橋の上と依頼人
「――――そんなわけで俺は、実はドスケベだった聖女様にイタズラされて少年が性に目覚めるみたいな展開が一番好きなんすよ」
「ど、どんなわけでなんだい? まったく意味が分からないんだけど」
俺の身の上話を聞いたおじさんが、困惑した顔をする。
十年前。まだ魔族との熾烈な戦いが行われていた頃、アルテンシアはその急先鋒だった。
そのため今でも、騎士団・魔術師団は共に戦線に立ち王都を守った誇り高き英雄とされている。
ここはそんな王都の往来。川にかかった橋の上。
「あ、もしかして姉貴の友達にノリでイタズラされて性に目覚める方がタイプっすか? それもいいんすけどねぇ」
「どうしてイタズラ限定なんだ……君、無職になったばっかりなんだろう? ちょっと慣れるの早すぎじゃない?」
組んだあぐらの前に置いた陶器のお碗は『なんか恵んでください』の象徴。
まだ銅貨の一枚も入ってないけど、俺は慌てない。
「何か、アテでもあるのかい?」
「もちろんっすよ。ほら、これ見てください」
「プラカード?」
そう、突然騎士団の宿舎を追い出された俺が持って来たのは、『なんでもします』と書いた木製のプラカード。
「こいつを持ったままこうして……」
あぐらを組んでいた足を崩し、俺はそのまま橋の上に横になる。
立てたヒジで頭を支えながら、空いた手でこうして看板を持ってれば……。
「そのうち誰か声をかけて来るってぇ算段です。ふ、ふあーあ」
「あくびまで……君は大物だなぁ。こんな人初めて見るよ……」
「離別の後は、出会いのターンがやって来るってのは相場で決まってんすよ」
「そうなのかなぁ……」
魔王討伐によって安全が確保された後、転移者の持ち込んだ文化は一気に広まっていった。
紙業や印刷の発展によって、今ではこの世界にもたくさんの『読み物』が発刊されてる。
そこでも、離別の後は出会いが来るって決まってんだ。
「いや、ちょっと待てよ……」
「どうしたんだい?」
「話の流れ的に聖女様が出てくる可能性もありますよ! 王宮を抜け出て来た聖女様との運命の出会いのパターンです!」
「よ、よくそんなにテンションを上げられるね。なんかおじさん怖くなってきたんだけど」
「こういうのはもう追放された時点で流れは出来てるんすよ! 一体何が怖いって言うんですか?」
「その出会いのターンって……おじさんと会ったことで終わっちゃった可能性はないのかい?」
「…………」
「大丈夫かい? なんか全身から汗が噴き出してきてるけど」
……ヤバイ、急に不安になってきた。
どうしよう。その通りだったらどうしよう!?
ぼたぼたと落ちる冷や汗。
「なんでもするって……本当?」
「ッ!?」
聞こえてきた声に、思わず身体が跳ね上がる。
来た……来たよ。
ほら見ろ! 追放の後に出会いあり。
この高めなんだけどやや落ち着いた声の感じは、もう間違いない。
来たんだ! 俺だけの聖女様が!
「ああ、もちろん本当だ」
そうニヒルに応えて俺は、期待通り現れてくれた聖女様の姿を確認するため顔を上げる!
するとそこにいたのは――。
「…………あれ?」
聖女様じゃねえ。
俺の目に映ったのは、明るい茶色の短髪に生意気そうな顔つき。
腰に剣を下げた十二歳くらいの少年だった。
「本当に来たね…………性に目覚める方がだけど」
おじさんがつぶやく。
「あ、あれ?」
「聞いて欲しい話があんだけど」
プラカードを指さしながら「俺?」と、問いかけると、少年はハッキリうなずいた。
そうか、俺で間違いないのか。
「あー、なぁ少年よ。なんでもするとは言ったけど、キングオオカブトが捕まえたいとかはなしだぞ。そもそもこれは仕事の話なんだ。引き受けるには依頼料がかかる。これは子供の遊びじゃねえんだ」
「無職が仕事語ってんじゃねえよ」
「…………時に少年、泳ぐのは得意か?」
「ちょっと! 何を考えてるんだい!?」
ガキを川に放り込んでやろうと動き出す俺を、おじさんが決死の力で羽交い絞めにしてくる。
「放してくれ! こういうガキには大人がきっちり分からせてやらねえと――」
「大人げない! 大人げないよ! 君の方がよっぽど子供じゃないか!」
「……依頼料はこれでいいか?」
「ああん?」
おじさんともみ合っていると、少年が腰に下げていた剣を目前に突き出して来た。
思わず受け取って鞘から抜いてみる。
そして、刀身をじっくり観察する。
「……しゃーねえな。話、聞いてやるよ」
「そんなら付いて来てくれ」
剣を返すと、少年は歩き出した。
「だ、大丈夫なのかい? 無理は禁物だよ?」
「ま、なんとかなりますよ」
おじさんに「ちょっくら行ってきます」と言い残して、その後を追う。
話を受けちまった以上、ここからはもう私情は抜きだ。
仕事モードでいかせてもらう。
「……少年、一ついいか?」
「オレはアレンだ」
「アレン」
「なんだよ」
「……お姉さんが聖女やってたりしない?」
「するわけねーだろ」
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