カオリの記念日
スンスン
鼻をひくひくさせてマーナが不思議そうな顔をしている。
「どうしたのかしらマーナ?」
「なんか変な匂いがするよ。なんだろう、砂と、お魚の匂い。」
「それはきっと海の香りね。」
カオリの返事が号令だったかのように、馬車の窓から見える針葉樹の並木が消え、目の前に碧く明るい海の景色が開けた。
新月亭を朝早く出て、馬車で3時間程走ったころ、カオリ達一行は海岸線に到着した。
「海だわー。」
「カークの南端にある半島は夏のリゾート地として有名なのよ」
「海で泳ぐと気持ちがいいわよ。綺麗なお魚もいっぱい見られますわ。」
ホノカさんとマリアンナさんがマーナに海のことを教えている。
「やったー、僕泳ぐー。」
マーナったら、そわそわして海が待ち遠しくなってきたようね。
「港に船が迎えに来るから、そこで船に乗り換えて、秘密のビーチに行くわよぉ。」
カオリはそういうと、おやつをポシェットに詰め込み、馬車を降りる準備を始めた。
ポシェットは既におやつでパンパンに膨れ上がっている。
港についたカオリ達は、船着き場へと向かい、そこで馬車を降りた。
「カオリ様、船が来ましたわ、あれでよろしいのかしら?予定より早く到着しましたのに、丁度よかったですわ。」
マリアンナさんが指さしている船は、中型のボートでおそらく沖に停泊している船からの連絡ボートのようだ。
「おーーい、こっちこっち〜。グッドタイミング〜。」
カオリは飛び上がりながら両手を振って船に合図を送っている。
船頭がこちらに気がついた様で、中型ボートがこちらにむかってきた。
ボートが近づくに連れて、船の様子がよく見えるようになってきた。
10人ほど乗れそうなボートで、船頭の男がこちらを凝視している。なんとか顔が識別できる程に近づいた頃、ホノカが思わず声を上げた。
「ギルバート!?あんたここで何やってんのよ!」
「ホノカ?」
ホノカにギルバートと呼ばれたその船頭は、目を丸くして口をパクパクしていた。
ホノカを見てはカオリをみて、そしてホノカをみた。
ボートが接岸する直前に船頭の男は、岸へ飛び移りカオリの前に来て深々と頭を下げた。
「白銀の魔導士様、お目にかかれて光栄でございます。」
「あなたがギルバートさんね。アルからあなたのことはよく聞いていたわ。宜しくお願いします。」
「は。ありがとうございます。」
「じゃぁ、早速荷物を積んでいただけるかしら。出発よ!」
「「え!?」」
「ここにあなた方が来ることはお見通しよ。アルを驚かせてあげましょう!全く一人で遊びに行くなんて、抜け駆けは許さないんだから。」
ギルバートとホノカは二人顔を見合わせて驚いた顔をしている。
「ほらほらー、アルが待ちくたびれているわよ。」
”すまないアル、後はお前に預ける。”
”ごめんなさいアル、私に出来る事は何もないわ。”
ギルバートとホノカの祈り声は誰にも聞こえなかった。
〜〜
空は快晴、太陽も頂点に上り詰めようかという午前の日差しは、とても眩しい。
気温は27℃まで上がっている。この時期にしては暑い。
島の東から南にかけて、白い砂浜のビーチが広がっている。
そこにバラックからテーブルと椅子を持ってきたアルは、昼間からワインを飲んでくつろいでいた。
目の前では、AGP(アルとギルの海賊団)の団員が、新しいバラックを建てている。
海賊団の団員に言わせるとアルの設計は見事なもので、細かいところまで書き込まれた図面は、寸法こそ現物合わせとなっているが、トイレ、水道、貯水タンク、調理場、休憩所など、立派な家として十分住むことができるように設計されていた。
新しいバラックはカーラの寝床も兼ねてもう一棟建てることにしたものだ。このあたり、アルバートは気遣いができる男だ。
そして、バルコニーは広く取られていて、テーブルが6脚置くことができ、食事をするのに十分な広さが取れる。後は、ギルに頼んだオーニング用の布が来れば、カフェテリアの完成となる。
皆、手際がよく、この調子なら午後には出来上がりそうだ。
「んーー、いいねぇ。悪くない。これは思いがけない休暇になったぞぉ。へっへっへ。」
上機嫌で言いながら、アルは元海賊の倉庫から徴収した上等な赤ワインと干し肉のつまみを味わっていた。
「まるでリゾート地だな、こんなきれいな島を海賊どもに使わせていたなんて、もったいない話だ。
だが、これからは俺たちが有効に活用させて頂くぜ。」
アルは上半身裸で、見事に肌を焼いている。もともと、アサ黒い肌ではあるが一段とつやが出てきた。
アルバート・フォックス今年で100歳の初老の男は、ワインでほろ酔い、上機嫌だった。
ふと砂浜に目をやると、他の観光客が水着姿でビーチにテーブルと椅子、パラソルなどを並べ陣取り始めていた。
5人程の集団は、キャッキャ、と楽しそうに騒いでいる。
「なんだ、騒がしくなってきたな、そろそろ昼か。ピクニックかい。
お!?良くみると、良い女ばかりじゃねぇか。なんだよあの金髪の女、超イケてるじゃん!」
白髪の生えた初老の男の独り言であるが、なんとも元気なことだ。
「お!それにあの身長の高い女、いい胸してるぜ!」
すらりと細長い足を惜しげもなく出しているビキニの女にアルは目を奪われた。
「あれ??」
しかしアルは違和感を感じて、身を乗り出してその女達をよく見た。
なんか、変だぜ?
