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光の矢

カーラは照準を先頭の黒いブレストプレートの男に合わせて射程に入るのを待った。


もう少し。


目の端で、ルーデンドルフたちが倉庫から外へでて、港の奥の方へ走り出すのを見た。

荷物は持っていない。正解だな、この距離ではすぐに追いつかれる。


だけど、なんで私達の居場所がわかった?

まっすぐ、この倉庫に向かってくるように見える。


その時、カーラの居る屋根に小さな影が差し、カーラはふと空を見上げると、新月の月明かりに照らされて、一羽の鷹が頭上のやや低い高度を飛んでいる影が見えた。

カーラの体は本能的にすばやく標的を鷹に変えて矢を放っていた。


タンタンタンタンッ


薄暗い夜の空に矢が放たれた。鳥の悲鳴の様な鳴き声が静かな港に異様な響きを放った。

2本命中した。カーラの目は暗い夜でも矢が鷹に命中したところを目で確認していた。そして、鷹と目が合った。


その目は血走っていてまるで人間の様に知性が有るように感じた。

しかし、その目は見開かれたまま、鷹は海面に落ちて小さな水しぶきを上げた。

気味悪いわ…


カシャン、カン!


カーラの潜んでいる倉庫の屋根に矢が2本飛んできた。


「しまった、鷹に気を取られたっ」


さらに一本の矢が頭上を掠めた。


馬上からの矢が届くということは、相当距離を縮められているな。

案の定、既に黒曜団らしき一団は、倉庫群の屋根の死角に入って見えなくなっていた。

目前まで迫ってきている。


カーラは馬の足音に集中した。

素早く倉庫の裏の通りへ飛び降りて、矢を放った。


タンタンッ


二手に別れて裏側へ回り込んでいた2人の男を射抜いた。

すぐにカーラは体を翻し、倉庫と倉庫間の細い路地を見据えて弓を構えた。

2つの影が馬から落ちるのを音で確認した。


この先に追っ手が通るはずだ。

人が2人通れる程度の細い道で、距離は20m程ある。

ターゲットが見えてから矢を射ても間に合わない。

一度に2本の矢を弓につがえて、カーラは馬の蹄の音に集中して目を閉じて待っている。


タンッ

タンッ


2本の矢がカーラの弓から放たれ、真っ直ぐに路地を走る。

すぐさま次の矢を2本放つ。


強く弦を引かれて放たれた矢は、空気を切り裂きながら真っ直ぐに放物線を描く事なく走る。

矢が路地を抜けようとする頃、黒曜団先頭を走る黒いブレスト・プレートの男が視界に入り、2本の矢が命中した。


1本は右肩に刺さり、もう一本はブレスト・プレートに弾かれ

ギジッ と気味の悪い音と共に黄色い鮮やかな火花を散らせた。


2射目の矢は当たったかどうか分からない。

カーラは既にその場を離れて、港の奥の方へ走っていた。


あいつ、私の矢を受けてもビクともしてない。

嫌な予感がするわ。


カーラはとっさに後ろを振り向き、2本の矢を放ち、すぐさま前を向き直り走り続ける。

後ろからカーラを追って来た2人の男は1人は胸に矢を受け、馬から落ちた。

もう一人も胸に矢を受けたはずだが、金属の擦れる不協和音が響いた。


2つの落馬する音が聞こえるのを耳を澄まして聞いていたカーラは、その音が1つしか聞こえないことに気が付き立ち止まった。

1人近づいてくる。ブレスト・プレートの男か!?


