2美少女だから誘拐くらい仕方ない
本日二回目の更新です
ぐらり、と視界が揺れる。
そのほんの一瞬のブレの間に様々な映像が脳裏に流れ込んできた。ぐらり、ぐらり、と視界は未だにブレたまま。
しかし、めまいを起こしているはずの少女は人目も憚らずガッツポーズを決めた。
(転生、成功じゃ!)
在りし日の女賢者は無事、転生に成功した。
(名前はシェリル。年齢は14になったばかりじゃな?
うむ、いい感じの年齢で記憶が戻ったぞ! 魔力の方は…まだうまく合致しておらんが、無意識でもそれなりに鍛えておったようじゃのう、さすがわしじゃ。
じゃが、一番大事なのは顔じゃ! 顔面はどうなっておる!?)
めまいが治ってきたところであたりを見回す。
自分の顔面偏差値を測れるものを探すのだが、どこにも見当たらない。
(なん…なんじゃ!? この文明の遅れは!!
鏡どころかガラスもないじゃと!?)
辺りを見回しても窓にガラスを嵌め込んだ家は一軒もない。石で出来た箱のような建物に、申し訳程度の木の窓が設置されていた。
よく見れば魔法灯などもなく、これでは夜は暗闇に閉ざされてしまう。
(ここはとんでもないド田舎なのか?
いや、この体の過去の記憶を探ってみたがそんな気配は感じられん…ということは全体的な文化レベルが下がる何かが起きた…?
いや、そんなことより顔面見たい)
行き交う人はシェリルからすると少々みすぼらしい格好ではあるが、それでも楽しそうに見える。この町が貧困に喘いでいるという様子は見受けられない。
それと鏡も見受けられない。
どうしたものかと諦めかけたところで、ちょろちょろと控えめに水を吐き出す噴水を見つけた。
(あれじゃ! 水鏡は揺れるが背に腹は変えられん)
噴水までダッシュして、中の水を覗き込む。
前世の老体よりも三倍体が軽いように感じた。
「ゆるいウェーブで暖かみのある金髪に、緑の瞳。パーツの配置も悪くない。これは成功じゃろうて!」
ペタペタと顔を触りながら確認する。
確かにそれなりの美少女ではあるが、端から見ると噴水を覗き込んで独り言を呟く不審者である。
最初ナンパをしようかと様子を伺っていた男もそっとその場を離れる程度には怪しい。
だが、そんな周囲の状況など気にもせず、シェリルは様々な角度から己の姿を確認する。
確認に熱が入りすぎて、注意を怠りすぎた。
「うむ、なかなかの出来じゃな。これは将来にも期待が持て…むぐっ!?」
大賢者時代であれば、しなかっただろう油断。
何せ日常茶飯事に命、または大賢者の地位を狙ってくる愚か者がいたのだ。不意打ちなど序の口で、日々食べるものにも毎回検査魔法をかけなければならない始末だったのだ。
だが、まさか転生して数分でこんなことが起きるとは予想もしていなかった。
肉体と精神がまだきちんと融合しきっていないため、魔力をうまく操作できなかったことも原因の一つだ。
(これは…誘拐!?
なるほど、わしほどの美少女になるとこんな危機もあるのじゃな)
抵抗できないように素早く手足を封じる手腕に感心しながら、そんなことを考えるシェリルだった。
(これは、はよう魔力を体に馴染ませんといかんのう。
幸い、鍛練はしとったようじゃ。グッジョブ、記憶のないわし。
きちんと馴染むまでは誘拐犯のお手並み拝見といくかのう)
猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られた状態。しかし、魔力を全身に馴染ませるのに体勢はあまり関係ない。
その体勢のまま何者かの肩に担がれる。
意外と丁重に運ばれているのは顔に傷をつけないためだろうか。
ともかく、魔力的なものは何も封じられていないので、魔力さえ制御できるようになればいつでも脱出は出来る。
肉体と精神がきちんと接続できるようにひっそり魔力を体に巡らせながら、誘拐犯の動向をうかがった。
「おい、手荒な真似したんじゃねぇだろうな!? ぐったりしてんぞ」
「いや、ここまで抵抗されねぇのはこっちとしても想定外なんだが…驚いて気絶でもしちまったんじゃねぇか?
見るからに深窓の令嬢って感じだもんなぁ」
(そうじゃろうそうじゃろう。
深窓の令嬢と呼ばれてもおかしくない美少女じゃろうて。
うむ、丁重に扱ってくれたことだし、お主らは魔力が戻っても爆破せんでおいてやるからな)
確かに気絶していると思わせておいた方が何かと楽そうなので、体から力を抜いて目を閉じるシェリル。誉められてニヤケそうになるのを押さえるのに少し苦労した。
「しかしこんな上玉がもったいねぇな…」
「仕方ねぇだろ。俺らにはどうすることもできんよ。
しかも金まで受けとっちまってんだ、グダグダ抜かすな」
どうやらシェリルはこのあと大変な目に合うらしい。
まぁ人拐いに誘拐されて幸せになりました、なんていうことは、特殊な設定の物語の中でしかあり得ないだろう。
この美少女シェリルを狙い撃ちにした犯行なので、どこかの貴族の妾になるとかそういうことだろうか。悪事を働く愚か者にはきっちりと灸を据えてやらねばなるまい。
なにより美少女が安心して外を出歩けないと、曲がり角でイケメンとぶつかり恋が始まるストーリーがなくなってしまう。
「嬢ちゃん、早いとこ諦めちまった方が人生楽になるぜ」
聞こえていないはずのシェリルにそんなアドバイスをしてくる人拐い。もしかしたら、意外といいやつなのかもしれない。
そうしてシェリルは馬車に乗せられてどこかへと連れていかれた。
馬車での長い移動時間は楽しい魔力調整インターバルへと変化した。前世のような力を出すにはまだ時間が必要だが、少なくとも一般人を吹っ飛ばすくらいはわけないだろう。何処に向かっているのかはわからないが、それなりに楽しいことになる予感がした。
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誤字脱字誤変換のチェックはしているんですがいつも抜けがあるので、指摘していただけるととてもうれしいです!