おやつの誘惑
「魔導士様、こちらは水道局局長のジョルジュです、それと技師のポール。
この度のご依頼について、彼らから、詳しくご説明させていただきます。」
カーク市長のアルバート・フォックスが二人紹介した。
魔導士とは私のことよ。ほとんどの人は私をそう呼ぶわ。
局長は何か私に話をしている、その隣でポールという男の子はじっと私を見つめている。
しかしカオリの気持ちは今ここにはない。
ポシェットにいれたハンカチの包み。
ここから僅かな魔力が感じ取れる。
とても温かい感触、ふわりと薫りが漂うような気がする。
実際に薫りはいま漂っていない。魔力感じ取れるカオリが、その魔力から包の中を理解して、頭の中で薫りを再現している。
あー、早くおやつにしたいわ。
これは絶対においしいやつよっ。間違いない。
だって、マリアンナさんのレーズンバターサンドなんですもの。
カオリはまだ12歳だ。
美味しいおやつと楽しい遊び大好きだ。
そして今、心は公園にいる。
お花が咲いている中央公園がいいかしら、今日は天気が良いから、もしかしたら桜が咲いたかも。
ダージリンティーに桜の花びらを浮かべて、レーズンバターサンドを食べて、ちょっとお昼寝できるかな?
楽しい想像とはおおよそ過去の楽しい思い出を元に連想されてくる物だ。この時カオリは楽しかった花見の思い出を頭の中で思い描き、そこに居た懐かしい人への焦がれる想いが心が支配していたのだろう。
カオリは一人春の公園へと気持ちを飛ばしていた。
自然とカオリの表情が弛み、黙っていてもきれいな顔立ちの美少女が、華やかに輝きだしている。
ただの応接室に、朗らかな空気が充満する。
ポールはカオリに見とれて顔を赤らめているが、カオリは気が付かない。心ここにあらず。
あぁ、そういえばこの部屋のテーブルクロスも桜色ね。
「…という状況なんです。魔導士様、何かご質問はございますか?」
頭の中の桜と、目の前の桜色が一致した偶然が奇跡的にもカオリの意識を応接室へと引き戻した。
コホン。
小さく咳払いをして、口元真っ直ぐに結び、真剣な眼差しで局長を見つめ返す。
魔導士はその貴重な能力のため多くの国では丁重の護られている。
カオリも例外ではない。
だったなおさら、私は魔導士としての責任を果たさなくちゃ。
そのためには威厳も大事。
よだれがたれていなかったのは運が良かった。
でも、もちろん局長の話しは聞いていなかったわ。
「では早速現場をみせてください。」
カオリは話を先にすすめた。
話を聞かなくても、現場を見ればすぐにわかるわ。
現場へ向かうため、皆席を立った。
が、一人だけボンヤリと座ったまま私を見つめている人がいる。
ポールだ。ほのかに耳が赤い。
ん?私何か変かしら…
あ、そうだった、私、私服のまま出てきちゃったのね。自分の服装を思い出しカオリもすこし赤面する。
この服じゃ身体のラインがよく見えてしまうわね。そんなに見つめないでぇ。
しかし、ポールが見とれていたのは、公園に心を飛ばしていた朗らかな表情のカオリだった。
「行くぞ、ポール」
「は、はい局長!」
局長とポールは私を現場へ連れて行くため部屋を出た。
カーク市長のアルバートは、こちらを見て片手を顔の前に立てて、「ゴメン!あとは頼む。」
といって、片目をつむった。アルは忙しいらしい。
まったくー、人使いが荒いんだからぁ、アルときたら。
カオリは気持ちとは裏腹に、笑顔を作ってウインク返した。
アルときたらいつもこうなのよね。でもいいわ、アルだし。
カオリがアルと呼ぶ男は、初老で白髪、身体の大きい男である。その顔には傷跡がいくつもがあり、市長と呼ぶには厳つい見た目だ。
そんな男をアルと呼び捨てにするのは、カオリだけであろう。多くの人は市長への敬意と、この男の気迫の前にイニシアチブを明け渡す。
「では、魔導士様、何卒よろしくお願い申し上げます。」
アルのわざとらしい挨拶に、カオリもレディとしての挨拶で大袈裟に返してあげる。
あ、今日はスカートじゃなかったんだ、、、
「もう。調子がくるうわ。」