迫る馬の蹄の音に背を向けたまま、カーラは弓を手放し、ダガーとショートソードを鞘から引き抜く。


微かに、何かが風を切る音が聞こえたとき、カーラは振り向きざまにショートソードで斧の一撃を受け止め、同時に横へ倒れるよう飛び退きながらダガーを男の首めがけて投げた。


カーラの得意な武器は弓だけではない、剣戟の間にも投げナイフを放つこの技はカーラの身を何度も守ってきた得意技だ。

淀みなく一瞬のうちに繰り出されたカーラのショートソードは、大きな斧の一撃を受けて黄色い火花を散らせて2つに折れた。

同時に放ったダガーは、黒いブレスト・プレートの上、生身の首に吸い込まれるように刺さった。


グッ


カーラは地面を転がりながら、馬との距離を開けターゲットを確認した。


マギーの言ったとおり黒曜団の亡霊だったら、これで終わりってことは無いよね。


馬が止まり、大柄な男が斧を担いで馬から降りてきた。

首の付け根付近に刺さったダガーを抜き、路地へ投げ捨てながら。


「嘘でしょ…」


自然と女の言葉遣いが口から漏れた。

カーラの手元にはあと一本のダガーしか無い。しかもそのダガーはこの男には通用しなかった。


男を見ると異常に血走った目がギロリと動き、カーラを見下ろしてきた。身長は200cmはある。


体が動かない。追い詰められた頭の中では、次の手が思いつかない。カーラの足はまるで金縛りにあったかのように硬直していた。こいつには勝てないと本能的に感じ取っていた。


更にカーラの耳には馬の蹄の音が聞こえてきた。

馬で追われたら逃げ切れないわ。


そう思ったとき、カーラ目の前に居る黒曜団の亡霊と思しき男が馬から降りていることに気がついて、頭が再び回転し始めた。


こいつはトロそうだ!


素早く男に背中を向けて走り出す。目の前には倉庫の壁がある。

大きな斧が空気を切り裂く音が耳元で聞こえた。

カーラの背中、皮一枚分を切り裂き、斧は石造りの道路に打ち付けられ、重い金属音が響いた。


背中の痛みは感じなかったが恐らく斬らている。


カーラは勢いよく壁に足をかけ、レンガのほんの僅かな隙間に指を掛けて勢いよくよじ登った。


倉庫の扉の上にある僅かな隙間に足を掛けて更に登り、倉庫の屋根に飛び上がり、屋根に転げながら身を隠した。

見事な軽業だ。

矢が2本頬掠めて空に向かって飛んで行くのが見えた。


「ふぅッ」


ため息も息が詰まって素直に出ない。激しい運動に腹筋がブルブルッと震える。

一息、深く息を吐いて吸い直すとカーラは体を起こした。


ルーデンドルフを助けなきゃ。

どこだ!


こんな時にも、カーラは隊長からの命令を忘れない。

軍のレンジャー隊であらゆる理不尽な、解決不可能な訓練にただ耐えることも身につけてきた屈強なカーラの精神は、困難な時に良く冴える。


耳を澄まし、ルーデンドルフの足音を探る。

マギーの足音は探れない。

あの男が足音を立てたところを私は聞いたことが無いからだ。


上手く隠れていることを祈りながら耳を済ましていたカーラに、マギーが見つかったことを意味する剣戟の音が聞こえた。


マギーだ!


カーラを襲った黒曜団の亡霊の1人も馬に跨り、走り出そうとしていた。


「こっちだノロマ野郎!!」


カーラは倉庫の屋根から元いた方へ勢いよく飛び降り、馬に跨った大男に渾身の飛び蹴りを入れた。


ドッツ!


