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さーくんは、うしろのお兄ちゃんで、とっても優しくて、でもときどきヘンなお兄さんです


ーーなどとでも言っただろうか

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


兄はまあ…いい人である。この世に生を受けてたかが10年かそこらの小娘の見解にどれ程の価値があるかは甚だ疑わしい所ではあるが、少なくとも周囲からの評判は悪くないと、妹たる私は考えている

ヒキコモリと客観的に評価すればそれまでかもしれないが、それは世に言うどうしようもない穀潰しとしてのニュアンスではなく、ただ単に滅多に家から出ないという少々特異な事実から述べられるある種不当な評価である。兄はこの私のために、日々はたらき(在宅)、家事に勤しみ、恐らくいつだって私を最優先に生活してくれている

そして当然、それに付随して何だかんだ家から出ることも時たまあり、食材の買い出しに気持ち程度のご近所付き合い、あるいは蒼白な表情で出掛けるときは恐らく編集者との打ち合わせ…ままならぬしがらみもキチンと受け入れ、兄は至極真っ当に生きている

兄の作るハンバーグはこの私のピンク色の舌を曇りなく唸らす程の絶品だし、何を隠そう今日の夕飯もとっても楽しみであることには、全私も同意するほか無い


ーーうむ、認めよう。私のお兄ちゃんは最高のお兄ちゃんだ!…とは、残念ながらいかない


寧ろ残念だからいけない、とすら言いたい

私が気づいていることに気づいてない兄に、私はやはり気づいているということを、今宵はなるべく私見をふんだんに取り入れて、語らせてもらいたい


ーー私の兄は、私のことが好きすぎる…


黒多桜斗という名前の私の兄は、ともすれば自慢の兄である。地元で一番の進学校を卒業後、推薦で有名公立大学に進学、しかし在学中に文筆の道を志し大学を中退、親に反対されつつも、見事その道で若くしてそれなりの収入を得、現在世間的には成功者と言っても過言ではない地位にて社会人生活を送っている

うむ、立派だ。この部分だけ切り取ってクラスの友達に触れ回りたいくらいである。でも、嫌なやつって思われたくないからしないけど

容姿も当人に溺愛される程美少女な私の兄である分だけは整っており、高校生の頃、彼女らしき綺麗な女性と駅前のPARCOでデートをしていた

そんな一幕を当時100円玉を握りしめてプリ◯ラの筐体に向かっていた私は目撃してしまい、兄に悟られることなく密かにショックを受けていたのは、今となっては良い思い出だ

逆にこの事実があるお陰で()()兄にも人並みの色恋話があるのだという安心感さえある

…何が言いたいかというと、現在の兄には、ビックリするくらい女の影がない。ほぼ一日中家にいる兄にとって、平日の日中、休日だって私が遊びに出掛けている間も、普通に考えれば女連れ込み放題のはずなのだ

23歳の男の人のムラムラ度数は確か呆れるほどアレなはずだ。おかしい、うちの兄は…?


…という疑問を抱き続け、そしてその最中さなか気づく

『ヤダ、私の兄、私のこと好きすぎ…!?』である


ウン。最初は思い上がりだと考えた。前述の通り私はまだ年端もいかぬガキである。お兄ちゃんのことが大好きな妹が、盛大な恥ずかしい勘違いをしているのではないか、とも、確かに子供ながらに考えたのだ

