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ヒグマ事件

カオリはミッドナイトブルーのフレアスカートに、同じ色のジャケットを羽織っている。

どちらも光が当たると、輝きを放つ層が表面に浮き立つ。

まるで半透明なシルクが貼り付いているようだ。


この生地は表面で光と影を作り出すため、ハイライトが白く輝き、その他の表面をより深いブルーに見せる。


このため、光の弱い屋内ではミッドナイトブルーに見え、太陽や月の光に照らされると、黒に見える不思議な生地で出来ている。


控えめに白銀の刺繍を施されたそのスーツは、カオリのお気に入りの仕事服の一つだ。いや、必ずこの仕事服を着用する。


カオリは伝書鳩の足に走り書きをつけて飛ばしたあと、2階にある作業部屋で紙に溶剤を染み込ませる作業をしていた。

少しだけ時間があるので、これだけはやっておきたかった作業を手早く始めた。


薄く茶色い紙にまんべんなく染みたことを確認して、空のトレーに移して紙を乾かす。

既に4枚ほど乾燥が完了した紙を一枚手に取り、光を透かして見てみる。

ムラがないか確認をする。

どうやら満足行った出来栄えの紙を一枚見つけたカオリは、やや悩んだ後


「よし、やってみるか。」


カオリは満足げにうなずくと、緊張した面持ちで細い筒を取り出しその中に紙を丸めて詰み始めた。

その筒には片方の端に金の糸が2本繋がっている。


カオリはその糸を、目の前にある複雑な機械に接続して蓋をした。複雑な機械は家庭に良くある道具に収まった。

それは鍋だ。


「よーし完成!後は月の魔力が満ちるのを待つだけね。10分位かしら?」


カオリは手を洗い清潔にしてから、作業机の上を鼻歌を歌いながら片付けはじめた。


「これで美味しいシチューもボルシチも簡単に調理できるわ。今までの調理器は魔力の蓄えが出来なかったから、時間のかかる煮込み料理は出来なかったけど、これならバッチリ4時間動くわ。」


そういって鍋の蓋を鍋にかぶせたところで、鍋は爆発した。

「きゃぁ!」

カオリはとっさに尻もちをついたことで、鍋の蓋がカオリの顎を打ち上げる所を間一髪躱した。

「いたたたた!」


カオリは天井を仰いだ。

「あー、失敗かぁー」


天井に鍋の蓋が刺さっているのを見てそうつぶやく。

天才といえど時々失敗はする。

起き上がる動きはどこか寂しげだ。


再び手を洗い身だしなみを整えたところで、

マリアンナさんが呼びに来た。

「カオリ様、予定のお時間です」


カオリは予めマリアンナさんにこの時間に呼びにきてくれる様にお願いしていた。

その時間が来たのでマリアンナさんはカオリを呼びに作業室へ上がってきたのだ。


「さてと、今日は何が起きるのかしら。」


私は自分の直感?を信じて行動することにしている。

その直感の一つに、“夢で見た事を思い出す”というのがあるわ。


ふと先日見た夢の内容を、それまですっかり思い出せずにいたにも拘らず、思い出す事がある。

そういう時は大抵見たものから逃れることは出来ずに現実に迫ってくるのよ。

だから、夢を思い出した時にはこちらから出向く事にしているわ。


特に仕事服に着替えた後は良く思い出すわね。これももしかしたらレナ様様のおまじないかしら?


「ありがとう、今行くわ」


そう言ってカオリはこのまま何もしなくとも迫ってくるであろう何かに向けて動き始めた。


〜〜


カオリが南門の応接室のまえへくると応接室の前でカオリを待ち構えていたダーウィットが頭を下げる。

「ご苦労さま、ダーウィット。後は問題ないわ。」

「かしこまりました。」


ドアを開けて中に入ると、シングと名乗った男と従者が席を立ち挨拶をした。

30代のきれいな顔だちの青年だ。美男子と言っても良い。

左手の薬指に指輪がみえる。

カオリは目を動かすことなく、その男の身なりを頭に焼き付けた後一つ一つ探っていく。


「お掛けになってください。」

みな席につくと、メイドがお茶を差し出す。

マリアンナではなく、シトラというメイドがお茶を淹れている。マリアンナは、カオリ専属のメイドであり、接客の場は邸宅のメイドが担当する。マリアンナと違って彼女たちは皆、国から遣わされている公務員だ。


「ご用件を伺いましょう、シング・ウェールズ殿」

「突然の訪問にもかかわらず、謁見賜り感謝申し上げます。」


「堅苦しいことは不要です。お困りなのでしょう?ご用件を伺いますわ、どうぞ。」


部屋の片隅にいる執事がペンをとり書記をする。


「私はカモア市の中でも麦の産地として有名な、農園地帯に住んでいます。私の父が改良したこの農園地帯は非常に良質の小麦、大麦が安定して取れます。」

「存じ上げています。私も好きよ、ウェールズ種の小麦で作ったパンは柔らかくて薫りがいいのよ」


「ありがとうございます。」

シングの表情が明るくなる。


「ところが、作物が豊富に育つようになると、隣接する山々から熊や鹿が沢山降りてくるようになり、農作物の被害が増えていました。そのうち、鹿などをねらって狼も降りてくることがおおくなりました。」


シングはややたどたどしく話進める。

「続けて。」


「はい、このままでは近隣の住民に被害が出るのも時間の問題と危惧しておりましたが、ついに3日ほど前に女性と子供の二人がヒグマに襲われるという事件が起きました。」


「それで、どうなったのですか?」

「二人は私の自宅の前にある公園で襲われました。公園には二人のものと思われる血痕がありましたが、二人の姿はありませんでした。きっと巣に連れ去られたのだと思います。」


「それでは、二人の捜索はされたのですか?」


「はい、警察隊に依頼しましたが、2日捜査して見つかりませんでした。その二人は私の妻と息子なんです!どうか、見つけ出して助けてください。警察隊はもう捜査を諦めていてこれ以上力になってくれません。」


シングは声を震わせそう語った。


カオリは思いを巡らせている。

頭の中は応接室にはなく、青く澄んだ空を見上げている。鷹が1羽舞っている。


今朝見た景色だ。


カオリが鷹を見上げると、鷹はやや高度を上げた。

これは今朝の記憶だ。

それと、思い出した夢を重ねてみた。


「わかったわ、現地を見せてくださる?」

「ありがとうございます、魔道士様!」

「その前に」


カオリはシングの従者を隣の応接間へお連れするように執事に指示した。メイドも外へ出るように伝え、カオリとシングは部屋に二人きりになった。


「服を脱いでくださる?」

「え?」

「裸になって。」


シングは耳を赤くしてこちらを見ている。

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