3降って湧いた令嬢の座
「突然手荒なことをしてしまってすまなかったな」
「ご両親も亡くなってしまったんですってぇ?
そぉ~れは大変ねぇ、同情しちゃうわ。でもねぇ、神様はあなたを見捨ててなかったのよぉ」
豪華な邸宅の一室で、シェリルは着飾った豚人のような何かと対面していた。
一人はこの辺りの領地の、隣の隣の領地を治める貴族で、もう一人はその妻らしい。ブータレティ男爵などと自己紹介してきた。豚でいいじゃん。いや、意外と体脂肪率の低い豚に失礼かもしれない。
この二人が言うには、シェリルは実はこの領地の貴族の傍流らしい。
確かに記憶を掘り起こせば、両親はこの地域では珍しくまともな生活水準をしていたように思う。それも数年前の話で、両親は事故で他界していた。これはシェリルの記憶にもある純粋な事故だ。この豚人たちが関与しているということは有り得ない。
後日、両親の墓に「この顔に産んでくれてありがとう」ときちんと礼を言いにいかねばなるまい。できれば生きている間に言いたかったが。
そんな天涯孤独となった美少女に降って湧いた貴族の試練。
ようするに、こいつらはまだ14になったばかりのいたいけな美少女に、領地を経営しろと言いにきたのだ。
無論、本来の目的はそこではない。
もし難しいのであれば我々も協力しよう、と甘言を囁きこの地を乗っ取るつもりなのだ。これはシェリルの中身が年を重ねた大賢者ではなく、平凡な少女であってもわかるくらい見え透いている。
もしかしたら、ここの領地を治めていた貴族が亡くなったのはこの豚人どもが何かをしでかしたせいかもしれないが、流石にそこまでは今はわからない。
「そんなわけで、領地を継いでほしいのよぉ」
「わかりました」
「そんな頭から無理と言わず、この儂たちの…
はぁ!?」
間髪いれずに受け入れてやると、目の前の豚人たちが明らかに動揺した。もう少し腹芸ができないと貴族社会では困るのではないだろうか。
「だから、受けて立つと言っておるのじゃ。治めれば良いのじゃろう?」
「ちょ…馬鹿も休み休みおっしゃいなさぁい!
あなたみたいな小娘にそんなことが…」
豚夫人がキーキーとわめき出す。
今にも血圧が上がって血管が切れそうだ。
しかし、そんな豚夫人よりもブチギレ寸前の人物がいる。もちろん、シェリルだ。
性差別、それはシェリルに対する禁止ワードである。
女の癖に、という言葉に類する台詞は向けてはならないというのが前世では知れ渡っていた。
うっかりその言葉を口にした者は、えげつない魔法の数々を浴びせてきたものだ。
特にオリジナルの「毎朝起き抜けにタンスの角に小指をぶつける魔法」は絶妙な嫌がらせとして有名だった。
「久方ぶりに聞いたのう、そんな台詞は。
しかしおかしな話じゃ。ぬしらは領地を継がせたくて人拐いまでしたのであろう?
であればわしが引き受ければ万々歳のはずじゃ
…なにゆえ小娘呼ばわりされねばならぬのか、教えておくれ?」
ニタァ、という表現がピッタリな笑みと共に、酷く優しい声音で問いかける。ただし、その背後にはおどろおどろしい雰囲気をまとって。
こんな小物に魔法を使うまでもない。
ただ、美少女に害をなすもの、小娘とあなどるものには相応の仕置きが必要だろう。
殺気にも似たビリビリとした空気を放てば、目の前の二人が明らかに怯え始めた。
夫人の方は今にも失神しそうである。
(なんじゃ、覇気のない。
これ以上やってはわしが悪者になるかのう)
すぅっと脅す空気をひっこめて、一般的な輝かんばかりの美少女スマイルを浮かべる。飴と鞭の使い方はこれで完璧だろう。
「まぁよい。それで? わしはどこで領地経営をすればよいのだ?」
「この屋敷にてお願い致します、お嬢様」
いつのまにか背後に控えていた人物が肯定した。
全く気配が感じられなかったが、今はそんなことで驚いている場合ではない。
「ほう?
ここがその領地を治める人間の住んでいたところなのか」
脅しすぎて失禁させなくて本当によかったと心から思う。
少し古ぼけてはいるが、丁寧に扱われている屋敷のようである。
「左様でございます」
「では、精々励むとしようかの。
そういえば、こちらのご夫妻はお帰りになるそうじゃ。見送ってやるとするかのう」
有無を言わせず豚人夫妻を屋敷から追い出す。
すっかり震え上がっていた夫婦は逃げるように屋敷を後にした。
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