そう思った時、向こうの集団もアルに気が付いたようで、こちらを見て何か叫びながら手を振っている。
「あーーーーるーーーーー!!そこにーーー、いたのねーーー。」
背の小さい、黒髪の女の子がぴょんぴょん飛び跳ねながら、叫んでいる言葉が聞こえた。
アルは勢いよく立ちあがった。
「カオリ!!!」
「おいおいおいおい、ちょっと待て! なんでお前らがここにっ!っていうか、観光客がここにいるわけないじゃん!俺もどうかしていたぜ!」
アルの酔いはすぐに醒めた。アルの頭は高速で回転し始め、頭の中で戦況が更新されていく。
長年の経験で身に着けた状況分析能力は、この現状を分析して答えをだした。
「わからん…」
とりあえず、わからなくても答えを出すことは重要だ。
飛び跳ねながら走ってくるカオリを見つめながら、アルは茫然としていた。
無意識に干し肉をもう一口かじった。
カオリと一緒にいる女がホノカであることを認識した時アルはまた呟いた。
「やばくね?ホノカに何て言って出てきたんだっけ、俺…」
~~
バラックは未完成ではあるが、カフェテリアだけはギルが持ってきた布でオーニングを取り付け、ひとまず完成した。
そのカフェテリアには、アル、ギル、カオリ、マリアンナ、マーナ、ホノカが一緒のテーブルについておやつを食べている。
周りの海賊団員は10名ほどが入れ替わり立ち代わり、お茶や、おやつをもって忙しなく給仕していた。
アルはバツがわるかった。
「カオリ、どうだ?おやつはまあまだ一杯あるから遠慮なくいってくれ。なぁ!」
「へい!!!」
アルがそういうと海賊団員達は一斉に敬礼をして答えた。アルはおやつで話を逸らす作戦にでた。
「まぁ、アルったらありがとう。このチョコレートとってもおいしいわ。どこのチョコレートかしら?」
「え?あぁ、それはその、西の国!」
海賊から接収したものとは言えないなぁ。
「ふふ、ところで、山で鹿を狩って、魚を釣ってゆっくりしているのかと思っていたら、こんな素敵なビーチに居たなんて。どうしてかしらね?」
カオリは先ず最初に、アルの嘘から責めてくる。
「あー、そうかそうか、ホノカに聞いたのか?」
なんとなくホノカがアルを見る目が冷たい。
「シカ!そうそう、こっちの魚でさぁカジカて魚がいて、それが、から揚げにするとうまいんだ。それを釣ってたんだよ。はは、ははは。」
ホノカがすかさず返す。
「カジカって、あまり食用向けではありませんが、よくお食べになるのですか?」
てめぇ、ホノカ、なんでおめぇはそっち側なんだ、こっち側だろう!
くそう、俺が遊んでると思っていやがる。アルは心の中で舌打ちしていた。
「なぁ、カジカうまかったよな!ギル!」
「ああ、うまかった。俺が料理したんだが、中々うまくできたよ。」
ナイスフォロー!ギル!
