ついてない一日
帰巣本能。
伝書鳩が情報伝達に活用されるている理由は、鳩の帰巣本能と移動速度の両方が優れているからだろう。
自分の巣へ戻る能力、時には往復地を覚えて手紙を運ぶ。
空では鳩を邪魔する者は大型の猛禽類ぐらいで、伝達率は7割を超える。
特に訓練された鳩はその伝達率に9割以上を誇っている。
だが巣に帰るのは鳩だけではない。
マギーは緩やかに走る馬の後を足音を殺して追跡している。黒曜団のしんがりが使っていた馬を発見したマギーは、馬を捲し立てて巣へ帰るように仕向けた。
きっと奴らのアジトへ戻るはずだ。
そう、マギーの感は当たっていた。
馬は主人を失ったことを悟り、巣へと戻り始めた。途中、街道から進路を逸れて山道へ入ったところでマギーは足跡をもう一度調べた。
間違いない。
アジトへ向かっている。
マギーは足のだるさを抑えて走り続けた。既に1時間ほど走り続けている。
腰のポーチから干したナツメヤシの実を一粒取り出し口の中に放り込んだ。
渋みのない甘みが体の疲れを若干緩和させてくれる。
タムルと呼ばれる干したナツメヤシは、栄養もあり本当に筋肉の疲れをほぐすと同時に強行軍で衰える思考を鮮明にしてくれる効果もある。
マギーの育った国では戦場で必ず持ち歩く非常食の一つとして何時も携行している。
前を走る馬に乗っていければ良いんだが、巣に帰る様な賢い馬は俺なんか乗せてはくれない。マギーは楽な選択安易に選ばない。ここで馬に警戒されれば巣へと戻らない可能性がある。
マギーの選択は正しかった。
一見、そんな事には手を出さないずる賢そうな男に見られがちだが、マギー仕事は実に丁寧だ。
港から1時間半程走った頃、鉱山へ入る脇道に差し掛かった所で松明の光がマギーの目に映った。
2、3、4、、、守衛だな。
マギーは背中の短刀を二本抜き、両手に短刀を持ちながら馬の背後に近づき身を隠しながら走った。
馬の尻がクセェ。
マギー顔を歪めた。
馬が速度を緩めた時、人の声が聞こえた。
「おい、馬だけだ。」
「知らせてくる!」
守衛役は二人。走りながらも足音、服の擦れる音それらでマギー見分けている。
一人でも取り逃すと厄介だ。
マギー作戦を思いついた。
馬の尻の影から姿を現して「おい、まってくれ」と落ち着いた声で話しかけた。
走る速度は緩めない。
馬のすぐ前に髭面の男が一人、マギーから僅か3歩ほどの位置で目が合う。
そこから7歩先に革鎧を着けた男がこちらを振り返った。
ちぃっ
意外と距離がある事と革鎧を着ている事が予想より悪い状況だった。ここからの投擲では致命傷難しい。
マギーは思わず舌打ちをしたが、考えを変えてその場に止まった。
この作戦は変更だ。
「おいおい、降参だ降参!そう言って両手の短刀をその場に落として両手を縛ってくれという仕草で前に突き出した。
目の前の男は刀の柄に手を掛けていたがその手を緩めた。
革鎧の男は警戒しつつ、腰の剣を抜いてこちらに向かって歩き始めた。
掛かったな。思わずマギーの口元が緩み笑顔が漏れた。
腰から三本目の短刀を抜きざま、目の前の男の手首を切り落とすと大きく前へ飛び出してもう一人の男の剣の間合いに入った。
男は一瞬怯んだが、剣を横薙ぎに振るい、マギーに斬りつけた。マギーの予想どおりに。
マギーは既に半歩逸れて間合いから外れており切先は空を切った。
次の瞬間、革鎧の男は首から黒い血を吹き出しひざまづいていた。
マギーはさっき捨てた二本の短刀を拾い上げると鉱山へ向けて走り出した。
「ふぅ…今日は本当にツイて無いぜ」
左に手の甲をさすりながら愚痴をこぼした。
マギーの左手にうっすらと刀傷が浮かんでいる。
多少怪我を負ったが大声を出されなくてすんだ、まだ奴らの不意を衝けるはずだ。
--------------------
鉱山の跡地には坑夫が生活するための宿舎と思しき長屋や監視塔、煙突の立っている煉瓦造りの建物など数棟が建っていた。
いずれも煤けてボロいが二棟の窓から灯りが漏れていた。
マギーはそのうちの一軒に忍び寄り、そっと聞き耳立てた。
建物は長屋になっており扉が4つ並んでいる。
宿舎役目か、中から談笑する声や、真っ暗な部屋からはイビキも聞こえてくる。
ここは触らないほうが良さそうだ。
マギー奥へ進みかなり大きな平家の建物の前で足を止めた。
中から騒然とする声が漏れてきている。
黒曜団奴らこの中だな。
カーラとルーデンドルフどこだ?
