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8話

翌朝。

木々の隙間から差し込む木漏れ日に気持ちの良い朝を迎えた。

とはいえ、堅い木の枝の上という場所では疲れが十分に取れたわけでもなく。

軽く伸びをして、これからのことを考える。


路銀があるとはいえ、それだけで生活し続けるほどではないし、かといってハンターとして生活しようにもファルス様に感づかれる可能性が高い。

そもそもハンターとして活動するにはボルス領に戻るしかない。


やっぱり国外か。


今はまずファルス様の手の届かない領域に逃げること。

それを最優先にしよう。

生活費はしばらくハンター以外で稼ぐようにする。


ここで一番の問題点は魔力だ。

魔力は今の私の全てだ。

魔力無しでは今の私は丸腰に等しい。

故に、最も懸念すべきは魔力切れ。

だが、ハンターとして安定した生活を送っていたことが仇になった。



私は、魔力切れを起こしたことが無い。



昨日のファルス様の言葉を借りるなら、私は常人よりも魔力量は秀でているようだ。

また、派手さを好む世の魔法使いと違い、確実性を上げた私の魔法は、局所的で魔力の使用量は少ない。……はず。


歩行や馬車での移動は人目に付きやすく、ファルス様の監視網に引っ掛かる可能性が上がる。

できるだけ、空の移動にしたいが、それには「浮遊」「隠密」を常に発動し続けなければいけない。



常に魔力に余裕を持たせながら、道中の移動では人目を避けて。

そのうえで生活費も稼ぐ。


非常に頭が痛い状況。


けど、やる。

この自由を謳歌するために。

絶対に貴族に戻らないために。


(よし!)



***



「いらっしゃいやせー!」


野太い男の声が店に響き渡る。

ちょうど太陽が頂点に昇るころ。

昼食時の今、食堂は大忙しだ。

昼食を求めて入店してきた客を相手に、手際よく捌いていくおばさんたち。


「おばちゃん俺豚肉定食!」

「こっちもだ!」

「あいよー!」


がやがやと騒がしい店内に負けない声の張り具合で注文を受け取っていく。

そんな声を聞きながら、私は黙々とキャベツを刻んでいく。


まさしく今私は生活費を稼いでいる最中だ。



……王都にある食堂で。



もちろんファルス様に捕まった、というわけではない。

現在も逃走中である。



自由を謳歌するためと、決意を固めてからしばらく。

しばらく私はファルス様から逃れつつ各地を転々とした。

が、そこで理解した現実は…


地方の町ではなかなかお金が貯まらない。

という世知辛いもの。


一度腰を落ち着けようものなら、宿代を払うのに精いっぱいで到底貯まりそうもない。

まして、どの店も私を接客に使おうとするのだ。

捜索から逃れるには顔を知られるのはご法度。


そういった事情もあり、移動しながら生活費を稼ぐという手段は難しいということを理解した。

そこで、宿代以上の給金があり、かつ私を接客に使わないお店。

となれば、それは人で賑わう王都でもなければ無理なのだ。


王都はファルス様の目の前。

自ら捕まりに行くようなものだが、ここは前世の知識から。


木を隠すには森。


灯台下暗し。


意外すぎて逆に目が届いていないだろうという考えからだ。

さすがのファルス様も、あそこまで逃げ出した私が、自ら目の前に来ているとは思いもしないだろう。


その考えはまさしく的中し、今はこの賑わう食堂で、厨房にこもってひたすら下ごしらえの仕事に没頭する日々だ。

さらに念には念を押し、髪と口元を手ぬぐいで隠している。

表面上は髪の毛が入らないようにと。

…他の店員はそんなことをしていないが、私だとバレなければいいのだからそこは気にしない。


給金もよく、人前に出ず、着々と生活費を貯めることができている。

当初はやはり私を接客に使おうとしていたが、断固拒否。

すると厨房でもいいと言ってくれたので、そこは甘えさせてもらった形だ。


こうして二か月が経った。

店の立地と料理がいいということで、店は連日繁盛。

毎日忙しいが、心地よい疲れというもの。苦にならない。

…たまにおばさんが口を滑らせて厨房に若い娘がいると口走り、覗きに来ようとするものがいる。が、私は奥で下ごしらえをしているため、私の姿は料理長のたくましい身体に阻まれて見ることはできない。