「ふふ、そう、なんだか楽しそうでよかったわ。」
カオリは優しくそう言った。
「私に弟ができたのよ、新しい家族を紹介するわ。マーナガルム・W・テンマよ」
「よろしくお願いします。マーナです。」
強面のアルにすこしおびえながらも、マーナは挨拶をした。
カオリは、マーナを引き取った経緯をアルとギルに話した。
灰色オオカミの事も、ライカンスロープの森で眠るマーナの母親のことも。
「そうか、そんなことがあったのか。まぁ、今は細かいことは気にするなマーナ!俺のことは身内だと思ってくれ。困ったことがあれば相談に乗るぜ!周りが女ばかりじゃ聞きにくこともあるだろうしよ。」
そう言って、アルは満面の笑みでマーナに向かって親指を立てた。
「でもなんで、こんなところで遊んでんだ?カオリ。」
アルの問いにカオリはお茶を飲む手を休め、静かに話始めた。
「良かった。アル、ありがとう。私、マーナが家族になった記念日に、みんなで旅行に行くのが良いと思ったの。でもね、アルが居なかったから探したのよ。
だって、玲奈様はアルを連れてきてくれたとき、”あなたの身内よ困ったときは何でも相談なさい。”って言ってくださったわ。
だから、アルにマーナを会わせたかったの。」
カオリは、自分の気持ちを話した。
アルの事を家族の一員として、一緒に旅行に連れ出そうとしていたようだ。
「そうか、それは遠回りさせてすまなかったな。ちょっとギルが困ってたんで手を貸してたところだったんだ。
ところで、何でここが分かった?誰にも言ってないし、俺自身ここに来る予定ではなかったぜ。」
「ふふふ」
カオリは笑ってはぐらかしている。
「ねぇアル、”アルとギルの海賊団”なんですって?なんて面白いことを始めたのかしら。」
カオリはもう一つの本題を切り出した。
「あ、ギル!てめぇ、ばらしたな!!」
そう言って、アルはギルをにらみつけるが、ギルは、バツが悪そうに目をそらした。
「ねぇ、海賊って、やっぱりお宝を探すの?そしてチャンバラとかするのよね?」
カオリが興味深々で聞いてくる。
マーナも面白そうに、聞き耳を立てている。
「まぁな。」
と返事をしたアルを遮ってすかさずホノカが話をはじめた。
「カオリ様、そんな面白いものではないですよ。きっとアルの事だから思い付きです。何も考えていませんよ。」
ホノカ意地悪い目つきをアルに向けつつ話を続ける。
「こんなこと、子供のころからやっているんですよ。この二人は。」
「子供のころ?」
「ええ、そうマーナ君くらいの頃からです。宝さがしやったり、ケンカをしたり、基地を作ったり。ホント子供のまま大人になった典型です。もう100歳になるおじいちゃんとは思えないわ。」
「「ホノカ!てめぇ余計なことを言うんじゃない!」」
アルとギルは一斉に抗議した。
どうやらホノカはアルとギルの昔の事を知っているようだ。
それは、アルとギルの抗議の声で察しがつく。
「えー、なんか楽しそう!そうなんだ二人は子供のころから一緒なのね。ふふ、男の人っていつまでも 面白いことを考えられるのね。」
カオリは本心からそう思って言った。
そして、とても楽しそうにアルとギルを、羨望のまなざしで見つめながら話を聞いていた。
この時のカオリは、アルにもギルにも、この子はきっと天使だ、と思えた程かわいい少女だった。
ギルが照れて頭をかく仕草をしている。
「マーナ君はこの人たちのマネはしない方がいいわよ。カオリ様のように上品に育ってほしいと思います。」
「ホノカ、一言多いぜ。大体何でおめぇはさっきからそっち側なんだよ!」
「そっち側って、大人側ってことですか?そうですよー、私は子供側じゃないですよー。」
ホノカさんも何だかんだで楽しそうだ。
「ねぇアル、なんだか楽しそうね。私も海賊団に入っていいかしら?私も宝探しをしたいわ!」
「「女はダメだ!!!!」」
アルとギルは一斉に声を上げた。
「女は海賊船に乗っちゃダメなの!カーラの奴が乗ってきた時だって、ロクなことが無かったんだぜ、縁起がわるいんだ!」
「あら、冷たいのね。んー、そうだ、私アルにプレゼントを持ってきたのよ。」
「え?プレゼント?なんでだ?」
「ふふ、だって今日はアルと私が出会ってから3年目の記念日なのよ。覚えておいてね。」
そういうと、カオリはウインクした。
「あー、そうだったかよく覚えてたな。俺はすっかり忘れてたぜ。てことはカーク市の市長になって3年か。結構たったな。」
「私ね、夢を見たの。アルが真っ暗な夜中に船にのって海を彷徨っていたわ。だからこれを作っていたのよ。」
そういって、カオリは荷物の中から、50センチ四方の平たい板に半球は組み合わせられた、変わった機械を取り出して皆に見せた。
「羅針盤よ。これが船にあるとね、とても便利なの。周りの船の位置や、島の位置がわかる魔法器具よ。」
「あ!それは、海賊どもが持っていたもの!とはちょっと違うが、なんかこう、丸っこい奴を海賊どもが持ってたぜ。それと同じものか?」
「あら、アル詳しいのね。ふふ、その丸いのは古いわね。私が1年前に作ったものだもの。あれは、1つの船しか見つけられないし、ゼンマイを巻かないと止まってしまうし、あれで海にでたらきっと遭難しちゃうわよ。」
「「え!?」」
アルとギルは一緒に驚いた。
「なんだ、カオリは何でも知っているんだな。そうか、俺もあの羅針盤には手を焼いていたところでよ。でよ、羅針盤については色々と報告しておきたい事があるんだ。」
アルとギルはここまでの経緯をカオリと話始めた。
その中でも、海賊討伐の話をしているときのアルはとても楽しそうだった。
両手をふるいながら熱弁をふるっている。
マーナは話に飽きて砂浜で遊び始めている。マリアンナさんはそんなマーナに付き合って、一緒に砂で山を作って遊んでいる。
何はともあれ、アルとギルの海賊討伐は終わり。
カオリの計画した家族旅行も無事アルとも会うことができ、カオリの無人島での休暇が始まりまった。
空は明るく雲一つない快晴、一羽の白いハヤブサが高空から皆を見守っている。