ここに居たとしたら手が出せないな、
中には20人は居そうだ。
マギーは灯りの無い建物にも目を向けて近いて聞き耳を立てた。
ここは空か、向こうはどうだ。
二軒ほど探っているうちに、奥の方にいくつか並んでいる横穴に一つから薄らと灯りが漏れている事に気がついた。恐らく坑道だろう。
目を凝らすと坑道を入ったすぐ先の岩陰から人の影がちらついている。
監視が居るようだ。
さて、ここは入ってしまうと逃げ道が無いな。
マギーはどこを探るか一瞬思案したその時、坑道を挟んで向こう側に見える灯りの付いていない建物から、男の笑い声が微かに聞こえた。
この下品な笑い声は、興奮した男、弱者をいたぶる時に出てくる、歪んだ笑い声だ。
マギー標的を決めた。
あそこだな。
坑道の前を横切らない様に大きく迂回して岩肌の影に半分隠れて建っている薄暗い建物の壁に耳を当てて中の様子を探った。
マギーの耳は鋭い。雑踏の中でも銀貨一枚が落ちると、殆どの人はその音の方へ振り向く。
そりゃ、皆んなお金に興味シンシンだからだ。
マギーの興味は人の裏をかくことにある。そう、人が何でここを歩いているのか、どうしてその速さなのか?何でその服装なのか?ひょっとしてこの後女とヤリに行くのか?
そうやって探っていく事に興味がある。
だから、どんな雑音の中でも、話し声は話し方、服の擦れる音は何の生地か、そう言った事が読み取れるのがマギーの恐ろしい能力の一つだ。
変態?
そうだな、盗み見、盗み聞き、変態で結構。これが俺の能力だ。
今マギーが盗み聞きしている音は、男が女の服を剥ぎ取る音だった。
間違いない。
そして微かに聞こえる被害者の押し殺した声には聞き覚えが有る。
マギーはポーチから小瓶を取り出し蓋を開けて飲み干した。
こいつは2000gpもした取っておきのスピードポーションだぜ。カーラに請求してやる!
マギーは素早くドアを開けて中へ忍び込んだ。通常でも素早い忍足のマギーだったが、今のマギーは更に速く、まるで風が吹き抜けるかの様に廊下を走り抜けた。
マギーの目にも流れる景色の速度が倍速に感じられた。
廊下の先の下衆な笑い声のした部屋へ続く扉を蹴破り、部屋の中に飛び込んだ。
マギーの目には煉瓦の壁に鎖で繋がれたカーラとルーデンドルフ、そして服を剥ぎ取られて肌を露わにしたカーラ姿が飛び込んできた。
男達が後ろを振り返るがその動きはスローモーションの様にもたついている。
既にマギーは二本の短刀を抜き終え、二人に覆いかぶさるように軽く跳躍をして飛びかかっていた。
この間合いなら、男どもはマギーを見る前に絶命しているだろう。そう思った。
だが、マギーの視界は狭くなっていたのだ。
この部屋に居たのは奴らだけではなかった。