頭に全体重の掛かった蹴りを受け、さすがの亡霊も馬から転げ落ちた。

カーラはバランス取って華麗に馬にまたがり、手綱引いて馬を走らせた。黒曜団の間をすり抜け、波止場の方へ向かう。

剣戟の音が聞こえてきた、恐らくマギーが戦っている方へと。


マギー逃げてくれ!こいつには勝てない。


〜〜


マギーは貧乏くじを1日に2回も引いた自分を呪い、自分に悪態をついていた。

俺の取り柄は運がいいことだけだったんだぜ、それが何でこんなことに…


目の前には、ウォーハンマー担いだ、黒いブレスト・プレートを身に着け男。小柄で肩の筋肉が異常に盛り上がった男が居る。


低い唸り声を口から漏らしているその男は昼間のヤベー奴じゃねぇか。


「おい、テメェ、ルーデンドルフの工房で叩きのめしたはずだろ!まだやる気か?」

「ほー?お前が俺の兄弟をやった奴か。ふふ、俺は運が良いぜ。絶対逃さねぇぞ。」


そう言って血走った目でマギーを睨みつけてきた。

マギーは墓穴を掘った事に気が付き後悔した。


「やべぇ、口は災のもとだなぁ。」


マギーは港の奥、波止場に近い倉庫群の一つの前に立っていた。

後ろにある倉庫にはルーデンドルフのおっさんを隠してある。

残りの2人は波止場の方へ更に走って、囮になった。

おかげでここには、目が血走った男と他に3人だけいる。


それでも4対1はやべぇ。こいつ、黒曜団の亡霊か?だったら、こいつ一人でも俺に勝ち目は無いぜ。


俺はいつだってラッキーでここ迄生きてきたんだ。今日だってそれで切り抜けてきたんだぜ。


マギーは改めて自分の運にすがった。


背中を丸め、いつでも素早く走り出せるように構えながら周りを観察する。


ハンマー男の後ろには2人男が馬から降りてショートソードを構えている。その後ろにはレザーアマーを着て黒いフード付きの外套を纏っている小柄な男が1人、馬に跨ったままやや遠巻きにこちらを監視している。

その後ろは海だ。


逃げ道は無いな…


更に馬の蹄の音が迫る。追加で4,5人は来るなぁ。マジでやべぇ。マギー左手の道を馬が5頭駆けてくるのを見て絶望した。

増援かよ。


…いや、待てよ?


マギーは先頭を切って勢いよく駆けている馬を2度見して叫んだ。

カーラじゃねぇか!


先頭を走る馬の上で何か叫びながらカーラはこちらに向けて走ってくる。


「馬鹿野郎!テメェは逃げろーー!こっちはヤベーぜ!!」


ハンマーの男が一瞬マギーから目を逸らした。

何だよこのデジャヴは?行けってのか今?

クソゥッ。


マギーは勢いよく前に跳び、目の前のハンマー男に殴り掛かった。

既にダガーも失い残る武器は一つだけだ。


意表を付かれたハンマー男は、慌ててハンマーを構えて盾にした。

だが、拳の方はフェイントだ、素早く左手でガードルの裏から一本の針を取り出し、男の二の腕に突き刺した。


「毒付きだぜ、くたばれ!」


ハンマーでマギーを殴ろうとしたが、間合いが近すぎる。

男の後ろから2人迫ってくる。


マギーはカーラが来る方と反対へ向き走りだした。

俺に出来るのはここまでだ、上手く逃げろよカーラ。


マギーは、4人の注意を引き付けて全力で走った。

後ろから迫る追手を、一瞬振り向いて確認したマギーは意外な状況に思わず足を止めた。


馬から降りている3人はマギーでは無くカーラの方を向き、待ち構えていた、そして、馬上の男が一人だけこちらを見ている。


ついてきてねぇのか!

これじゃカーラが挟み撃ちだ!


マギーはカーラの方へ向きを変え走り出そうとした時、馬上の男から光の矢が放たれた。

眩しく輝くその矢は夜の港を一瞬明るくしたかと思うと、マギー目掛けて飛んで来た。

猫の様に素早い動きで紙一重で光の矢を躱す。


「魔法!?」

躱したはずの矢は進路を僅かに変えてマギーの脇腹へ1つ、2つと命中した。


激しい衝撃と痛みでマギーは意識が朦朧とし、体は光の矢を躱す動きと光の矢の衝撃を受けて波止場から海へ落ちた。


遠くで俺の名前を叫ぶ声が微かに聞こえたが、体は海に沈みはじめ水が耳に入り込む音で上書きされた。


魔法使いだと?カーラ、逃げろ!

マギーの言葉は波に飲まれ、声にはならなかった。


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