少女マリアンナ
水道局のトラブルを解決したカオリ。
早朝から月の魔力の研究をしていると、慌ただしくカオリの邸宅へ馬車が走ってきた。
マリアンナさんは私の身の回りの世話をしてくれる。
白金の髪はとてもきれいで、瞳をくりくりと動かす可愛らしい顔つきの美少女だ。
身長カオリと比べると頭1つ分も高く、手足が長い。
これで耳が尖っていれば、おとぎ話に出てくるエルフだと見た人は思うだろう。
耳は尖っていない。
しかし、カオリには分かる、その微弱な魔力の波動は人とは少し違う。カオリは彼女の素性はエルフの末裔だと思っている。
そんなことより、時々カオリは不満に思う。
私だって、一人でできるもん。
そう、思うことがいっぱいある。
例えば、お風呂に入るのだって、一人でできる。だってもう12歳なのよ。
「あんっ、ちょっと…、うふっ、ん」
消え入りそうな小さな声で、美少女の声が風呂場に響く。
ライトブラウンの石英石を敷き詰めた洗い場には、12歳の少女と、16歳の少女が白く透き通る肌を洗っている。
「マリアンナさん、自分で洗える。ん」
「カオリ様、いつも耳の後ろがきれいに洗えておりません。ほらここも、」
そう言って、カオリを背後から包むように、体をあらっているのは、メイドのマリアンナだ。
マリアンナは胸が大きい。
私の背中にやわらかい感触がカオリ包んでいる。
マリアンナの手には、石鹸がたっぷりと泡だったシルクのタオルが握られ、
カオリのからだを 優しく洗っている。
カオリは文句を言いながらも、その身体をマリアンナに預けている。
「マリアンナさん、気持ちいい。」
カオリは少し観念したようにつぶやいた。
マリアンナは、カオリをそっとだきしめながら、身体の泡をお湯で流した。
カオリとマリアンナの出会いはカオリが2歳の時。
二人は姉妹のように一緒に育ってきたから、一緒にお風呂に入るのは、カオリが2歳の時からの、いつものことだった。
カオリはマリアンナの事が大好きだ。
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お風呂から上がると、マリアンナさんは、1階で仕事をし始めた。
朝は、白地に桜色の細いストライプのブラウスと、動きやすさを重視したスカートにエプロンをした午前服を着ている。
カオリは3階のバルコニーでお茶を飲んでいる。
お茶は、南方の国ラダンから仕入れたラダニッシュ・ブレックファースト・ティーにレモンの汁を少し混ぜた。
茶請けには、月の形を模した丸いクッキーが2枚。これはカオリの手作りだ。
早朝から月の観測をはじめており、少し休憩のため汗を流したところだった。お茶を飲んだら続きをする予定だ。
空は快晴、月は高い位置に白くくすんだ光を放っている。今は朝の8時、太陽もすでに上がりきり、月の光は目立たない。
高空に鷹が1羽舞っている。
朝のすすしい空気が気持ちいい。
魔導士にとって月はとても身近なものだ。
それは、この世界の魔力の源となっていることに関係する。
世界に満ちている魔力は、主に2つの源からもたらされている。
一つ目は、人や物が生まれながらにして持っている魔力。
二つ目は、月から降り注ぐ魔力。
このほかに、神の祝福により与えられる魔力と、魔族からもたらされる闇の魔力が存在したのだが、今は失われている。
この世界では月の魔力を活用した様々な魔法器具が生活の中で便利に使われている。
何故月から魔力が降り注ぐのか?
そこから話すと長くなるので今は割愛するわね。
水道局でも使っていたけれど、月から降り注ぐ魔力を魔導力として貯蓄するシステムは一般にも普及している。
それに比べ、照明用の魔法器具や調理器具などは、そんな蓄えた魔力を必要としない。
月から降り注ぐ魔力を直接使って動作するわ。
月は3つあるとされており
一つはカオリの住むアール国が位置する北半球。
空を見上げると見える。
時間と共にやや移動するけど、完全に沈むことは無い。
そう、朝も昼も夜も月は昇っているから、魔力はいつでも降り注いでいるのよ。
一般的な家屋などの建造物は、この魔力を遮断しないように、屋根の素材に魔力を通す素材が使われる。
遮断してしまうのは、主に金属や重たい石、花崗岩などそういったもの。でも完全に遮断することはまた難しい。
お城や水道局のような特別な魔法器具を動かす工場では、使用する魔力が多いため魔力の貯蓄をする。
魔導力はコンジットを通して魔法器具へ分配し、魔法器具はその魔導力から魔力を受け取り動作する。
これは古代遺跡から発掘したシステムであったが、魔導士たちが2世代掛けてその仕組みを解析したことで、今では魔導府の管理する工房で生産されている。
月の魔力は季節によって、また、時間によって強弱があることが知られているわ。
しかし、最近カオリには気になっていることがある。月の魔力の感触が少し変わる日があること。
感触というのは魔力を感じられる魔導士特有の表現ね。そう、私にもうまく表現できないわ。
理論がまだできていないから。
だから観察をしているの。
でも今日はこれで終わりね、来客のようだわ。
馬車が猛スピードで館へ近づいてくるのがカオリの目に入った。
しばらくしてカオリのくつろいでいるバルコニーにもその音は聞こえてきた。
「おやつの時間までに終わるかしら。」
カオリは仕事着に着替えるために、バルコニーを後にした。