料理長の筋肉に感謝だ。


さて、旅費はそこそこ貯まってきた。

もちろんこの二か月、ずっと働いていただけではない。

どの国を逃亡先にするか、検討を重ねていた。

そしてようやく見つけた。


その名は『ガイオアス国』。


人の領域よりも自然の領域が9割以上の、ほぼ未開の国だ。

得られる資源が豊富。まさにハンターにとっての天国だ。……二重の意味で。


ここにいる獣は、ただの獣だけじゃない。魔獣も存在する。

その強さは、ボルス領にいる獣の比ではない。

つまり、数多くのハンターが一攫千金を夢見て、そして文字通り天国送りにされている国でもあるのだ。

リスクは高い。

未だ私は魔獣との戦闘の経験はない。


果たして私の魔法が通用するのか、それはわからない。

これまで以上に厳しい環境。

…だが、このままいれば、間違いなく私の望まない環境…ファルス様の伴侶という状況が待っている。

それだけは嫌だ。


目的地は決まった。

旅費も貯まった。

ガイオアス国は隣国ではないので、別の国を経由する必要がある。

一旦その別の国の首都まで行き、再度旅費を貯め直し、そしてガイオアス国へ向かう。

道中の移動は速度を考えて「浮遊」「加速」「隠密」で。


決めたその夜。

私は荷造りを済ませて、こっそりと宿を出た。

今日王都を発つ。

……世話になったお店には手紙だけを置いてきた。


ものすごくお世話になった。

身一つで現れた私を雇い入れ、明らかに所作の異なる訳ありな私に何も詮索しないでくれた。

直接言わない後ろめたさがあるが、言えば引き留められるか、いやもしくはあの料理長の客の視線を遮る背中に何も言えなくなってしまうかもしれないと思ったから。…後者の方がありうる。


王都といえば城壁に囲まれ、夜の出入りは厳しく制限される。

が、「浮遊」で空を行く私には関係ない。


「隠密」で姿を消し、「浮遊」で城壁を超え、易々と王都を脱出する。

衛兵には見つかっていない。

さぁここからだ。



***



「…………」

「…………」


向かい合う男女。

女のほうは私。男のほうは……ファルス様。顔がとてもいい笑顔なのがすごい腹が立つ。

場所は王城の一室。

どうしてこんなことになってしまっているのかと言えば………捕まったからだ。



あの夜。

意気揚々と城壁から飛び出し、さぁ!というところで突然声がをかけられた。


「今だよ、捕縛開始」


聞き覚えのある声とともに発動する魔法。

まさかの事態に硬直してしまった私にそれを避けることはできず、あっけなく捕まってしまった。


「どうして…!」


なぜここに来るのが分かった?

いるのはファルス様だけじゃない。

魔法使い、それも複数。ファルス様がいるとなれば、その辺の魔法使いじゃない。

王宮魔法使いとされるものたちだろう。


「どうしてって言われたら、ずっと視てたからですよ」


いつから?


「ひと月前からかな。兵士から、とある食堂にすごいきれいな子がいるって噂が立ってたもので」


ひと月も前からばれてたのか…

とっくにばれてた事実に力が抜け、地面に座り込んでしまう。


「さて、じゃあ僕のかわいいお姫様。続きはお城でしましょうか」

「………」


逃げられない。

この事実は、私を私が思う以上に沈ませていた。



そして今に至る。

今は別に拘束されているわけではない。

ただイスに座らされているだけで、手足が縛られているわけでも、どこかに繋げられているわけでもない。


しかし、逃げても捕まえられる。このことは思った以上に心にダメージが大きい。

前世の、とある歴史では7回捕まり、7回逃げさせられ、8回目で心が折れた王がいたとかなんとか。

7回どころか半分にも満たない回数でこれだ。


出された紅茶に口をつけ、もう一度ファルス様を見やる。


「美味しい?」

「…とっても」


どうでもいいやりとりにも、にこにこと笑顔を崩さないファルス様。

正直言って、ファルス様の真意…いや、私に対する好意は半信半疑だ。


私を捕まえるためにボルス領まで自ら出向いたり、王族をやめるとまで突飛なことを言い出したり、挙句王宮魔法使いを用いてまでの捕縛劇。

たかが元侯爵令嬢相手にすることではない。


常軌を逸している。

ここまでした以上、おそらく…というか確実に、裏がある。

私はそう見ている。

しかしその裏がわからない。

確かに、私という存在…否、侯爵令嬢という存在は価値がある。

場合によっては他国の王族に嫁ぐこともできる。

しかしその可能性は少ない。周辺国の王族はほとんど婚姻済みだし、未婚のものもまだ10にも満たない者ばかりだ。


……わからない。


「さて、じゃあ僕は政務に戻りますね」


こちらの返答も聞かず、そのまま扉から出て行ってしまった。


「…………」


つい唖然としてしまう。

てっきりこのまま、その裏が話されるのかと思っていた。

しかしそれもなく、事前に何か言付けされた覚えもない。

文字通り、放置されてしまった…。


部屋には侍女が一人。

彼女が監視役か。


「はぁ……」


ソファに倒れ込み、息が漏れる。

これからどうしたらいいのだろうか?

肝心のファルス様は何も言わず、かといってじゃあはいさよならというほど、精神は回復してない。

今の自分の立ち位置も不明なままでは、気軽に扉の外にも出れない。

この部屋ならいざ知らず、扉の外は王城。

元侯爵令嬢という肩書で出歩いていい場所ではない。

…出歩きたい理由もない。


何もすることがない。


「セーラ様」


ふと、侍女から声がかかる。


「お召し物を変えましょうか?」


その言葉に、今の自分を見下ろす。

王城にふさわしくない、ハンターのいで立ち。

この豪華絢爛な王城の一室には、大層相応しくない格好だ。


「……そうね、そうしましょう」


変えなくてはならない理由はない。

けど、このままただいるよりはマシだと思ったから。


……そして数分後、それを後悔することになる。




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