だから、宿題を優しく教えてくれる兄をつっけんどんに追い払うなど、心苦しくも敢えて冷たくする事で兄妹相互にいわゆる「きょうだい離れ」をしようと試みたこともあった


…のだが


蓋を開けるとどうだろう。「宇白ももうお年頃だもんなぁ」的な反応をしてくれると期待していたあの日の私にとって

ソファに腰掛け、ガチのマジの迫真でド落ち込みしていた兄の背中は、想像以上に応えるものがあった…


翌朝、あの料理上手な兄が、あろうことか砂糖ではなく味の素たっぷりのフレンチトーストを作ってきたときだった

向かいの椅子に座る憔悴仕切った顔を見ながら、やたらのアミノ酸を感じるフレンチトーストを頬張り、私は言い放った

「うしろね、さーくんにごめんなさいしたいの…あのね、さーくんいっつもお仕事がんばってるから、うしろのお世話するのたいへんかなぁ、っておもってね」


ここで涙を浮かべーー


「さーくんが居なくても、うしろひとりでがんばれるよ、っていいたかったの…ムシしてごめんね…」


言い切った。そして思った。『うわぁ、やっちゃった…』と

ふと潤む瞳で見上げると、眼前には完璧に生気を取り戻した兄の顔があった。顔をくしゃくしゃにしてめっちゃ泣いとる…

そう、この瞬間私は。「兄離れ」を完全に諦め、代わりに「お兄ちゃんに迷惑をかけまいと健気に頑張った結果が裏目に出て、お兄ちゃんとの隔たりを感じるようになったもののそれに耐えられなくて泣いちゃったオレが居ないとダメな可愛すぎる妹」になったのである…


重い…この十字架はあまりに…


そんなこんなで今の私、宇白は、従来通り、いや従来以上に兄の望む妹であろうとする

「宇白、何か欲しいものとかある?いや、別に何となく気になっただけだけどさ」

ーーハイ、理解。これはクリスマスプレゼントのリクエストを問われていると見ました。兄はサンタさんの正体を結構大人げなく私に隠匿しようとする

この歳で残酷だけど素敵なその真実に気づいている私の方が少数派なのかもしれないけれど

…「()()()()」が居なければきっと兄はもう10年は私に夢を抱かせ続けることができたのではないかと思う。あまりにも用意が周到なんだもん

まあ、その仔細についてはのちのち語るとして、兎角今は愛されるべき妹の模範解答に限りなく近い回答をあつらえなければならない

なに、それほど難しいことではないのだ。要するに兄が想定するモノから外れないモノを、兄の想定を上回る愛らしい言い回しで告げればいいのだからして

もちろん、サンタさんを疑うような素振りも、クリスマスプレゼントというキーワードに感づいたような挙動もご法度だ


で、私が考えた答えがコレ

「んーとね。プ◯パラのデラックスコーデセットがほしいけど、これはサンタさんにお願いするからなぁ…

あ、そうだ!えーとね、えーとね!うしろ、新しいお洋服がほしいな!」


…ふむ。中々悪くないと思う


私の腹の中でどんな思惑がなされているかなどつゆ知らず、兄は一瞬ドキリとした表情を見せると(「サンタさん」に反応したんだと思う)、それを私に悟らせないスピードで元の表情に戻り(悟ったけどね?)、それから「ウンウン」と言わんばかりに目を細め恍惚と私を見て「そっか…まあ、服なら今度駅前のPARCOにでも行こうか」と言って話を逸らした

PARCOは私にとっては微妙にトラウマスポットなのであんまり嬉しくないが、取り敢えず思惑は実った


おわかりいただけただろうか?


先の発言…

クリスマスプレゼントのリクエストをそれとなく伝え、しかし妹はサンタのことを信じていると兄に再確認させると共に、兄の訊く「欲しいもの」とは「クリスマスプレゼントで欲しいものを訊きたいが、建前上は別の機会に欲しいもの」であることを汲んだ上で、別に「今」欲しいものをリクエストすることでちゃっかり服も買ってもらえるように仕向ける


名付けて

「オレの妹やっぱ天使だわ…無理…張り切り過ぎて服買い与え過ぎそうなオレを誰か止めて…」作戦


その日の夜はいつにも増してご機嫌な兄の作ったローストビーフを食べ、いつも通り9時にはベッドに向かった私であった…

あー、でもなんか身体ダルい。本当、兄に溺愛されると毎日気苦労が絶えないわ…


ぐう…すぴー…


………


………

「ヨシ、寝たか」

宇白のこの世で一番柔らかいそよ風のような寝息をドア越しに確認して、オレは廊下、リビングを経由し、おもむろにベランダに出た


パパパポペパポペパン♪ パパパポペパポペパン♪


『ハイ、もしもし』

スマホを耳にかざす。電話に出た相手は、老林だ


「おう、悪いな遅くに」

『まだ9時過ぎだし、構わんけど…何?』

「ああ、ちょっとな…語りたいことがあって」

そして冬空に漂う冷気を、胸いっぱいに吸い込んで、オレは電話口にこう語り出す


「オレの妹やっぱ天使だわ…無理…張り切り過ぎて服買い与え過ぎそうなオレを誰か止めて…」


白む息が、言葉の形に揺れていった

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