少年と鍛冶師
「なあアンタ、剣の覚えとかはあんのか?」
「俺はレージだ。剣はまぁ、多少な」
「あんま強そうには見えないけど……腕はどうなんだ?」
「どうだろうなぁ」
依頼者の少年アレンは、疑わし気な目を向けてくる。
それも無理はない。何せ折り目正しい騎士団の制服はもう着られねえ。
上着はよれた白シャツに擦れの目立つ深紅のベスト。
黒のズボンとブーツの上に、”昔”使ってた外套を引っ張り出してベルトで腰に巻いただけ。
そのうえ雑な寝ぐせ頭とくりゃ、頼りなく感じるのも無理はねえ。
「なんて言うか、気ぃ抜けすぎなんだよな……顔が」
やっぱりこのガキは川に放り込もう。
生意気なガキにタックルを叩き込もうと、腰を落とすと――。
「見えたぞ、あれが俺ん家だ」
「……鍛冶屋か。なんだよ、雑用が欲しかったのか? ……ってアレン? どうした?」
「あいつら……っ」
店の前では、見るからにタチの悪そうな五人の男たちが店主に詰め寄っていた。
「なんだあれ」
「流れの傭兵だよ。最近ここらでめちゃくちゃやってる。ウデが立つから誰も文句を言えないんだ」
見れば男は、下卑た顔で店主に圧をかけている。
「なぁ、そろそろいいだろ? 一本だけでいいんだからよォ」
「何度来ても同じだ。お前たちに剣は打たない」
しかし店主は突き放す。
「そう言うなよ。アンタならミスリル鋼を使った剣でも上手く打てんだろ?」
「できるできないじゃない。やらねえって言ってんだ」
五対一。それでも正々堂々とした態度を取る店主に、アレンは誇らしげな顔をする。
「父ちゃんは腕のいい鍛冶師なんだ。でも、悪人のために剣を打ったりはしねー。それがオレの、父ちゃんの誇りなんだ」
一歩も引かない店主に、男は「チッ」と舌打ちをする。
「あー、そうかよ。おい、引き上げんぞ」
それから何やら店主に耳打ちすると、踵を返した。
「明日また来る。そん時までに覚悟決めとけ」
そう言い残して男たちは立ち去っていく。
「さすが父ちゃんだ!」
一方アレンは、引き上げて行く男たちを見て嬉しそうにこぶしを握ってみせる。
「……なあアレン」
「なんだ?」
「俺に、あいつらと戦わせようとしてたのか?」
「無職にそこまで期待しねえって。今日はあいつらが来そうだったから、大人が増えるだけでも助かると思ってさ。もちろん、何とかしてくれりゃそれが一番だけどな」
「なるほどねぇ」
「でもオレは、誇りを守るためだったら戦うぞ」
そう誇らしげに言って、男たちが去った後の店に向かって駆け出して行く。
「父ちゃん!」
「……アレンか。そっちの人は?」
「こいつは、ええと……無職だよ」
「誰が無職だ」
「……違うのか?」
「無職だよ」
◆
「アレンが悪かったね」
「別にいーっすよ。こんな無職に夜飯を食わせてくれた上に、屋根のあるところで寝かせてくれるってだけで十分助かってるんで」
アレンが眠ると、俺は親父さんと鍛冶場で話し始めた。
「……この剣も、親父さんが打ったんすか?」
作業台に置かれたアレンの剣を手に取り、問いかける。
「ああ、俺だ。まだガキだからなアイツは」
なるほど、だからこの剣には刃がないのか。それでいて意匠はカッコいい。
危なくないけど男ならついワクワクしちまう。そんな、いい剣だ。
「守るための剣で、家族がケガしちゃ意味がねえからな」
そう言って親父さんは笑ってみせた。
「でも、仕事を選ぶ鍛冶師なんて実際に見たのは初めてっすよ」
「そうかい?」
「ずいぶんこだわりがあるんすねぇ」
そうたずねると、親父さんは不意に目を細めた。
「俺がまだフラフラしてた頃、ここアルテンシアに勇者ってヤツがやって来たんだ」
……勇者。
また、意外な言葉が出て来たな。
「他人の世界を守るためにモンスターと戦うなんてスゲー話だろ? そんなやつらが街の人たちを背にして戦うところに偶然鉢合わせてよ。そん時に思ったんだ。勇者に世界や仲間を”守る”ための剣を打ってやりてーってさ」
親父さんは、どこか恥ずかしそうに笑う。
「それからは寝ても覚めても剣ばっか打ってたよ。バカみてえな話だろ?」
「……そんなことねえっすよ」
首を振る。この店に並んだ剣はどれも良いものだ。
それはその思いのままに、研鑽を積んできた証だろう。
「あれから約十年。残念ながら、俺がいっぱしの鍛冶師になった時にはもう魔王は倒されてた。だから俺の打った剣を使ってもらう機会はなかったんだけどよ。それでも俺の意志は変わらねえ。たとえ生活がギリギリでも悪党に剣は打たない。それが……誇りだったんだ」
「誇り、だった?」
親父さんは大きく一つ、息をつくと――。
「……この仕事、受けようと思う」
静かにそう言った。
「どうして?」
「帰り際に言われちまったんだ。剣を打たなきゃアレンの命はないってな」
……脅迫か。
「あいつらは流れ者の元傭兵で腕も相当立つ。そんな猛者が十人もいるんだ。俺は、家族を守らないといけねえ」
「そんだけ強いヤツらだったら、騎士団に任せればいいんじゃないんすか?」
アルテンシアにそんな問題があるのなら、それこそ騎士団や魔術師団が動くべき話のはずだ。
それなのにどうして。
「聞いてくれるわけねえだろ。騎士団が下町住みの俺らの話なんか……」
親父さんは「何を今さら」みたいな感じで息をついた。
まさか……。
こういう話は、俺たちに上がってくる前に誰かが見て見ぬフリをしてんのか?
相手は元傭兵のつわもの達、付近の住民たちじゃ抵抗できない。
しかも騎士団に話は通らない。
だからアレンは、自分の剣を依頼料にしてまで橋の上で寝てた俺のところに来たのか。
親父さんの誇りを守ろうと、ワラをもつかむ思いで。
そんなことを考えていると――。
「……悪人に剣を打っちまうんだ、もちろんケジメは付ける」
そう言って親父さんは深いため息をつくと――。
「鍛冶師の仕事は……これで最後だ」
寂しげな背で鍛冶場を後にした。
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