朝の来訪者
朝からダーウィットは目の前の男に鋭く目を光らせていた。
若い男が従者を一人連れてソファーに座っている。
ここは、白銀の魔導士 天馬カオリ邸の敷地外苑にある守衛室。
200000㎡ほどある邸宅の敷地には、4つの門がある。
来客用に開放しているのは南門で、南門には、門扉と一体となっている守衛小屋が建っている。
小屋といっても、2階建ての立派な建物だ。
ダーウィットは今この守衛小屋の応接室に居る。
魔導士様の邸宅は国有地となっており、魔導士様か国が特別に面会許可を与えた人以外は入域することはできない。
突然の来訪者は当然の如く門前払いする。
いつもなら門前払い役は、守衛隊の役割であるが、白銀の魔導士邸執事長のダーウィットが対応している。これには面倒な訳がある。
この目の前にいる、シング・ウェールズと名乗った男は、朝から騒音を盛大に撒き散らしながら馬車を走らせてきた。
どうやら急用らしい。
騒々しい来訪者は魔導士様のお仕事の妨げになる。それに、予定外の来訪者は決まって厄介事だ。
例え面会状をお持ちでも、お引き取り願いたい。
とダーウィットは心の中でつぶやいた。
しかしシングと名乗った男は、アール国内閣府からの紹介状を持っていた。
目の前に提示されている紹介状は、確かに、アール国内閣府の紋が入った正式な紹介状だ。
封印されている紹介状の内容を読む権限はダーウィットにはないため、内容は不明だ。
だが、紹介状を書くのであれば正式な、面会状を書いてくれればよいはず。
この邸宅のルールは、正式な面会状のないものは入域不可だ。
ダーウィットは頭の切れる男だ。この邸宅のあらゆることに気を配る。特に魔導士様に対する気遣いは注意深い。
ダーウィットはすでに制限時間を過ぎていると感じていた。
彼が動き、そしてすぐに戻らない場合、それはトラブルが起きたことを魔導士様に予感させるからだ。
すでにこの場で10分の時間を費やしている。時間切れだ。
この男には残念だが、たとえ、紹介状が本物であったしても、面会状がなければ、お互いの言い分は五分と五分だ。
であれば、ここは白銀の魔導士邸宅、ここのルールに従ってお帰りいただこう。
「シング様、当邸宅へのご来訪には、魔導士様への面会状が必要です。それは内閣府の方であればご存知であると思いますが、面会状をおそらくお忘れになったのではないでしょうか?面会状をお持ちになり再度お越しくださいませ。」
毅然と伝える。
「私は至急の用で、魔導士様へと謁見をお願いしたく、内閣府よりの紹介状を持参している。謁見の取次ぎをお願いしたい。」
そう言って、シングと名乗る男は、紹介状の封を切り開いて私に見せた。
そこには、シングという男の素性とそれを証明することを示す内閣府官房長官のサインが書かれていた。
シングという男は、身なりが整っている、服装からすると貴族かもしれないと思っていた。
きれいな指先は労働者のそれではないし、歩き方に特徴がある。
背筋を伸ばし、顎をわずかに上げて歩く。
紹介状にも確かにそのように書かれている。
ウェールズ伯爵家 シング・ウェールズ。
ミカエル・ウェールズ伯爵の第2子と書かれている。
アール国の農業地帯にあるカモア市の伯爵家だ。
この時代貴族は何の役割も果たしてはいない。既に政権は民主化されており、名誉として爵位を送られる。
「うーむ…」
ダーウィットは思わず声をあげてしまった。
見せられてしまっては、知らなかったでは通らない。ここで、門前払いしたとあっては、あとで苦情になりかねない。
となれば、内閣府へ照会するしかない。
内閣府への照会には魔導士様の許可が必要だ。
「シング様、内閣府へ照会いたします故、窮屈な部屋で恐縮ではございますが、こちらにて照会が終わるまでお待ちいただけますでしょうか。2時間ほどかかると思います。」
「承知した。待とう。」
ダーウィットは部屋を後にした。
部屋の外に待機させていた、邸宅より一緒に連れてきたメイドに来訪者のお茶を代えるように指示をして、2階にある執務室へ移動する。
ここには、手紙を送ることができるように、伝書鳩が飼われている。
邸宅の敷地は広いため、ここで鳩を飛ばし連絡をとることができるよう備えてある。
ふと外に目をやると、白い鳩が1羽舞い込んできた。足に銀色のリングがつている。リングには藍色の七宝に白銀の装飾が埋め込まれており、月の形を模している。
リングをつけたその鳩は、白銀の魔導士カオリ様の鳩だ。
「おや?」
ダーウィットは嫌な予感がしつつも、鳩の足から手紙を取り出し開く。
”奥へ通してよい。”
「なんと、、、」
ダーウィットは肩を落とした。