6話
ファルス様が去ってから三日。
あれから私は狩り…には行かず、身辺整理をしていた。
今日のところは…と言っていた。
つまりいずれまた来るということだ。
それに、その証拠人もいる。
「…………」
今は宿の泊まっている部屋の中。
そこで服を畳みながら、私は索敵の中でじっと動かない一つの存在にため息をつく。
最初は気のせいかと思っていた。
基本的に索敵は森の中に入った際にしか使わない。
だけど、ファルス様の言葉に私はおそらく見張りが付けられているのではないか、そう考えていた。
だからファルス様が去った翌日。私は無作為に街を歩き回った。
索敵を使いながら。
索敵は特定の存在を見つけることはできない。
だから、ある時は道を歩き回り、時には足を止め露店を眺めながら、ついてくる存在がいないか探した。
そして、宿に戻るまでに一人の存在を確認した。
視認はしていない。
下手に目が合えば見張りの存在に気づいていることを気づかれてしまい、別な手を使われてしまうかもしれない。
そうなると、『無理に事を進めたくない』と言ったファルス様が、無理に事を進めかねない。
見張りがいようと、その目を欺くことは簡単だ。
隠密と消音を駆使すればいいだけだ。
すぐに逃げることもできる。
それをすぐにしなかったのは、次の目的地が決まらなかったからだ。
このボルス領ほどハンターの稼ぎ場として恵まれた猟場は無い。
ここと同等の稼ぎができる猟場は国内には無い。
まして、ファルス様に目を付けられている現状、国内に留まるのはよくない。
ならば国外となるけれど、さすがに国外の猟場についての情報は無い。
どの国がいいか調べることもままならない。
という状態であっという間に三日が経ってしまった。
「どうしたものかしらね…」
動くに動けない。
全く困った状態だ。
ベッドにごろんと横になり、堂々巡りの思考に陥る。
いっそのこと思い切って動くのもありなのかもしれない。
リスクは伴うが、このままここにいてはファルス様を待っていると誤解されかねない。
「よし」
意を決し、立ち上がる。
荷造りは済ませてある。
心残りは三日前に仕留めたオオクロジカの報酬をまだ受け取っていないことだが仕方ない。
部屋を出て宿の主人にあいさつを済ませ、さぁ外へと…
「おお、まだいてくれたんですね。よかったよかった」
最悪のタイミングでファルス様が現れた。
***
再びファルス様と対面することになってしまった。
こうして現れたということは…おそらく私をあきらめていないのだろう。
となれば、今度は力づくか。
私は警戒しつつ、ファルス様の言葉を待つ。
「お久しぶりですね。とは言ってもまだ三日ほどですが」
「……ソウデスネ」
ここと王都は早馬を走らせれば1日で着く。
王都に戻ったとすれば、1日の滞在ですぐこちらに出発したということだ。
それでもう何か手を考えたのだろうか?
「さて、先日は婚約者になっていただきたいと言いましたが、貴女には断られてしまった。私が王族であるからと」
「…はい」
今更ながらにとんでもないことだが、私からすれば王族の婚約者になることのほうがもっととんでもないことだ。
そう言ったことに後悔は無い。
「ですが私は貴女をあきらめられない。ですから、こう考えたのです」
「…それは…?」
どう考えたのだろう。
次の言葉をじっと待つ。
「私が王族をやめればいい、と」
「…………」
「そうすれば貴女が私との婚約を拒否する理由は無くなります。これで問題ありませんね?」
「…………」
はて、この方は何を言っているのだろうか?
王族をやめる?私と婚約するために?
自分で言っている意味を理解しているのだろうか?
たかが侯爵令嬢と王族とでは、やめる意味がまるで異なる。
そんなことも理解できないほどこの方は……………馬鹿…ではなかった、はず。
何も言葉を発せずにいる私に、ファルス様はにっこり微笑んだ。
「ご理解いただけたようですね。では早速」
「理解できるわけないでしょう!」
言葉を荒げてしまったが、抑えることなどできなかった。
「あなたは何を言っているんですか!?王族をやめる?そんなこと許されるわけないでしょう!」
「別に許してもらおうとは思っていません。放棄するだけですから」
「ですから!それが許されないと言ってるんです!」
淡々と話すファルス様を前にして、こちらのほうが冷静さを失ってしまう。
何で?何故この人はそんな重大なことを、さもどうでもいいように言えるの?
「別に気にしないで下さい。私が王族をやめ、貴女に婚約を申し込む。それだけなんですから」
「それだけって…それだけなわけが………」
それだけで済むわけがない。
確かにファルス様は第二王子であり、王位継承は第一王子であるギルバート様が最も優先される。
が、万が一の事態でもあれば、その時はファルス様が指名されることになるし、その時に王族やめましたなんて言い訳は理由にもならない。
それが無かったとしても、第二王子としての責務は重大だ。
簡単に放棄なんて許されないし、その理由も…
「っ!」
そこまで考えて、私はこの状況が私にとって詰んでいることに気づいた。
ファルス様は、私と婚約したいがために王族をやめようとしている。
それは私が王族と婚約したくないから。
けれど、王族をやめるなどと簡単にできることではないし、許されない。
だが、ファルス様はこのままなら王族をやめる…いや、王族としての責務を放棄する。
そうなれば王家はなんとしてでもファルス様を王族として維持させようとする。
そのためには……
私が……ファルス様と婚約する他ない、ということ……
これはもう侯爵令嬢をやめるとか、王妃としての立場を捨てるとは比べ物にならないほど重い。
替えの利く存在ではないからだ。
仮に私が意地になって拒み続けても、王家が私とファルス様と婚約させようとする。
どんな手段を用いてでも。
私が逃げれば、彼が追わずとも王家が私を追う。
目の前のファルス様を睨みつける。
彼のこの落ち着いた様は、それがわかっているからだ。
私が逃げられない、と。
私の睨みにファルス様は苦笑で返した。
「すみません。でも私はセーラ…貴女をあきらめる気は毛頭ないんです。そのためなら、どんな手段でも使います」