水道技術と桜の木
「こちらです、私が先導します。」
「よろしく。」
ポールが先頭に立ち、水道局の大講堂のなかへ入った。
私と局長を連れてポールは迷わず講堂の中心へと向かう。
この大講堂の中は、狭い通路が中心向かって十字に伸びている。
通路には2メートルほどの間隔で照明が取り付けられている。
平たい質素なものだ。
オレンジ掛かった白い明かりを放つその長方形の板は、魔力で光を放つ。
弱々しく廊下を照らしているが、ポールが近づくと灯りが強くなる。人を検知する魔法がかかっている上等な魔法器具だ。魔力を節約できる。
中心には家の大きさほどの大きな丸いドーム上の岩が置いてある。
「ポールさん止まって。」
カオリはすぐに異常に気がついた。
この中心のあるドーム状の岩の下には、水路の分配・回収器が納められている。
そうポールが説明をし始めた。
「この中にある水路の分配回収機構が、急に動作しなくなったんです。3つの川から流れ込む水を水道局内の8つの浄化槽へ分岐させます。」
だがカオリが感じた異常はそこでは無かったようだ。
「この下にあるのは何かしら?」
「え?この下に何かあるのでしょうか、魔導士様」
そうか、見えないのね。
カオリが異常を感じたのはこの分配回収機構の大きな岩盤の下だ。
「これが必要ね。」
カオリはポシェットから銀色の腕輪を取り出し、右手につけた。
今はおやつには気が向かない。カオリは仕事が始まると真剣だ。
「それは魔法器具でしょうか?」
「そうよ、ここには昨日沢山の人が来たようですね。残留する人の魔力がたくさん感じられます。(アルも来たのね、ちょっと苛立ってる?)」
「わかるのですか?」
ポールが不思議そうに尋ねる。
「人も物もみな平等に僅かに魔力を帯びています。何か意思を持った行動は、その場所に魔力の痕跡を残します。」
カオリが若い技師に知恵を与えるように説明をする
(でも、いまはそれが邪魔なのよね。)
「このコは、意思を持つ強い魔力の痕跡を私に見えなくする効果があるの。この中を探るわ。」
そう言って、カオリは意識を集中させた。
ポールはまたカオリから目が離せない。
瞳を閉じた少女は、魔法器具の照明が放つ淡い灯りと、その光を鋭く反射させる銀色の腕輪の光に照らされる。
桜の花をあしらった服装は桜の花が咲いたかのように輝いていた。黒いロングパンツは桜木の幹のように、輝く桜の花々を支えているように見えた。
「わかった。」
カオリは理解した。
何故急ぎなのか。
この水道局は、川の水をきれいにして分配する役割をしているが、それは表向きの機能だ。この事はここに居る人たちに明かしていい情報わからない、話さないでおこう。
重要なのは地下水脈の分配回収機能が付いていることね。
「この水道局から北に伸びる水路は今枯れていますが。この先は?」
「緑の多い、中央区です。そこには薬師館や病院、温泉街など療養のための施設が多くならんでいます。」
そうか、アルが急ぐわけだ。
上の水道に異常はない。
問題はその下だ、魔力の動きを感じとり、カオリの頭の中に分配回収機構がイメージされる。このイメージはカオリの知識によるものだ。
魔力はこの機構の中心にある水路分配率を操作する回転盤に集中している。
これは、、、
魔力がよわすぎる。これでは重い石造りの回転盤を回すには足りないだろう。
「魔力源は?」
「この水道局自体は、通常の月の魔力を使っています。魔力は西側と東側にある、コンジット(供給路)から引いています。」
ポールは上の水脈用の回転機構について説明している。
だけどその情報で十分だ。
下の地下水脈はおそらく、市街地にいくつかある地下水脈の貯水量のバランスをとるためにある。
これはカオリの勘だが、上の水路の不足分も地下水脈から補っているな。
地下水はよく使われる。この街の地下水が枯れないのはこの機構が、潤沢な水脈から枯れかけた水脈へ水を分配する水源の移動機能の為だろう。その水脈と畑や工業地帯へ流す上の水路を高度にコントロールしている。
すばらしい水道技術だわ。
試しに回転盤に魔力を注いでみましょうか。
首から下げているネックレスから一つの真珠をもぎ取った。
3つついていた中では一番小さいもの。
上の水脈の分配回収機構の軸あたりに真珠を投げつける。
硬い岩盤に張り付き、溶けてなくなった。なくなる時に、一瞬キラリと白銀光を放った。月の灯によく似ている。
魔力の流れに集中する。
その流れを凝視しているカオリは原因を突き止めたようだ。
「わかったわ。ポールさんお願いがあります。」
「はい、なんでしょうか?」
上ずった声でポールは返事をした。
ポールはずっとカオリに見とれていたようだ。
そんなにみないでぇ。
心の中でつぶやくが、カオリは淡々と仕事を進める。
「この回転機構に流れ込む水路から中に入って、中心から金属の板を持ち帰ってくださらないかしら?」
「金属の板ですか?」
「はい、中にあるはずです。板には棒がついていて、水路の床の穴に固定されているから、こう、上に持ち上げて取り外してください。」
カオリが身振りを交えて説明をする。
「はい、わかりました。いってきます。」
水路は大きく、人が歩いて入ることができる。
これならば容易に取り出すことが出来るはずだ。
程なくしてポールはフライパンほどの鉄板を持ち帰ってきた。
「治すわね」
ひと目見て、原因がわかる。
全くサビのない鉄板は白銀の色をしている。
これは魔力を伝えるための部品だ。
水路の床に固定するための棒も白銀色をしている。
ということは、これは固定のための棒ではなく魔力を通すためものだ。
下の水脈用の回転機構に魔力を伝えきらないのは、
「あった」
カオリはこの棒にヒビがあるのをみつけた。少し力をいれると、そこからピキッと折れてしまった。。。
原因を見つけたカオリは安堵した。
「この部品を作り直して交換すれば良いわ。これで解決ね。」
カオリは皆に仕事の終わりを宣言する。
「さて、おやつの時間よ。」
不思議そうにカオリ見つめるポールと目が合ったカオリは少し照れながら説明を加えた。
「お仕事が終わったら、当然おやつの時間よ。そうでしょ。」
今日の仕事は楽勝でした。
3話でカーク市長の名前に誤記があり改訂致しました。