺は雑談をしている二人にくってかかる。いきなり血走った目で話しかけてきた俺に対して二人はぎょっとした表情になる。
「ど、どうしたんですか? ほら、今朝から話題になってるじゃないですか、クルトさんがついに賢者の石を発明したって」
「ていうか師匠もずっと一緒に研究してたじゃないですか」
「何で師匠が知らないんですか?」
二人は何を当然な、とでも言いたげに答える。
が、もしこの二人の言っていることが本当なら聞き捨てならない。俺は二人の胸倉を掴む勢いで尋ねる。
「何だと? それは本当か!?」
すると一人が呆れた顔で言った。
「本当も何も……今朝がたクルトさんが石を持って王宮へ報告に行ってたじゃないですか」
「違う、確かにあいつは俺を手伝ってくれたが、開発したのは俺だ!」
叫ぶなり俺は王宮に駆けだした。
後ろからは「え、嘘?」と戸惑いの声が聞こえてくるが知ったことではない。
クルトは弟子の中でもとりわけ研究熱心で、唯一賢者の石研究についてこられた人間だ。他の弟子では言い方は悪いが、いても邪魔になるだけだった。クルトも俺と同じように睡眠時間を削って過酷な研究に付き合ってくれていたが、まさかそれが手柄を横取りするためだったとは……。
そんな兆候がなかったか、と思い返してみるが石のことにしか意識を向けていなかったので彼のことは何も思い出せない。
「くそ、だが落ち着け。客観的に見れば俺の発明であることは明らかだ。第一王女殿下に言えばすぐに分かってもらえるはず」
この国は魔法王国と呼ばれるように魔法の研究が盛んで、王族といえども各自何等かの魔法の知識を持つよう教育されている。そして第一王女のエレナは錬金術に詳しいため、俺とクルトの知識の差を披露すればクルトに賢者の石が発明出来ないことぐらいすぐに分かるはずだ。
そう考えて俺は王宮へと急ぐのだった。